止める為に動く者
ジャファールが必要に追いかけて来るのは、人に戻りたいからだと思っていたが、妹を助ける為だったのか。
妹を助けたい気持ちも分かるが、それ以前に他人を巻き込んでまで執着するジャファールの行いは許し難いものだ。
【離脱不可能。
勝てる確率十パーセント未満。
・・・条件が揃うまであと少しです】
うるさい、今はそれどころじゃないんだ。黙っていてくれ。
脳内に響く声を鬱陶しく思いながら、なんとかジャファールからギルティを引き離せないかと考える。
「ジャファール、これ以上の犠牲者は出したくない。妹さんだってこんな事を望んでいーーーー」
「お前に何が分かるっ!」
ジャファールがアルスに向かって爪を振るうと、空間を裂くような風が吹き鎌鼬のようにアルスへと襲い掛かる。
「アルス様!」
声を上げるギルティに、静かにしろとジャファールが爪を突きつける。
アルスはリフレクションと唱え結界を張りながらも、鋭い眼光で真っ直ぐジャファールを見続ける。
「気持ちは分かる。
だからと言って他人を巻き込む行いは間違っている。大切な人が傷つく痛みは知っているはずだ」
「ハッ、知ったような口を聞きやがる。
城で何の苦労もなく育ったお前には何一つ分かる訳がねえ。
大切なものを失う痛みをお前も味わうといい」
爪を大きく振り上げると、ギルティの首目掛けて振り下ろそうとした。
アルスは咄嗟にプラントネットと唱え、植物のツルがジャファールをがっちりと捕らえる。
その瞬間、ギルティはアルスの元へと駆け出すが、すぐにツルはジャファールに焼き切られてしまい、逃げるギルティの背中に向けて炎が吐かれる。
「きゃあっ!?」
「【リフレクション】!」
頭を抱えてしゃがみ込むギルティを覆うように結界が張られ、炎はゴォッと音を立てて結界へとぶつかる。
結界へとぶつかった炎が広がりジャファールの姿が炎の中へと消えてしまう。
すぐに攻撃を仕掛けて来る事を想定して、ライトグングニールを取り出し構えるアルスだったが、アルスが動くよりも先にジャファールが先手を取る。
炎に紛れてアルスの後ろへと回り込んでいた事に気付き、リフレクションを唱えようとするが、唱えるよりも速くジャファールがアルスの負傷していた左腕を強く掴んだ。
「ぐあっ、ぐぅぅっ!」
爪が強く食い込み、激痛と共に巻いていた布から血が滲み出る。
「ほら、まだまだ行くぜ?
お楽しみはこれからじゃねえか、気絶すんじゃねえぞ」
ジャファールは掴んでいた腕を振り上げアルスを空中へと放り投げた。
その瞬間に爪が引き抜かれ、辺りに血が飛び散る。
空中へと投げ出されたアルスに容赦なくジャファールの追撃が繰り出される。
なんとか槍で受け止めるが、空中では止まることが出来ず、何度もジャファールの爪がアルスの身体を引き裂く。
【ダメージ蓄積量・・・クリア。
条件が揃いました、進化可能です。
今のままでは勝つ事も、守る事も不可能と判断】
どうやっても進化して欲しいみたいだな。進化してしまえば、勝つ事も出来るだろうが、それではジャファールの思う壺だ。
「人間は不便だよなあ、さっさと進化しちまえよ。そうすりゃ帝国を退ける力も、国を守る力も両方手に入るぜ!」
ジャファールは勢いよくアルスを地面へと蹴り落とした。
槍で受け止めたが、蹴られた威力を受け流す事が出来ず、受け身も取れないまま地面へと叩きつけられてしまった。
地面は衝撃でへこみ土煙が上がっており、ギルティからはアルスがどうなったのかは見えない。
一方的にやられるアルスをギルティは助ける事が出来ず、ただ結界に守られている事に腹立たしさを感じる。
「もうこれ以上アルス様に手を出さないで下さいっ! どうして・・・どうしてそのような事が出来るのですか」
ジャファールはギルティを無視し、アルスの落ちた場所を静かに見下ろしている。
ようやく土煙が無くなり中が露わになると、ドラゴンに姿を変えたアルスが横たわっていた。
打ち付けらるギリギリの所で、ドラゴンへと姿を変えて少しでも衝撃を和らげたアルスだったが、それでも衝撃は凄まじく気絶してしまっていた。
ジャファールは気絶しているアルスの身体へと降り立つとやれやれと首を振りながら、アルスの翼を持ち上げる。
「おいおい、まだ序盤だぞ? 進化する前に伸びちまってよ。ほら、早く起きないとただのトカゲになっちまうぞ」
ジャファールはそう言いながら翼をぐいぐいと引っ張る。
「ガルゥアアッ!!」
突然起き上がったアルスは首を持ち上げジャファールへと食らいついた。
ギリギリと力を込めるアルス対し、ジャファールは両腕で食い止める。
両者が一歩も引かない戦いの中、突然念話が飛び込んできた。
『もうこれ以上は辞めて!』
辺り一面に水柱が上がり、ジャファールが驚いたようにその場を離れ、隙が出来た事でアルスもギルティの元へと駆け出す。
水柱が弾け飛び現れたのは、青く美しいドラゴンだった。
鱗は水を帯びてより美しく輝き、額には白く捻れた一本角、尻尾はまるで魚のような形状をし、手の間には水掻きを持っている。
ドラゴンは地に降り立つと、青いドレスを身に纏った女性の姿へと変わり、ジャファールの前へと立ち止まった。
ジャファールは目を見開き、身動き一つせずただ少女を見続ける。
「お久しぶりですね、兄様」




