覚悟
飛び掛かって来たジャファールに対し、アルスはなるべくティーネから離れる為に、ジャファールの腹へと頭突きを食らわせ弾き飛ばした。
二匹はもみ合いになりながら中庭を転がり、アルスが追い打ちを掛けるように首元へと喰らい付こうとするが、ジャファールも同じようにアルスへと向かって行き、お互いに首を噛み付き合う形となった。
「フシュルル!!」「グルルル!!」
アルスもジャファールも一歩も引かず、息を荒げながら首へと喰らい付いているが、アルスは限界に近い状態だった。
ジャファールから受けた左腕の傷は深く、地に着いているだけで酷く痛む。対するジャファールはアルスから受けた傷は腕の擦り傷と槍で受けた背中の傷のみ。
【このままでは危険だと判断。
進化先を確定、ホーリーナイトドラゴンから進化しますか?】
っ!? やめろっ!!
一瞬力を緩めた隙をジャファールは見逃さなかった。
噛み付いていたアルスを引き剥がすと、太く長い尻尾が鞭のようにしなり、アルスの左腕を払い退けようと迫る。
しかし、弱っている左腕を狙って来ると予想していたアルスは、避ける為に左腕を上げたのだが、痛みで行動に移すのが少し遅れてしまう。
ジャファールの尻尾はやすりのように無数の小さな棘に覆われており、巻いていた布が引き裂かれ新たな傷を作る。
バランスを崩したアルスにジャファールは体重をかけそのまま引き倒した。
ジャファールの方が身体も大きく重い。体重が掛かると同時に首の噛む力を強められ、徐々に息が出来なくなる。
「グッ、ガ、」
逃れようともがくアルスを逃さぬよう四脚をがっちりと捉えて離さない。
くっ、息がーーー
意識が飛びかけたその時、水帝竜ティーネがドラゴンの姿で勢いよく体当たりし、アルスからジャファールを引き離した。
そして口から激流の川のように渦を巻いた水が勢いよく噴出されジャファールへと直撃し、抵抗出来ないまま水しぶきを上げて転がった。
『王子、兄様を結界魔法で捕らえて下さい』
言われるがままアルスはジャファールを結界魔法の中へ閉じ込めると、水がまるで生きているかのようにウネウネと動き出しジャファールを拘束した。
二重の拘束に身動きが取れなくなった所に、結界の中が水で満たされていき、ジャファールが水の中へと消えて行く。
『このままだとーー』
『大丈夫、私たちは死んだとしてもまた同じドラゴンへと転生を繰り返すのです。
何を言っても聞いてくれないなら、こうするしか方法がありません』
自分の兄を殺すのに何の躊躇もなく実行するティーネに違和感を覚える。
いくらジャファールがやり過ぎたとしても、血の繋がった兄妹同士が死闘を繰り広げるなんて間違っている。
満たされた水の中をゴボゴボと息苦しくもがくジャファール。
これ以上は見ていられないと、アルスは結界を解いた。一気に水が流れ出し、解放されたジャファールが地面に突っ伏しながらゲホゲホと咳き込みながら水を吐く。
突然の行動に困惑するティーネ。
あのまま放っておけば確実に息の根を止める事が出来たはず。自分を狙う敵を助けるアルスがどうしてそのような行動を起こしたのか、ティーネには分からなかった。
『どうして止めたのですか?
兄様は神を引きずり出す為なら、貴方の大切な人も、この街の人々も巻き込んで来るでしょう。私は皆を助けたいのです』
『皆の中にお兄さんも含まれていますか?』
アルスの問いかけにティーネは黙り込む。
『貴女の為にお兄さんはドラゴンになり、必死で妹を戻そうとしていました。
自分の父母を殺めたのは間違っています。けれど、貴女まで離れてしまったら、お兄さんは誰が助けるのですか』
しばらくの間黙っていたティーネが口を開こうとしたその時、ジャファールがふらふらと立ち上がる。
『さすが甘々王子様。助けるだと? 自分の国さえ救えないお前が説教かよ。笑わせてくれる』
『そうだ、俺はまだ何一つ救えていない。
国も父も国民も今まで会った大切な人たちも、君達帝竜も救えていない』
最後の帝竜と言う言葉にジャファールはピクリと反応し眉間にシワを寄せ牙を剝きだす。
『出来もしねえ事を抜かすんじゃねえ!
調子のいい言葉を並べやがって、お前に何が出来るんだ? 俺にも敵わないお前がそれで何を救える』
『今は無理かもしれない。でも必ず元に戻る手段を見つける。たとえそれが人に戻れない道だとしても。
だから、今は引いて欲しい・・・お願いだ』
アルスの強く前向きな姿勢にしばらく口を閉ざしていたその時、大地の奥底から響くような大きな揺れがアルス達を襲った。
地響きと共にグラグラと大地が揺れ、今まで星空が見えていた空が曇りだし雨が降り始めた。
帝竜同士はお互いに近づき過ぎると、エネルギー同士がぶつかり合う。それは大陸が引き裂かれるほど強大な力なのだ。
このままでは大陸が避け人が住めない魔境になってしまうだろう。
『時間か・・・今日は引き上げる。
だが、お前の居場所を把握している限り俺から逃げられると思うな』
そう言うと、ジャファールは翼を大きく広げて雨が降る空へと飛び立つ。
『兄様!』
呼びかけるティーネに、ジャファールは振り返って何か言いたげな表情を見せたが、そのまま飛び去って行った。
ようやく緊迫した状態から解放されたアルスは、雨に濡れるのもお構いなくその場に崩れ落ちる。
心身共に疲れ果て、回復魔法を唱える事さえ出来ない。
無事とは言えないが、何とか生きている。
ギルティ達は無事だろうか、早く無事を知らせないとな。
ぐったりしているアルスの方へティーネがゆっくりと近づいて来ると、アルスの身体が暖かな光に包まれる。
どうやら回復魔法を使ってくれたようだ。
ゆっくりと身体を起こし左腕の調子を確認する。傷も癒え、動かしてみても痛くは無い。身体の無数の傷跡も綺麗さっぱり癒えている。
『二度も兄が危害を加えた事、そして一度貴方を見捨てた事、深くお詫びいたします』
ティーネはそう言うと、深々と地面に頭を下げた。その行動に驚きアルスは頭を上げるよう言葉をかける。
『頭を上げて下さい。どう言う事ですか? 俺は貴女と会うのは初めてですよ』
ティーネは顔を上げ、これが初めて会った訳ではない事をアルスに伝える。
どうやら前にジャファールの攻撃で崖下へと落ち、海へと流されていた所をティーネが助けてくれたようだ。
運良く流れ着いたと思っていたが、ティーネが助けてくれていたのか。
アルスがお礼を言うと、ティーネは目を細めゆっくりと頷いた。
『しかし、あの時は誰にも関わりたくはなく、回復魔法を使おうともせずに貴方を置いて行ってしまった。それがずっと気になっていたのです。今度は助けられて良かった』
ティーネは安堵の表情を見せながら、また話を続ける。
『兄が元の優しい兄に戻るまで私は待っていました。しかし、ラグシルドさんに言われて気づいたのです。ずっと海の底で閉じこもっていても何も変わらないと。
兄が自分から変わらないなら、私が兄を変えなければ』
ティーネの決意は固そうだ。このままだと本当に二人のどちらかが倒れるまで争うかもしれない。
二人ともお互いの為に犠牲となり、新たに犠牲を増やそうとしている。なら、自分が出来ることは、これ以上この悲劇を続かせないように止める事だ。
『水帝竜である貴女にお願いがあります。俺に帝竜になる方法を教えて下さい』




