闇晴らす光となれ
この姿を知っているとは言え、正直あまりいい気分ではない。
人の姿になりたいが、ドラゴンが消えて人が現れたと騒ぎを起こす事になるのは困る。
この状況をどう説明しているのかは分からないが、あの男がドラゴンだと騒いでいたので、正体はバレてはいないのだろう。
そうこう考えているうちに青いドレスを着たティーネが扉を開けて入って来た。
『ティーネさんどうしてまだここに? もう帰ったかと』
「貴方が眠っている時に兄様がもし戻って来たら、私が止めなければと思いまして留まっていました。もう少し居るつもですが、迷惑でしょうか?」
『いや、とても心強いです。ありがとうございます。ところで、今はどんな状況でどれだけ自分は眠っていましたか?』
「そうですね、あれから半日といったくらいですね。今の状況は自分の目で確かめた方が良いでしょう」
ティーネはそう言うと、またアルスをぬいぐるみを抱くかのように抱えた。
もう抱えられても抵抗する事なく、諦めた表情のまま連れて行かれる。
少し行った先にある部屋へと入ったが、そこにはエーレムと数名の仲間が丸いテーブルを囲むように座っていた。
皆入って来たティーネと、抱えられているアルスへと目を向ける。
それを見たアルスは一気に血の気が引いた。
『大丈夫です、王子が通信手段としてアニマ・クラフトの魔法で呼び出したと言う事にしていますので』
ティーネは念話で語りかけてから、ドラゴンの姿を晒され混乱しているアルスをちょこんとテーブルの上に乗せる。これは一種の拷問に近い。
冷や汗が止まらないアルスをよそに、エーレム達は話し合いを始めた。
「ご無事だと聞いて安心致しました。大体の事は、そちらのティーネ様からお聞きしております」
話を聞くと、炎帝竜が暴れているのを止める為に、水帝竜ティーネと白いドラゴンが現れたと伝えているようだ。
そこから、これからの事を話していたのだが、手を上げたりテーブルの上をちょこちょこと歩きながら話すアルスに、皆釘付けとなり頬を緩めてニヤニヤしているので何だかやり難い。
『えっと、話は伝わりましたか?』
ハッと我に返ったエーレムは、ごほんと咳き込むと改めて作戦の内容を確認する。
エーレム達が決起した事は、帝国の偵察兵に助けられたフドル達から漏れている。
なので陥落している国々の警備が強化されている今は目立つ動きはしない方が良いだろう。
「では、しばらくは大きな動きはしないようーーー」
エーレムがそう言い終える前に扉が勢いよく開かれ、先ほどドラゴンの姿を見て驚いていた男が慌てて入って来た。
「エーレム様! これをご覧下さい!」
テーブルに置かれた紙を見て、エーレムの表情が険しくなる。一通り読み終えたエーレムはその紙をアルスへと差し出した。
エーレム達には普通の大きさだが、今のこの小さな身体では持ちながら読む事が出来ず、仕方がなくテーブルへと広げる。
ー逃亡中の王子に告ぐー
このままでは長く続く争いにお互いの国民及び兵士が疲弊する一方である。
そこで、此方から交渉を申し出る。
シュトラール王国の国王及び、近隣の国々の解放を約束しよう。ただし、王子の身柄を預かる事が条件である。明日までに返答されよ。
良い交渉となる事を期待する。
ついに痺れを切らした帝国が、交渉を持ち掛けて来たか。
交渉とは言っているが、従わなければ国王と国民及び隣国の人々の命は無いと脅迫しているようなものだ。
部屋の中が騒つく中、一人の老婆が話し始めた。
「ついに向こうも動き始めたようですな。
我らの動きもこの様子だと勘付かれている可能性がございます。まだ隠れ家の場所は把握しておりませんが、いずれ気付かれる事は目に見えておりまするぞ。
ここは交渉に応じてみてはーーー」
「我らの安全の為に王子を引き渡せと言うのか?」
エーレムの一声で、一気に部屋の空気が重くなりそれに耐えられず皆俯向いた。
仕方がない、皆この状況を変える為に立ち上がった人達だが、帝国の恐ろしさは十分知っている。 特にドラゴンと戦うとなればこちらの犠牲は計り知れない。
部屋の中が静まり返る中、エーレムは机をダンっと叩き立ち上がる。
「今頃になって弱気になってどうする!
今まで我々が帝国に受けて来た屈辱、大切な人を奪われた悲しみ、それを全て終わりにする為に我々は準備し動いて来ただろう!
王子は国王と国を奪われながらも、お一人で立ち向かっている。我々も負けてはいられない。今こそ反撃の時だ!」
皆俯いていたが、エーレムの励ましに感化され、そうだ!と声を上げて次々と立ち上がる。
目標は、ガブルヘイム帝国の国民を傷つけず皇帝を討ち取る事だ。
帝国には各国から連れて来られ働かされている人も多く、その者達まで巻き込む事なく終わらせたい。
皆が各国で暴動を起こせば大混乱となり、帝国の守備が崩れ入り込みやすくなるが、此方はドラゴンに対抗出来る者は少ない。すぐに鎮圧されてしまう可能は大きいだろう。
帝国が手を出せない状況を作り出し、出来るだけ時間を稼ぐ必要がある。その間にもっと同胞を集めなければ。
「交渉を受けると各国で言い回り、目撃されれば帝国は混乱するはず。交渉を持ちかけて来ているので、むやみに攻撃はして来ないとは思うが、断言は出来ない」
「・・・成る程、やってみる価値はあります。
しかし各国と言っても馬で一日や二日かかる距離をどうするのですか? その間帝国が動かず待つとは思えません」
エーレムが言うように馬では時間がかかり過ぎる。馬よりも速く障害物さえものともせずに動けるのはドラゴンだけだ。
今は翼が使い物にならないが、進化すれば翼も新しくなり飛ぶ事も出来るはず。
・・・覚悟はしている。
このまま進化を続ければティーネ達の様に呪縛から逃れられなくなるだろう。それでも、一人の犠牲で済むなら俺は喜んで犠牲となろう。
この力は最後まで皆の平穏を取り戻す為に。
「方法なら考えている。
今日はゆっくりと休み、明日早朝実行しよう。
平和を取り戻す為、アルステラ・エル・シュトラールが必ず平穏を取り戻すと誓おう!!」
「闇照らす光となれ!」
「「闇照らす光となれっ!!」」
アルスの掛け声と共に皆声を張り上げ、拳を高々と突き上げた。




