暴走
突然の出来事に開いた口が塞がらず間抜けな顔を見せるジャファール。
『は? お前、自分が言っている事分かってんのか? どうせ逃げる為に言ってるだけだ』
『今、俺の国は戦争で民たちが苦しんでいる。帝国軍との争いを終わらせた後ならお前の要求に従う。悪い条件じゃないだろ』
やれやれとジャファールは首を振り溜め息を吐く。
『・・・残念だが、俺はラグシルドのように甘くない。地面にぶち当たる前に進化出来るように祈るんだな!』
アルスは勢いよく空中へと投げ出され、なす術なく落ちていく。
時間は稼いだがラグシルドはまだフェアルと戦っており、助けに来れる状態じゃない。
何とかして翼を羽ばたかせようにも、片方では飛ぶ事も出来ず徐々に地面が近づく。
くそっ、誰も助けられずにこんなところで終わる訳にはいかない。
戦争が始まる前の国を思い出す。
街はお祭りのように賑やかで、子どもたちも安心して外で遊べる平穏な日々。
人々の笑い声や幸せに過ごすあの時間を取り戻す前に死ぬなんてあってはならない。
【警告、死の危険が迫っています。
・・・強制進化が選ばれましたので、ホーリーナイトドラゴンに進化します】
身体が眩しい光に包まれ辺りを照らし出す。
その中から現れたのは白銀の美しい鱗を持ったドラゴンが現れた。
新たな翼は前と同じ鳥の翼のように羽根が生えており、尻尾の先には光の輪のような物が付いている。
【あらゆる光魔法を得意とします。
その昔、人々を災厄から救ったとされています。怒りや憎しみに溺れてしまい、自らが災厄を引き起こす者となりながらも、人々を思い続けた】
【前の進化から日があまり経っておりません。暴走の危険がありますのでご注意下さい】
進化が終わった瞬間、意識が朦朧となり視界がぐにゃりと曲がる。
何とか地面に降り立ったアルスだったが、そこで意識を失ってしまい崩れ落ちてしまった。
アルスが動かなくなったのを見て、ラグシルドの表情が険しくなり、ジャファールはニヤリと笑みを浮かべる。
ぽつりぽつりと雨が降り出し、次第に大きな音を立てながら激しい豪雨が降り始めた。
ジャファールが見つめる中、急に起き上がったアルスは、グルアアアアッ!!と大きな咆哮を上げながら岩の壁へと突進し始めた。
『進化して日が経っておらんのに、無理矢理進化したことで暴走しておるのか!アルスよ、正気に戻るんじゃ! 』
ラグシルドが助けに行こうとするが、フェアルはそれを許さず攻撃の手を緩めない。
その間にアルスは無差別に炎を吐き、岩に頭を打ちつけたりと暴走は勢いを増していく。
『あーあ全く、このくらいで暴走するなんてありえねぇな。まだまだ進化して貰わないと困るんだがな』
アルスの吐いた炎を軽々と避けると、ジャファールは尻尾を鞭のようにしならせアルスを吹き飛ばす。
吹き飛ばされたアルスだったが、爪を地面に突き立てて耐えると、グルルルと唸り声を上げる。
『まるで何も考えずに突っ込んでくる魔物だな。まぁ、その方がやり易いが』
ジャファールが口を開くと、炎が集まりだし大きな炎の球体になる。
まるで太陽のように燃える球体がアルスに向かって放たれた。
それを止めようとラグシルドはフェアルの前足を咥えると、球体に向かって勢いよく投げつける。
フェアルと炎の球体がぶつかり合い、激しい爆発が起こり、爆発の勢いに目をそらしたジャファールの目の前にアルスが現れた。
『なっ!?』
カメラのフラッシュのように激しい光がジャファールとラグシルドを襲う。
ラグシルドは翼で目を覆い隠せたが、至近距離から光を直視したジャファールは目がくらみ仰け反る。
そこに追い討ちのようにアルスの頭突きが繰り出され、後ろへと吹き飛んだ。
『くそっ、目眩しかっ!』
ぼやける視界の中、何とかアルスに標準を合わせ炎の衝撃波を放つが、ラグシルドのツタの壁に阻まれてしまう。
『邪魔すんじゃねぇっ!!』
ラグシルドとアルスに炎の球体が何発も放たれ、避けきれなかったアルスへと直撃した。
勢いよく吹き飛ばされたアルスは頭から真っ逆さまに崖下に流れる激流へと落ちて行く。
『アルスっ!』
ラグシルドがツタを伸ばして助けようとするも間に合わず、水しぶきを上げて川へと落ちたアルスの姿は瞬く間に見えなくなってしまった。
それを見たジャファールは仕方がないと舌打ちをし、くるりと背を向ける。
『まぁいい、次は邪魔さねぇ場所でやるだけだ。ラグシルド、お前も次に邪魔してきた時はその首噛みちぎってやる』
そう言い残すと、雲の中へと消えて行った。
一人残されたラグシルドは豪雨に打たれながら崖下を覗き込みアルスの無事を願うのだった。




