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灰色猫の誘い


衣服や食料を買い終えたアルスは、顔を隠す為の兜を探して街の中を歩いていた。


しかし、手持ちのお金は宿屋に泊まれる金額しか残っておらず、一度ギルドへ戻って依頼を受けようか、それとも耐久力は低いが安い兜にしようかと悩んでいた。


お昼を過ぎて日が傾きだしているし、今から依頼を受けたら日が暮れてしまいそうだな。

少し早いが、今日は諦めて宿屋に向かうか。


そう思って宿屋へと向かっている途中、ふと横を見ると、露店に獣人の王ヴォルフが象られた仮面が売られているのが見えた。


そこにはお土産用と書かれており、顔を覆うだけの物以外に、頭部を獣の毛で覆えるようになっている物まである。

これなら兜を買う必要は無さそうだ。


早速、頭部まで覆える仮面を買って被ってみる。


被り心地は中々いいな。フードだと下を向かなければ顔が見えてしまうが、これなら堂々と前を向いて歩ける。


異国の人が仮面を被って歩いている事に、周りの獣人はそれを微笑ましく見つめたり、クスクスと笑っていたりと、フードを被っていた時よりも目立っている気がする。


お土産の仮面を被った旅人が、楽しそうに歩いているように見えるのだろうか。


例えるなら、人の国に来た獣人が人間の王様の仮面を被って街を歩いているのと同じなのだろう。


仮面を被ったままレーゲンの言っていた宿屋へと向かっていると、そこの旅の方〜と後ろから呼び止められた。


振り向くと、灰色の猫の獣人が尻尾をくねらせながら近づいて来た。


「宿をお探しでしたらあっちの路地裏にある宿屋がおすすめですよ。この街のどこよりも安いのにベッドもふかふかで朝食付き!どうですか?」


猫の獣人は、尻尾をくねらせながら手招きするが、アルスはもう宿は見つけてあると断る。


「そうですか、残念です。

手荒な真似はしたくないですが」


猫の獣人が懐から何かを取り出したのを見て、アルスは後ろへと飛び退いた。


「いきなり何をーーー」


そう言い終わる前に膝から崩れ落ちてしまった。

身体に力が入らず、全身が痺れたような感覚と、腕に痛みが走りそこに目を向ける。


見ると、腕に攻撃を受けたようでローブが少し斬り裂かれていた。

アルスが避けるよりも早く、猫の獣人の攻撃が腕を掠めたようだ。


「おま、な、に、を」


「にゃ!? 喋れるなんて驚いた。

普通は意識なくしてぶっ倒れちゃうのに。やっぱりガルフの言う通り少し強めの薬を使っておいて良かったわ」


「やはり、ガル、フ、か」


「あ、と。今のは内緒ね。

あんたを引き渡せば報酬がざっくざく手に入るから、そのお金で旅行にでも行こうかしらね」


猫の獣人は目をギラギラさせながらゆっくりと近づいて来たその時、また頭にあの声が響いた。


【状態異常を感知、ホーリーナイトドラゴンに進化した事により麻痺を浄化します】


急に身体が軽くなり、油断していた猫の獣人の後ろへと一気に回り込んだ。


動けるとは思っていなかったようで、猫の獣人は驚いて逃げようとしたが、アルスは逃すまいと腕を押さえ込み、ガルフの居場所を吐かなければ命はないと脅す。


しかし、捕まっているにも関わらず、猫の獣人は余裕の素振りを見せながら、そうだったと話を切り出す。


「ガルフの居場所よりも、あのへっぽこ三人組がどこへ行ったか知りたくない? 今頃死んでないといいけど」


「何?」


アルスが力を緩めた隙に束縛からするりと抜け出した猫の獣人は、あっという間に路地裏へと逃げ込んだ。


アルスも続いて路地裏へと駆け込み、猫の獣人を追いかける。


障害物を軽々と飛び越え屋根へと登った猫の獣人は、ここまでは来ないだろうと余裕の素振りを見せていたが、振り返って見ると同じようについて来ていたアルスを見て、冷や汗をかく。


「にゃ!? 何で追って来れるのよ! あんた獣人じゃないくせにその身体能力は有り得ないにゃ!」


「にゃーにゃー言ってないで前を向いた方がいいぞ」


「驚くとにゃって出ちゃうの!」


そう言って前を見た瞬間、目の前に壁が現れ避けきれずに激突した猫の獣人は気絶してしまい、受け身も取れずに頭から地面へと落ちていく。


猫のくせに頭から落ちて行くのを見て、やれやれとアルスは頭を振り屋根から飛び降りると、猫の獣人が落ちてきたところを受け止めた。


「おい、起きろ。あの三人は何処に向かったんだ」


気がついた猫の獣人は、今自分が置かれている状況に赤面しジタバタと暴れる。


「にゃにゃ!? 恥ずかしいから降ろしてよ!」


「三人は何処に向かったか先に教えたら降ろしてやる。あとガルフの居場所もだ」


「言ったら私が締められるから言えないし。ガルフの倍の金額くれたら教えてもいいよ」


「金にしか興味はないのか」


「お金は裏切らないからね〜」


中々居場所を言わないので、これならどうだとアルスは猫の獣人を抱きかかえたまま大通りに出ようとする。


何をしようとしているか分かった猫の獣人は、逃げようともがくきながら静止を求めるも、アルスは動じず路地裏を進んで行く。


「わ、分かった! 北の森に行ったにゃ!

ガルフは、うー・・・言いたくないけど、穴熊って言う飲み屋にいるにゃ」


「それは本当の情報なんだろうな。

もし俺を騙したら地の果てまで追いかけ、お前を抱きかかえたまま街中を連れ回すからな」


「よくそんな恐ろしい事を思いつくにゃ!

情報は嘘じゃないわよ。なんなら貴方に私の名前と住んでる所教えておくわよ。これなら文句ないでしょ」


猫の獣人はミーシャと名乗り、裏通りの小さな宿の二階に住んでいる事を教えた。


ようやく地面へと降ろされたミーシャは、路地裏から飛び出すと、あっという間に人混みの中へと消えて行った。


早くあの三人を見つけないと、もうだいぶ日が傾いて来ている。

夜は腹を空かせた魔獣が動き出す時間でもあるが、夜の森は月明かりしか頼りがない。そんな中で三人を探すのは困難を極める。


暗い森の中を行くほどあの三人は馬鹿ではないと思うが、帰れなくなっている可能性もある。


アルスは三人を探す為、急いで北の森へと向かって行った。

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