95 急降下
次の日、朝食後に現物を前にノートリアからレクチャーを受け、練習用のミニパラシュートで近くの少し高い岩から地面に降りる訓練を何回かこなした。
岩ぐらいの高さならマクレイは大丈夫そうで、楽にこなしていた。高いほどダメってことかな?
「よし! ナオヤを除けば皆、上手だな。こんなもんで大丈夫だろ。じゃ、現地に行くぞ!」
ノートリアが訓練を終え話しかけた。俺ってそんなん?
ヒュォオオーーー。
下から吹き上げる冷たい風が服をなびかせている。
早速現地へ行き、崖から見下ろすと緑色の森が小さく見えていた…。た、高けぇええ! 股がヒュンとする!
後ろを振り返りマクレイを見ると、すっかり青ざめていた。その様子を見ていたノートリアから声がかかった。
「それじゃ言われた通り、ナオヤはマクレイと一緒で二人用でいいな?」
「はい! それじゃないと帰れないです!」
「ワハハハ。面白いなぁ、おたくらはよ」
ノートリアが笑っている。
それから全員、装備を身に着け準備を始めるとノートリアが別れの挨拶をしてきた。
「ま、なかなか会えないとは思うけど、浮遊大陸に来たら顔を見せてくれ。歓迎するぜ!」
「その機会があればね! 助かったよノートリア!」
「ワハハ、いいってことよ。お前達は面白いし、料理は美味えからな。じゃ、気をつけてな!」
肩をバンバン叩かれる。隣のマクレイを見るともう目をつぶっていた。早くね?
「よし! 皆、準備は出来た? 行くぞーー!」
声を上げ、一番に崖へ行こうとしたがビクともしない。美人さんが踏ん張っている…。
「マクレイ…。大丈夫だから、ね?」
声をかけると首をブンブン横に振ってる。ダメだこれは…。
「ロック! お願い!」
するとロックが来て、俺と嫌がるマクレイを抱えて崖から放り投げた!
「後に続いてくれーーー!」「いやぁああああああああぁぁぁぁーーーーーー!」
投げられながら皆に叫ぶ。マクレイも叫んでいた。もう空中にいて凄い勢いで落下し始めた。風が冷たい!
「ベントゥス! カエルム!」
精霊主を呼び出すと、風がなくなり幾分暖かく感じた。青ざめて震えるマクレイをギュッと抱きしめる。
上を見ると、仲間もすでに空中にいるようで、落下してきている。
……意外に余裕があるね。もっと地表まで近いかと思っていた。落下に慣れた頃、震えるマクレイに話しかけた。
「ほら、意外と大丈夫でしょ?」
「……無理、無理、無理!」
ギュッと目を閉じて同じ言葉を繰り返しているし…。しょうがない。
ノートリアに教えてもらった地点で背負っていたパラシュートを開く。
一気に体が浮き上がる感じがすると、今度はゆっくり降り始めた。心配なので、ベントスとカエルムには風と大気の操作を全員分お願いしている。
やがて地上にゆっくりと降りてきた。足が地面に着き無事に着地する。
「マクレイ! 着いたよ! ほら、地上だよ!」
「ほ、ホントだ! ああ、良かったーー!! ありがとう、ナオ!」
ホッとしたマクレイがギュッとしてきた。その間、仲間も次々と着地してきたようだ。
「ちょっと! マクレイディア!」
いち早くパラシュートを外したモルティットが文句を言いながら来た。ハッと気がついたマクレイはワタワタしている。
「ズルイ! そんなの!」
そう言うとマクレイの装備を外して放り出すと俺に抱きついてきた。えぇええ?
「いや、待て! モルティット! 俺も装備を外すから!」
「待てないよ!」
「やめなよ!」
元気を取り戻したマクレイがモルティットを引きはがす。助かった…。
周りの皆もパラシュートを外し集まってきた。クルールは気楽にフラフラしていた。
「はぁー、とっても楽しかったわ。もう一度やってもいいぐらい!」
「書物にも無い経験でしタね」
「ヴ」
マチルダ、フィア、ロックとそれぞれ感想を述べた後、パラシュートを集めてまとめ、ロックへ預けた。
「ここってわかる?」
「んー、全然だね」
いい笑顔で答えられた。マクレイに聞いてもわからないようだ。胸元のクルールはキョロキョロしている。
草原にいるのは分かるがどこなのかさっぱりだ。
「ここは東の大陸ね。向こうに見える森は見覚えがあるよ」
モルティットが森を指さして言ってきた。思ったよりも遠くに降りたなぁ。てっきり魔人の国の島かと思った。
「それだと、ビスロットさんの所には近いね」
「あら、そうなの。私はしばらく一緒でもいいわよ。飽きないし」
マチルダが言ってきた。いや、それも大変なんです。ホント。
それからモルティットの案内で目的の方角へ目指す。一応、新たな導きはあったが、マチルダを送るのが最優先だな。
賑やかに歩きはじめる。
夕方になりいつものように野営の準備をしていると、ベントゥスが音もなく表れた。
『今日は大丈夫でしょうか?』
「ああ、問題ないよ」
仲間に声をかけてから、ベントゥスと散歩を開始した。いつの間にかクルールがちゃっかり俺の頭に居座っている。
『なかなか面白い経験をされてますね、ナオヤさん』
「ホントだよ。俺もここまでなるなんて思ってもみなかったよ」
ベントゥスの問いに笑って答える。
『フフ。貴方の様な“契約者”と共にいて楽しいですよ』
「そう? ありがと! 俺も皆がいてくれて頼もしいよ」
『フフ…』
たわいもない会話をしながら、お互い手を取って歩いている。
と、ソイルが何者かを感知した。
「誰か来る?」
『大丈夫です。あなたも知る方ですよ。私の精霊を宿していますから』
ベントゥスが説明してくれた。クルールは肩に降りて額に手で庇を作って先を見ている。
やがて姿が見えてきた。フードを被りマントをした装いでヨロヨロと拙い足取りで近づいてくる。
駆け寄って行くと気がついたようで声を出した。
「“契約者”様! それに“精霊主”様も! お探ししておりました!」
力尽きたのか、両膝をつき荒く息をしている。慌てて近づき声をかける。
「大丈夫かい? えーと…」
「私です。カレラです」
フードを取り顔を見せる。黒く長い髪に気の強そうな美人の顔、久しぶりに見た。“転移者狩り”の人だ。腕を取り立たせようとしたが無理なようだ。
「すみません。もう限界で…」
「いや、大丈夫だよ。うぉいしょ!」
ガンバって抱きかかえた。なんとかお姫様抱っこで立ち上がる。思ったより軽い体だった。ふとマクレイを思い出した。そうか、マクレイは体が大きいし…。これ以上、考えると怒られそうだ。目を閉じたカレラが謝ってきた。
「すみません、“契約者”様」
「とりあえず仲間の元に戻ろう。それにナオヤでいいよ。ベントゥス悪いけど…」
横にいたベントゥスを見ると微笑んでいる。
『かまいませんよ。戻るまでご一緒します』
「ありがとう」
それから、ぐったりしているカレラを抱いて野営地へベントゥスと戻っていった。
「誰!? その女!」
ものすごい勢いでモルティットが言ってきた。なんでそうなの? 気がついたマクレイが助け舟を出し、
「安心しな。その女は“転移者狩り”の者だよ」
モルティットの肩に手を置き語りかける。ベントゥスは既に消えていた。
「ちょっと落ち着いて! モルティット、悪いけど具合を診てもらえる?」
「もう! 調子がいいね!」
プンプンしながらも近づいてきた。カレラをテントの寝床に寝かせてモルティットに場所を譲った。
「どうしたんだい?」
「ああ、ベントゥスと散歩していたら現れたんだ。ビックリしたよ」
マクレイが聞いてきたので答えると、片眉を上げる。
フィアとマチルダも様子を見に近寄ってきた。
何事もなければいいけど。




