迫り来る石像
老婆の言っていた黄色い花を探して、三人は森の中を歩いていたが、どれだけ探しても見つからず諦めて帰ろうとしていた。
「すぐに見つかると思ったんだけどなあ。もっと森の中となると、俺たちじゃあ敵わない魔獣ばかりだし、そろそろ帰るか」
「そうね、もうすぐ暗くなるし早めに森を出ないと魔獣の餌になっちゃうわ」
「仕方ないですの、お婆さんに謝ってもっと実力のある方々に依頼して貰うのがいいと思うですの」
三人が諦めて来た道を戻ろうとした時だった。
レーゲンがふと横を見ると、森の少し開けた所に一輪の黄色い花が咲いているのが見えた。
「あそこにあるのって依頼の花じゃないのか?」
レーゲンが指を指す方向を見ると、確かに黄色い花が咲いているのが見えた。
ようやく見つけたと大喜びで花へと近づいた三人だったが、その花の大きさを見て唖然としてしまった。
遠くからでは分からなかったが、目の前の花は自分たちと同じ程の高さと、花びらが一枚一枚両手を広げたほどもある。
これほど大きいとは思っていなかった三人は、どう持ち帰ろうかと頭を悩ませる。
試しに茎を斬りつけてみるが、まるで歯が立たず、引き抜こうにも根っこが木のように張り巡らされているようでびくともしない。
「斬れないし引き抜けないし、本当にお婆さんの言っていた花なのか? こんな花見たこともないぞ」
「でも何処かで見た様な気がするですの。ギルドの掲示板にあったようななかったような・・・」
「そんな事ないでしょ、ほら引っ張り上げるから手を貸して」
三人が引き抜こうと近づいた時だった。
ゴゴゴと地面が盛り上がり、慌てて三人が飛び退くと、土の中から巨大な石の塊が姿を現した。
頭には先ほどの花がちょこんと乗っており、三人を見下ろしながらゆらゆらと揺れている。
「な、な、なんだ!? 急に土の中から巨大な岩が現れたぞ!」
「こいつって、最近見つかったゴーレム種の新種、プラントゴーレムじゃない?
調査依頼の紙に描いてたやつと見た目が同じだし」
このプラントゴーレムと呼ばれる石の塊は、滅多に人前には姿を見せず、花に擬態するので、他の花と見分けがつかない。
普段は大人しいが、気持ちよく寝ていたところを起こされたゴーレムは機嫌が悪く、唸り声を上げながら身体を震わせて土を払い落とす。
「ゴーレムはBランクの魔物だし、新種ならもう一つランクが上かも知れない。俺たちじゃあ手に負えなさそうだな。いつもの作戦でいくぞ」
シェンとカルムに目配せし、レーゲンは鞄から丸い石を取り出すと、ゴーレムに向かって勢いよく投げた。
その瞬間、三人は反対方向へと一気に走り出す。
丸い石はゴーレムの目の前で眩しく光り輝き、それに驚いたゴーレムは大きく仰け反り倒れそうになるが、すぐ側にあった木を掴んで倒れるのを阻止した。
いきなり起こされた挙げ句、眩しい光を浴びせられたゴーレムは怒りに震える。
遠くに逃げる三人を見つけると目を赤く光らせ、石の身体の中心が上下にバキバキと音を立てながら割れ始めた。
グロアアアアアア!!
耳を塞ぐ程の大きな雄叫びが後ろから聞こえ、恐る恐る振り返った三人は、木々をなぎ倒して追いかけて来るゴーレムを見て震え上がった。
そこには、身体の中心に悪魔をも思わせるような尖った牙の並ぶ口を、ガチガチと鳴らして迫るゴーレムがいた。
その赤々と光る四つの目には、恐怖に歪めた三人の顔が映し出されている。
「ぜ、全力で逃げろぉっ!!」
レーゲンの叫び声で我に返ったシェンとカルムは追いつかれないように必死に走る。
だが、カルムはあまりの恐怖に足が思うように動かず、少しづつゴーレムとの距離が縮まっていく。
このままではいずれ追いつかれ、あの牙で食い殺されてしまうと思ったカルムは、急に立ち止まる。
「何やってんだ! 早く逃げないとあいつに食われるぞ!」
「でも、このままだと三人とも助からないですの。だから私が囮になって時間を稼ぐから、その間に二人は逃げて」
「何言ってるのよ、カルムらしくない! 私たちがあなたを見捨てて行くわけないじゃない!」
シェンはカルムへと駆け寄ると、何とか歩かせようとするが、もうすぐそこまでゴーレムが迫っていた。
ゴーレムの口が目の前に迫り、もう駄目だと二人がうずくまってお互いを抱き寄せた時だった。
レーゲンは二人の横を走り抜けると、ゴーレムに飛びかかり頭の花へとしがみついた。
驚いたゴーレムは、レーゲンを振り落とそうと暴れるが、振り落とされまいと必死にしがみつきながらシェンへと指示を出す。
「シェン! ゴーレムは水に弱いと聞いたことがある。こいつにありったけの水魔法をぶち込め! 怯んだその隙にカルムを連れて逃げるぞ!」
シェンはこくりと頷くと、魔法で二つの水の玉を作り出し、それを合わせて巨大な水の塊を作る。
「行くわよレーゲン、ちゃんと避けなさいよ!」
シェンの手から勢いよく水の塊が弾き飛ばされるのと同時に、レーゲンはゴーレムから飛び降りる。
普通のゴーレムだったなら、この作戦で三人は逃げることが出来ただろう。
しかし、このプラントゴーレムは他のゴーレムとは違う特徴を持っていた。
水の塊がゴーレムへと迫ったその時、ゴーレムは怯むことなく口を大きく開けると、水の塊をそのままゴクリと飲み込んでしまった。
「え?」
予想しなかった出来事に呆気にとられていたレーゲンは、ゴーレムが投げ飛ばしてきた石を避けることが出来ず、腹へと直撃してしまった。
ボキボキと嫌な音が聞こえた後、後ろの木へと吹き飛ばされてしまい、背中から叩きつけられた後、地面へと倒れた。
動かなくなったレーゲンを確認し、次はお前たちだと言うようにゴーレムは振り返る。
目が合った二人は、もう立つ気力も無く、自分たちはここで殺されるのだと悟った。
ギルドでは依頼に失敗して命を落とす者も少なからずいる。
自分たちも命を落とす可能性があると分かっていても、心のどこかで自分たちは大丈夫、そんな事にはならないと思っていた。
物語の主人公は死ぬ事はない。
死んでしまえばその物語はそこで終わってしまうからだ。
だから、危険が迫っても何かの力に目覚めたり奇跡が起きたりして危機を乗り越える。
自分も危険が迫れば何かの力に目覚めたり、誰かが助けてくれると思い込んでいた。
しかし、現実は違った。
「あいつからは逃げられない。カルムとレーゲンに出会えて良かったわ。毎日が本当に楽しかった」
「私もですの。次があるなら、もう一度同じチームで、今度はあいつを倒せるくらい強くなりたいですの」
ゴーレムが口を開けて迫る中、二人はお互いに手を握り合いながらギュッと目を閉じた。




