ただいま
ギルティも部屋から連れ出されただろう。
アルスは会場の二階にある窓の外に居た。
あれからエーレムが誰も犠牲にせず、フドルに一泡吹かせる作戦を考えた。
仮面を外し、エーレムから貰った真っ赤な実を顔や身体に塗って行く。
エーレムの作戦だが、正直俺としては不安でしかない。本当にこの方法で大丈夫なのだろうか。
チカチカと下から光の合図があり、どうにでもなれと投げやりな気持ちで始める。
一瞬にして会場の電気が全て落ち、月明かりだけが窓から差し込む。
「何だ何だ?」「これも余興?」
ざわざわと会場内が騒つく中、次は風の魔法ブリーズで全ての窓が大きな音を立てながら次々と開いて行く。
ここでようやく会場内から悲鳴が上がると、皆慌てて会場から逃げて行く。
「我の許可無しにこんな事を仕出かす者は誰だっ!」
怒りの声を荒げながら、フドルは犯人を探そうと辺りを見回す。
ふとある窓を見たフドルはその姿を見るや恐怖に震え上がる。
目線の先には血まみれで佇むアルスが、フドルを恨めしそうな目で静かに見下ろしていた。
「ひ、ひいいいいいいっ!? え、衛兵! 我を助けろ!」
しかし、フドルの呼びかけに応じる衛兵は一人もいない。
会場の警備をするまえにあらかじめ使用人が用意した料理を口にして、今頃は夢の中だろう。今いる傭兵はエーレムの仲間たちだ。
フドルが逃げようとしたので【アニマクラフト】を唱え逃げない様に狼たちを回り込ませながら、唸り声で威嚇しジリジリとフドルを中庭の見えるテラスへと追い詰めて行く。
慌てふためきながら逃げ惑うフドルはついに逃げ場が無くなってしまった。
そこへアルスが二階から飛び降り、フドルの前へと姿を現した。
「し、シュトラールの王子!? ひっ、我は死んだ事に、かか関わってはおらんぞっ! 化けてで、出るなら見当違いだ!」
俺が誰だかは分かっているみたいだ。
こうも簡単に化けて出て来たと勘違いしてくれるとは正直思わなかった。
あまりの驚きぶりに笑いを堪え、フドルを睨みつける。
「いいご身分だな、人々を苦しめて蓄えた金で食う飯は美味かったか? 恨んで死んでいった人々が奴らを許すなと、お前の魂を欲しがっているらしい」
ガクガクと足が震え立っている事も出来ずにへたり込んでしまい、どうか助けてくれとこうべを垂れながら手を擦り合わせる。
恐る恐る顔を上げたフドルは、先程とは比べ物にならない恐怖を味わう事になる。
アルスの後ろに沢山の血だらけの使用人や街の人々がゆらゆらと揺れながら自分を恨めしそうに見つめていた。
「ひぎゃああああああ!?」
一歩また一歩と迫って来る血濡れの集団に、口をパクパクとさせていたが、ついにフドルは白目をむきながら泡を吹いてバタンと倒れてしまった。
フドルのあまりの驚きように不思議に思いながらも、本当に気絶しているかトントンと叩いてみる。顔は涙と鼻水、口からは泡を吹いており見事に汚い顔で気絶している。
計画とは違うが成功したようだ。
最後はフドルを持ち上げて、お前も同じにしてやるといいながら一緒に落ちて気絶させる予定だったのだが、早めに気絶してくれて助かった。
しかし、そんなに怖かったのだろうか?最後俺の後ろを見ていたようだが。
アルスが振り向いてみたが、会場はもぬけの殻になっており誰もいない。
首を傾げながら、アルスはフドルを持ち上げると、中庭へと降りて地下牢へと向かった。
地下牢にはフドルの傭兵やフドルに従えていた使用人が牢屋へと入れられていた。
そこに気絶しているフドルも放り込む。
「お戻りでしたか、こちらも準備完了したようです。各国にいる仲間たちにも連絡を入れております」
ここからが本番だ。フドルを人質に取ったところで、帝国は見向きもしないだろう。
そこで、各国で内乱を起こし帝国を混乱させ、体勢を崩したところで一気に叩く。
今日集まっていた貴族たちにはフドルが盛大に祝いすぎて混乱を招いたと嘘を教え、明日の結婚式は延期と伝えている。
決行は明日の朝。皆と一緒に明日に備えて準備をする中、エーレムはアルスに声をかける。
「王子、ギルティ様はご自分の部屋で休んで頂いております。後は我々が用意しておきますので、お気になさらずお話ください」
最後まで手伝うと言ったが、それではゆっくり再会を喜べないだろうと強引に部屋の外へと出される。エーレムの気遣いに感謝し、アルスはギルティのいる部屋へと向かった。
ギルティの部屋の前まで来たが、ドアノブを引こうとする手が震えてしまい、中々部屋に入ることが出来ずにいた。
必ず戻ると言いながらこのざまなのは、自分でも情なく思う。あれからどうしていたのかと聞かれるのが正直怖くて仕方がない。
深く深呼吸をしてどうにか震える手と気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと扉を開けた。
扉を開けた瞬間、ギルティがアルスへと飛び込んで来た。その目に涙を浮かべながらアルスをギュッと抱きしめる。
「本当に、本当にご無事でなによりです。怪我はされていませんか、酷い事はされませんでしたか」
今までの話を聞かせたら、ギルティが気絶してしまいそうだ。
「大丈夫、心配させてすまなかった。ギルティは大丈夫だったか?」
「私の心配など無用で御座います。あぁ、どれ程お辛い日々を過ごされていたやら。これからは私が居りますので」
ギルティは城にいる時も過保護で心配性だったが、さらに増している。仕方がないか、ギルティも辛く悲しい日々を過ごしていたのだろう。
「ただいま、ギルティ」
儚げな表情を見せながら笑みを浮かべるアルス。
ハッと我に帰ったギルティは、涙をゴシゴシと拭いて姿勢を正し、笑みを浮かべながらこう応えた。
「はい、お帰りなさいませ」
ギルティはその言葉と同時に泣き出してしまった。
アルスはギルティをベッドへと座らせ、ギルティが落ち着くまで隣で慰めるのだった。




