黒い炎
ギルティだと認識した途端、庭に降りて姿を変えた時に見られたのではないかと、鼓動が速くなり冷や汗が止まらなくなる。
それに、人化していられる魔力も残り少ない。早く街を離れなければまたあの姿に戻ってしまう。
「大丈夫だ、まだやらないといけない事があるから、ギルティは皆の所にいてくれ」
「怪我をしているアルス様を置いては行けません。一体何が起きているのですか?」
不安げな表情を見せるギルティに、今は兎に角中へ入るよう促すアルス。
しかし、ジャファールが街の真上からその様子を伺っていた。
『なるほど、あいつは知り合いか。なら、お前の本当の姿を見せてやらねえとな。
故郷を襲ったドラゴンを見ているなら、さぞ恐ろしい姿が目に焼きつくだろう』
アルスがギルティを屋敷の中へと入れようとした次の瞬間、黒い炎があっという間にアルスの身体を包み込み燃え上がった。
突然の事に悲鳴をあげるギルティ。
まずい、この炎が前のと同じなら姿が変わるっ。
無理矢理魔力を引き出される感覚に気分が悪くなり、立っているのもままならない。
何とか魔力を抑え込もうとするが、どんどん力が強くなっていく。
「ギルティ、早く屋敷の中へっ」
何が起こっているのか分からないギルティは、とにかく火を消そうと側に落ちていた布でアルスを包み込むが、炎は消えるどころかより一層燃え広がる。
「うぅ・・がぁああアアアアッ!!」
アルスの叫び声とともに布ごとギルティが勢いよく吹き飛ばされると同時に、アルスが人ではない者になっていくのを目の当たりにする。
吹き飛ばされうつ伏せで倒れたギルティが顔を上げた時、目の前の光景に言葉を失ってしまう。
先程までアルスがいたはずのそこには、白銀の鱗に包まれた身体に、尻尾には光の輪が広がっている、白く美しい翼が片方だけしかないドラゴンが立ち尽くしていた。
神々しくも恐ろしいその姿を見たギルティは今、目の前で起こった事が理解出来ず、血の気の引いた唇を無理やり動かす。
「ア、アルス様、なの、ですか?」
確認するように問いかけて来るギルティに、アルスはギルティの方を向く事が出来ず、ただ悲しげな横顔を見せる。
ギルティが怯えているのが感じられる。あの小さいドラゴンの姿でさえ怯えていたのなら、今の姿はもっと恐ろしく感じているだろう。
これ以上ギルティを怖がらせないようにと、アルスは屋敷を離れようとしたその時、ギルティ自ら呼び止めた。
「どんな姿でもアルス様は変わりません。
大丈夫です、アルス様と分かれば怖くありませんから」
ゆっくり、一歩また一歩とアルスへ近づいて行くギルティは両手を広げアルスを招く。
アルスもゆっくりと顔を近づけ、そして恐る恐るギルティへと触れた。
今にも折れてしまいそうな細い腕は暖かく、今まで重苦しさを感じていた心が、嘘のように軽くなるのを感じる。
『すまない、話す勇気が出なかった。
この姿を見られたら、もうギルティと会えないと思っていたんだ』
「いいえ、どんな姿になってもアルス様はアルス様ですから。
もう私から逃げないと約束して下さい」
アルスは安堵の表情を見せ、ゆっくりと頷いた。
その様子を空から見ていたジャファールは、不機嫌な表情を浮かべ溜息を吐く。
『あーあ、もっと面白くなると思ってたが期待外れだな。だがあの女、使えそうだ』
ジャファールが噴石のように降りて来るのを確認したアルスは、ギルティに早く中へ入るように促す。
アルスは襲い掛かかって来るジャファールを迎え撃つ体勢になるが、向かって来たジャファールが人とドラゴンが混ざったような姿に変わった。
突然の出来事に呆気にとられたアルスは出遅れてしまい、防御もままならないまま、ジャファールに蹴り飛ばされた。
頭に直接響く衝撃に何とか耐えたが、飛ばされた先にあった噴水へとぶち当たる。
噴水は見るも無残に破壊され、水が勢いよく吹き出して雨のように辺りを濡らして行く。
「ぐぅ・・・」
身体に乗った瓦礫を退けながら立ち上がったアルスが見たのは、言葉を失う光景だった。
鋭い爪や鱗、尻尾や角はそのまま残して人に姿を変えたジャファールが笑みを浮かべながらギルティの首に爪を突き立てようとしていた。
『ギルティ!!』
「おっと、動くんじゃねえ。可愛い子の首に傷はつけたくねえだろ?」
爪をさらに首へと近づけながら余裕の素振りを見せつけるジャファール。
ギルティは声も出せず、ただ助けを求める表情を見せ震える。
『その子は関係ないだろ!』
グルルルと唸るアルスに対し、ジャファールはやれやれと首を横に振る。
『そんな態度でいいのかよ?
お前の得意な槍や魔法を使うような下手な動きを見せたら、この柔らかい首に爪が食い込んでいく様を見ることになるぞ。
まぁ、まずは人になれよ。少し話をしようじゃねえか』
ギルティが人質に囚われている以上抵抗も出来ず、アルスは人の姿へと変わる。
どうすればギルティを助けられる。
下手に動けば、こっちが魔法を使うよりも先にギルティは引き裂かれてしまうだろう。
鋭い目つきで睨みつけるアルスに対し、ジャファールは悠々と話を始める。
『昔話をしようじゃねえか。
ある小さな村に生まれ育った少年の話だ』




