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灰色の魔獣


アルスはティーネに見て欲しいものがあると言われ、会議室を出て最初にいた部屋へと戻って来ていた。


何が始まるのかと思っていると、ティーネが何処からともなく現れた水に包まれる。

そしてその水が弾けて中から現れたのは、青い目と白銀の鱗を持つ小さなドラゴンの姿のアルスと全く同じだった。


驚いて目を見開くアルスに、ティーネは笑みを浮かべる。


「水は鏡のように姿を写す事が出来ます。私もこの性質を利用して姿形も自在に変えられるのです」


『別の姿も可能ですか?』


「えぇ、勿論です。見た人に限られますが」


また水に包まれ、今度はギルティへと姿を変えて見せる。


「どうでしょうか?」


一瞬本当にギルティだと錯覚してしまった。容姿も本人と変わらないが、声まで同じに出来るとは驚いた。


「この力は欠点もありまして、水に触れると波打って水面に写る姿が消えてしまうように、誰かに触れられてしまうと戻ってしまうのです」


試しに触れてみると、姿がぼやけだし元のティーネの姿へと戻ってしまった。


凄い、この力は自分を隠す事に長けた優れた能力だ。

今ティーネがこの力を俺に見せるのは、帝国の撹乱に自分も力を貸すと言っているのだろう。


ミネリア達からもあれから音沙汰もないし、獣人族は帝国の脅威よりも災厄レムレスの復活を恐れ俺を探している。

頼れるのはこうして立ち上がったエーレム達とギルティ、ティーネさんだけか。


「どうされましたか?」


考え事をしていたアルスは不意にティーネに呼び戻される。


「いや、少し考え事をーー」


ふと視界の端を横切る黒い影に気づき目をやると、ブヨブヨした灰色の塊りが部屋の隅っこの方へと移動して行く。その姿に見覚えがあり、アルスは声を上げる。


『捜索用の魔獣っ!? ティーネさんそいつ捕まえて下さいっ』


魔獣は素早くティーネの足元をスルリと抜けてアルスへと向かって行く。

アルスは魔獣に飛びかかるも簡単に避けられてしまい、慌てた魔獣はすぐに通気口の中へスルリと入って行ってしまった。

逃すまいとアルスも通気口をこじ開け中へと飛び込む。


「王子!」


ティーネが止める暇もなく、アルスは魔獣を追ってどんどん中へと入って行く。

幸い小さなドラゴンの姿だった為、通気口の中でも身動き出来る。


右左と魔獣を追いかけ、ついに行き止まりまで追い詰める事に成功したが、アルスは重大な事に気づく。


魔獣を倒すにしてもこの姿は爪も牙も飾りに近いし、無詠唱で発動出来るライトグングニールはこの狭さでは使えない。どうやってこの魔獣を仕留めたらいいんだ。


「ッー!」


中々襲って来ないアルスに対し、スライムは伸び縮みしながら威嚇する。


近くで見て分かったが、こいつ以外と大きい。自分が小さいから余計に大きく見えるかもしれない。


お互いに睨み合いが続く中、先手を取ったのはスライムの方だった。

追い詰められたスライムは大きく伸び上がると、アルスに覆い被さる。


こいつ、窒息させる気か!


咄嗟に手で振り払おうとするが、スライムの身体は柔らかくそのまま飲み込まれてしまう。


逃げ出そうとスライムの中で暴れ回ると、通気口が開かれスライムごと床へと落ちる。

何とか息が出来る体勢になったが、スライムはアルスを離すまいとべったりと引っ付いて取れない。


そこへ物音を聞いたエーレムが駆けつける。スライムを見たエーレムはすぐに帝国の捜索用魔獣である事に気づいた。


アルス共々スライムに斬り掛かろうとするエーレムを慌てて入って来たティーネが止めに入る。


「待ってっ! 駄目です!」


ティーネの行動に困惑するエーレムだが、すぐに体勢を整えて剣を構え直す。


「ティーネ様、今すぐ倒して置かないとすぐに敵がこの場所に乗り込んで来るのです。何故お止めになるのですか!」


普通アニマ・クラフトで使役する動物などは、使役する者が魔法を解くか攻撃を受けなければ消える事はない。


このままスライムと共に斬ってしまえば良いのだが、この姿はアニマ・クラフトの魔法で使役する動物ではない、アルス本人なのだ。

このまま斬られてしまえば、本当に死んでしまう。


そんな事は知らないエーレムはティーネの行動を不審に思うのも仕方がない。


「私が仕留めます。心配しないで下さい」


エーレムとアルスにそう伝えると、ティーネの周りに水が浮かび始める。


本当にスライムごと消されないだろうか。


「水よ、私に従いなさい。【アクアスクリウム】」


浮かび上がっていた水が勢いよくアルスへと向かう。勢いが強く、まるで弾丸の雨のように向かって来る様子にアルスは心の中で手を合わせていた。


ビシュンッ!


一気にアルスからスライムを引き離し、弾丸の雨に打たれたスライムは跡形も無く消し飛んでしまった。


「これで大丈夫ですよ・・・あら?」


自分の身体スレスレを通っていった弾丸の恐怖に、アルスは身動きが取れずただ口をパクパクさせ震えるしか出来なかった。


「流石ティーネ様。しかし、探索用の魔獣が現れたと言う事は、もうここも危険かもしれない。

今すぐこの街を離れたいが、迂闊に動けばそれこそ危険だ。奴らに気付かれず脱出する方法はないものか・・・」


「水の声を聞いてみたのですが、ここの地下通路を通れば敵の警備も薄く、街の外に簡単に出れると言っています」


「そうですか、ではティーネ様に従い、皆に支度するように伝えて参ります」


ティーネはこくりと頷くと、ぐったりしているアルスを抱き抱え部屋を後にした。

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