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忍び寄る者


ギルドへ入るとレーゲン、カルム、シェンは視線の集まる中、静かにカウンターへと向かう。


それをカウンターで見ていた大柄な熊の獣人は、酒を一気に飲み干すと、三人へと声をかけた。


「おいおい、落ちこぼれ同士が組んでどんな手強い魔獣を仕留めて来たんだ。いや、手強い薬草だったか?」


熊の獣人が全体に聞こえるほど大きな声で言うと、それまで静かだったギルドが一気に笑い声で溢れかえる。


「どうせその袋の中は薬草で一杯なんだろ? 俺が品質を見てやるから貸せよ」


そう言って立ち上がるとレーゲンへと近づき、持っていた袋を強引に取り上げた。


そこに入っていたのは薬草ではなく、魔獣の毛皮だった事に周りが騒つく。


「これは驚いた、ギリギリDランクと言われたお前らが、Cランクの魔獣の毛皮を持っているなんてな。ほぉ、首元に一発で仕留めてやがる」


「返せよ、それは俺たちの獲物だ!」


毛皮を取り戻そうとしたレーゲンは熊の獣人に掴みかかるが、簡単に突き飛ばされてしまい、助けに入ろうとしたシェンとカルムも他の獣人に邪魔されてしまう。


「お前らは大人しく薬草でも探してろよ!」


熊の獣人の拳がレーゲンへと振るわれたその時、黒い影が割って入って来ると、間一髪で獣人の拳を片手で止めた。


熊の獣人は何が起こったか分からず、呆然と立ち尽くしていると、ぐんっと勢いよく壁へと投げ飛ばされた。


ガシャャアン! と外にまで聞こえる程の大きな音がなり、一気に周りが静まり返ると同時に、あの大柄な獣人を軽々と投げ飛ばした者へと目を向ける。


そこには黒いローブに身を包み、顔はフードで隠された他の獣人とくらべて小柄な人が立っていた。


レーゲン達はどうしたらいいのか分からず、アルスを見てあたふたしている。


皆が注目している事にやってしまったと少し後悔するアルスだが、やってしまった事は仕方がないとため息を吐く。


軽く突き飛ばしたつもりだったのだが、前より力が強く、加減が難しくなっているみたいだ。


しかし、こういった揉め事はギルドマスターが止めに来るはずだが、今は留守なのか?


しばらく立ち尽くしていた仲間の獣人二人は、ハッと我に帰り慌てて吹き飛ばされた熊の獣人へと駆け寄ると、肩を貸して起き上がらせた。


熊の獣人は痛みに顔を歪めながらアルスを睨みつけ、そのままギルドから出て行った。


「シロが助けに来てくれて良かった。ガルフもこれで懲りてくれたらいいんだけどね。

Aランクだからって、いつも私たちに意地悪して来るのよ」


「こういう騒ぎはギルドマスターが止めに来るはずだが今は留守なのか?」


「ギルドマスターやSランクの人は国王様から直接依頼を頼まれて不在ですの」


なるほど、上が不在なのをいい事に好き勝手している訳か。

まぁ、シェンが言うようにこれで懲りてくれるといいんだがな。


「シロの兄貴、あいつが帰って来ないうちに早く金を貰って美味しいものを食べに行こうぜ」


三人がカウンターへと毛皮を持っていき報酬を受け取っている間、それを見ていたアルスに狐の獣人が声をかけてきた。


「あの三人を助けてくれてありがとうな。

助けてやりたかったが、皆んなあいつに何をされるか分からないから、見て見ぬ振りをしているんだ」


狐の獣人はキョロキョロと誰かに聞かれていないか確認しながら話を続ける。


「嫌がらせが酷くてさ。

その強さなら大丈夫だとは思うが、気をつけた方がいいよ。あいつは何をするか分からないから」


そう言って狐の獣人は静かにギルドから出て行った。


「待たせて悪い、さぁ美味しい物を食べに行こうぜ!」


「やはり美味しい物と言えばお肉ですの。あの肉厚で肉汁が滴るのを想像するだけで涎が止まらないですの」


「今回はシロのおかげで美味しい物が食べられるんだからね」


早速ギルドから出たアルスたちは、レーゲンがおすすめだと言う店に入る。


古そうな見た目の店だったが、中は思っていたよりも落ち着いた雰囲気で客足も多いようだ。


しばらくして、レーゲンが注文してくれた料理がテーブルへと運ばれて来た。

肉の焼けるいい匂いが広がり、アルスは思わず涎が垂れそうになるのを我慢する。


全ての料理がテーブルへと並べられ、恵みに感謝していただきますと言うレーゲンの言葉の後、四人は一斉に食べ始めた。


ようやく食事にありつく事が出来たアルスは、空腹を満たす為に夢中で食べ物を口へと運び込む。


鳥の香草焼きは外の皮が香ばしく焼かれており、パリパリの皮と中から溢れ出る肉汁が、香草の香りと混ざって口の中に広がる。


スープも野菜がたっぷりと入っていて、スープなのに食べ応えがある。


アルスの皿に盛り付けられた肉やパンがみるみるうちに消えていくのを見て、レーゲンとシェンは何処にそれだけの食べ物が入るのかと驚く。


カルムもアルスと同じくらいの食べっぷりを見せ、食べ終わった皿をテーブルの端へと追いやると、まだ食べ足りないようで、お代わり下さいですのと手を挙げて注文する。


「カルム、あんた遠慮しなさいよ」


「だって次はいつ食べれるか分からないですの。今のうちに食べておかないと」



テーブルが皿で埋め尽くされてようやく二人は満腹になったのか食べる手を止めた。


「ふー、もう食べられないですの。あ、でもデザートはまだ食べられそーーー」


「もう止めときなさい」


「さて、カルムが次の注文をしないうちに行くか」


ふとテーブルに置かれた料金表を見たレーゲンはエッと声を出して固まってしまった。


カルムがよく食べるので、安くて美味しい店を選んだのだが、目が飛び出る程の額にレーゲンは青ざめる。


それを見たシェンがどうしたのかと料金表を覗き込んでレーゲンと同じような反応を見せた。


「おいおいカルム、いつのまにこんな高い料理を頼んだんだよ。家賃が払えるほどの金額になってるぞ」


「私じゃないですの。料理が運ばれてきたから、てっきり誰かが頼んだのだと思っていたですの」


料金表を見せてもらうと、確かにこの店では少し高めの料理の名前が書かれていた。


しかしよく見ると、その料理名の書かれている字が他の字と比べて少し汚く、まるで誰かが後から書き足したように見える。


「間違って持って来た料理だったのかも。でも食べちゃたし、払わないとダメよね?」


「だよなぁ。

でも、兄貴にお礼出来たし美味しい物も食べれたしな」


「だがーーー」


料金表がおかしい事を伝えようとしたが、兄貴は気にしないでくれと止められてしまい、その事を伝える前にレーゲンはお金を払いに行ってしまった。



「さあさあ、気を取り直して新しい依頼を見に行くのですの」


「そうね、カルムにしてはいい事言うじゃない。シロはこれからどうするの?」


「しばらくはここにいるつもりだが、先に調べたい事がある。ここからは別行動になるな」


ガブルヘイムは大将を二人失った事で現状が変わっている可能性がある。

向こうの動きを見ながら、出来るだけ見つかりづらいルートを探さないと。


「じゃあ俺たちの借りている宿屋で泊まればいいぜ。おっちゃんに話しをつけておくから、夕方頃にあの青い屋根の建物に来てくれ」


こうして三人と別れたアルスは、先に手持ちのお金をこの国の通貨である【ガル】へと両替し、衣類や食料などの必要な物を先に買うことにした。


「俺たちもまた薬草を探しに行くか。ただでさえ前の家賃を払えていないし、ほとんどカルムの食費に消えてくからな」


「そんなに食べてないですの」


「いや、食べてるわよ。私たちの倍以上働いて貰わないと釣り合わないくらいに」


じゃあ薬草を沢山取るですのと意気込んで先頭を歩くカルムに、やれやれとレーゲンとシェンが歩いていると、突然後ろから呼び止められた。


「ちょいとそこのお若い方々、お金にお困りのようじゃな。もし良かったら、あたしゃの依頼を受けてくれないかね」


振り返ると、顔をフードで隠した老婆が杖をつきながら立っていた。


老婆はギルドに依頼を出そうと思っていた所、丁度レーゲンたちの話を聞いていたらしい。


「でも俺たちはDランクでして、難しい仕事は出来ないんですよ」


「いやいや、簡単な依頼じゃから大丈夫じゃよ。北の森の中にあると言う黄色い花を取ってきて欲しくてな。報酬は5万ガルなんじゃが、引き受けて来れんか?」


「5万ガル!?」


5万ガルと言えば先ほど払った食事代にお釣りが来る程の金額だ。


花を取りに行くだけでお金が貰えるという事で、レーゲンとカルムは乗り気のようだが、シェンは流石に怪しいと思い二人を止めようとしたが、先に老婆が話し始めた。


「どうしても欲しくてな。爺さんからプロポーズの時に貰った思い出の花なんじゃ。あたしゃにはもう森に入る体力も無くて取りに行けんのじゃよ」


二人を止めようとしたシェンだったが、老婆の身の上話に心を打たれてしまい、依頼を引き受けてしまった。


「ありがとうよ。あたしゃ先にギルドで待っておるからの。気をつけるんじゃよ」


三人は手を振る老婆に見送られ、意気揚々と北の森を目指して歩いて行った。


「さて、行こうかね」


老婆は静かに路地裏へと入ると、静かにフードを外す。


現れたのは長い髪をまとめ上げ、手を舐めながら身だしなみを整える灰色の猫の獣人だった。


「あたしにこんな役やらせたんだから報酬は多めに頂くからね、ガルフ」


猫の獣人が物陰へと声をかけると、隠れていたガルフが姿を現した。

ニヤリとほくそ笑みながら金の入った袋を猫の獣人へと投げ渡す。


「後はあのフードの男だ。あいつにはたっぷりと礼をしないと俺の気が済まねぇ。

高い金を払ってんだ、失敗するなよミーシャ」


ミーシャと呼ばれる猫の獣人は、任せなさいと尻尾をくねらせながら路地を抜けて行った。

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