93 有翼人の村
導きの方角へ歩いている。
空気が薄いせいと寒さで、いつも以上にキツイ。
マチルダも辛そうに歩いている。横のマクレイを見ると睨まれた。鬼だ!
この浮遊大陸は主に人族が暮らしているようで、あまり獣人などの姿は見えなかった。
施設のある町を出て少し歩くと馬車道もない草原が広がっていた。この大陸にはいくつか町や村が点在していると地図には書いてある。
しばらく移動したところで休憩になった。
「あ~辛い! 誰かさんは鬼だなー」
「フン! まったく鍛えがいがないねぇ」
草原に寝転がると横にマクレイが来た。
「ふふっ。疲れたら私の所にきなよ」
モルティットが一緒に寝転がってきた。近いって!
フィアは珍しい風景なのか周りをキョロキョロ見ている。マチルダも近くに腰かけた。ロックは町を出てから、いつもの大きさに戻っている。クルールは相変わらずマクレイの胸元にいるし。羨ましい…。
しばらく休憩した後、再び出発した。
数日移動するとやがて村のようなものが見えてきた。その間、魔物とは出会わなかったので平和だ。
近づくと人がいるのが見えてきた。よく見ると背中に翼か生えているようだ。天使かな?
俺達が近づくと気がついたようで向こうも見てきた。
「こんにちはー!」
とりあえず手を上げて挨拶してみる。向こうも手を上げてきた。
「こんにちは。こんな所に人族やエルフ族が来るなんて……。珍しい…」
色白でゆったり目のフードを着た背中に翼のある人が挨拶を返す。
「旅の途中なんですけど、ここはどういう所ですか?」
質問すると、フードを取り顔を覗かせて話してきた。なかなか精悍な感じだ。
「なるほど、旅の途中か。ここは有翼人の村だよ。俺はクロッド」
「あ、すみません。ナオヤと申します」
クロッドが手を出してきたので応える。なかなかガッシリした手をしていた。
「この先ってわかりますか?」
「ああ、ここから少し行くと渓谷になっているよ。風が強いから気をつけてな!」
「ありがとう! 忠告には従うよ。わざわざ親切にしてもらって感謝するよ!」
そう言って立ち去ろうとすると慌てたクロッドが声をかけてくる。
「ちょっと待ってくれ! なかなか珍しいお客人だから村に招待したいがいいかな?」
そうなの? 仲間を見渡すと皆、頷いている。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
「そうか! 良かった! 村に案内するよ。来てくれ」
クロッドが先導して村へ案内してくれた。
村はそこそこな規模であるようだ。
畑や家畜を飼っている柵が見えるが、今まで見た村の様に周りを囲う壁などは無かった。魔物の警戒はしないのかな?
先導しているクロッドが聞いてきた。
「こんな浮遊大陸の田舎へ来るなんて、けっこう物好きだな」
「いやー、ちょっと目的があって…」
クロッドの問いに曖昧に答える。どう言えばいいの? ちらっとマクレイを見ると目を逸らされた。
「ハハッ、そうか。この浮遊大陸には魔物がほとんどいないんだ」
「そう言えば、魔物に会わなかったなー。そういうことか!」
「なるほど、貴重種の魔物目当てではないのか。ますます珍しいな」
ニヤリとしたクロッドが陽気に言ってくる。これは探られてるのかな?
やがてしっかりとした家の前に来た。
「ここは村長の家だ。話してくるんで待っててくれ」
そう告げてクロッドは中へ入って行く。
「面倒な事にならなきゃいいけど…」
マクレイが呟く。心配性ですね。胸元にいるクルールは寝ていた。寝顔がかわいいなぁ。俺の視線に気がついたマクレイが睨んできた。怖い!
「有翼人を初めて見まシた! 書物と違って実物は凄いでスね!」
フィアが興奮している。食いつきがいいね。手を握って聞いてみる。
「会ってみたかったの?」
「それはモう! 想像とは違って面白いデす!」
嬉しそうにしている所をマチルダが口を挟む。
「フィアさんは凄いわ。ここ数日、一緒に過ごして来たけど本当に素晴らしいわ!」
フィアの反対側の手を取ってマチルダが興奮している。こっちも食いつきがいいね。
「待たせたな! どうぞ中へ!」
クロッドが出てきて招いている。ロックは入り口で待機して、残りの皆で中へ入っていった。
「ようこそ! 何も無い村ですがくつろいでください。私は村長のウールです」
村長が陽気に出迎えてくれる。俺達も自己紹介してテーブルの椅子に着席した。
それから簡単に旅の目的を話して理解してもらった。
「なるほど! だから俺が聞いたときは曖昧に答えたのか」
話しを聞いたクロッドが驚いて感想を漏らす。
「“契約者”様とは! よくぞ招いたクロッド!」
村長が少し興奮気味だ。なぜ?
ため息をついたマクレイが聞いてきた。
「はぁ。何かあるんだろ? 早くいいな!」
「あ!? え? ええ、実はこの先の渓谷にツタが繁る場所がありまして、それが風に煽られて道を塞ぐので困ってました。出来れば何とかして頂きたいのですが…」
「だって、ナオ?」
マクレイにビビって小さな声で早口に村長が要望を述べると、俺に振ってきた。もう少し和もうよ、マクレイ。
「それでは、道すがらにありましたら取り除く感じでいいかな?」
「おおっ! ありがたい! 我々は背中に羽があるので、ああいう所の作業に向きません。助かります!」
俺が答えると村長は喜んで頭を下げた。クロッドも頭を下げている。
それから少し雑談して村を離れる事になった。
有翼人は古代からいた種族のようで、昔、なにかの弾みで浮遊大陸に取り残された一部が今日までいるとの事だった。
あまり多種族との交流が無いため、たまに旅人が訪れるときに外の情報を聞いているようだった。
渓谷では風を利用し翼を使って飛んで移動するそうだ。自力でも飛べるけど長い間は無理なようだ。翼があっても良いことばかりじゃないのか…。いろいろと考えさせられた。
村長やクロッドにお別れを言って村を出た。その頃には村中の有翼人が集まって俺達に注目している。すこし恥ずかしい。
「ホント、お人好し!」
モルティットが俺の腕を取って言ってきた。めちゃいい笑顔ですけど。
「近いって! モルティット!」
「なんで? いいじゃない!」
全然、人の話し聞かないよね。マクレイを見ると俺を睨んでいるし…。モルティットに何とか言って!
賑やかにしばらく進むと、話しに聞いたように渓谷が見えてきた。
やがて近づくと、確かに崖のあちこちから太い緑色のツタが伸びており、垂れている一部が風によってなびいている。
これのことか……。
「フィア、このツタの事ってわかる?」
「これは食肉植物でス。あの垂れているツタには粘液が出てイて、鳥や虫などを捕まえて食べていルと書いてありまシた」
「へ~、あんまりいいものではないね」
フィアの説明に関心していると、マチルダがフィアに抱きついてきた。
「ああ! 素晴らしい! なんて優秀なの!」
「助けてくだサい! ナオヤさン!」
珍しくフィアが慌てている。
「マチルダもその辺で!」
名残惜しそうなマチルダをフィアから離す。マクレイ達は苦笑いしていた。
とりあえず、見える範囲を綺麗にすればいいかな?
「シルワ!」
すると、あちこちにあるツタが一斉に引っ込んでいった。…これでいいかな?〈芽も含めて取り除きましたので安心して〉ありがとうシルワ!
「じゃ、行こうか」
振り返るとマチルダだけが唖然としていた。
マクレイがマチルダの肩を叩き、先へ促す。モルティットはいつの間にかロックに抱えられている。俺はフィアと手をつないで進んで行った。
しばらく歩いて行き目的の岩場に来るとロックがモルティットを降ろし、こちらへ来た。
そして岩に触れると人型の岩が体を起こして現れ、ロックが触れると砂になり消えていった……。
やがて地下への入り口が開き、仲間と共に降りていく。初めてのマチルダはおっかなびっくりな感じだ。
洞窟の先は見慣れた円形の広場で真ん中に台座がある。
皆の見守る中、台座に上がると光の輪が出現し、辺りを強烈な白が包む。光が無くなるとそこには神話から出てきたような美しい女性が宙に浮いていた。
『お待ちしておりました、“契約者”よ。私は音の精霊を束ねる精霊主…』
「ナオヤです! よろしくお願いいたします!」
そう言って手を差し出すとニッコリ聞いてきた。すっかりお約束だな。
『言わなくても、もちろんわかっていますよね?』
「……“ムーシカ”で、お願いします!」
『ありがとう。では』
ムーシカがそう言って俺の手に触れると、腕に吸い込まれていく。
〈皆さんお久しぶりね〉〈お待ちしてましたよ〉〈久しぶり! ムーシカ〉〈……〉〈…〉賑やかに挨拶している。
契約を終え洞窟の外に出ると、日が沈み始めた所だった。上空にあるため太陽が近く感じる。
ここでそのまま野営して皆で今後の相談をした後、翌日には有翼人の村へ出発した。
「おや! ずいぶん早いですね。用事は済みましたか?」
有翼人の村に近づくと、外にいたクロッドが気がついて話しかけてきた。
「ああ、おかげさまで終わったよ! ついでに見える範囲のツタも取り除いたよ」
「それはありがたい! お疲れ様です!」
答えると、笑顔のクロッドがお礼を述べてきた。そうだ!
「少し相談したい事があるんだけど、いいかな?」
「君達なら歓迎さ! それでは村長の所へ!」
クロッドに再び案内され村長の家へ向かう。




