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9 魔導人形

 

 その家は古びた木造の建築物だった。

 ずいぶんと手入れがされていないようで、あちこちの外板が()がれて内装の板がむき出しの部分も見られた。しかし、窓にはカーテンが引かれて中に住んでいる者を伺わせる。玄関には丈夫そうな木の扉が付いており、真ん中にある大きな金具がノッカーのようだ。


 ちらりとマクレイを見ると目で“早くしな”と訴えてる…。なぜ、俺が代表になっているのか……。

 錆び付いた金具を持ち上げ三度ノックする。


 ……


「すみませーん! 誰かいますかーー?」

 呼んでみる。


 ……


 もう一度金具を持ち上げたところで家の中から何かが移動する音がする。そして扉の鍵を開けるような(にぶ)い音が聞こえた。

 ギギ…ギ、ガタついた扉が重そうに少し開く。


「……ど、どなたでスか?」

 金属的な少女を思わせる声がする。隙間は暗くて中がよく見えないが、子供のようだ。


「俺はナオヤと言います。旅の途中でこの家を見つけたんで、できれば一泊させていただければと声をかけたんですけど…」

「……後ろの方ハ?」

「ああ、デカいのがロック、女性の方はマクレイって言います。どうでしょうか?」

「……少しお待ちくだサい」

 扉が閉まり、やや間が空く。

 後ろを振り返りマクレイとロックを見るとサムズアップしている……。


 すると玄関から音がして扉が大きく開いた。

 そこには一二〇センチぐらいの背の高さで、ヘルメットに丸い金属製の花瓶を逆さにした顔がはまっているのが見えた。目のところには丸いガラスか宝石のようなものがはめ込まれてており、口の部分は筋が一本入っているだけのようだ。少女の服を着て手袋をはめ金属のブーツを履いている自動人形みたいな者がそこにいた。


「はじめまシて。私はレネルフィアと申しマす。どうぞお上がりくだサい」

 お辞儀をして奥にある居間へ案内する。ロックは外で待機するようだ。驚きつつマクレイと二人で中に入っていくとレネルフィアが丁寧に説明した。

「この家にお客様が来られたのは初めてなノで、勝手がわからずごめんなサい。お父様が病気で何年も床に伏しているノで、申しわけありませンが、挨拶はご遠慮くだサい」

「いや、無理を言ってお邪魔しているんで、気を使わなくて大丈夫です」

「それデは、こちらに腰かけてお待ちくだサい」

 そう告げるとレネルフィアは部屋を出て行く。居間の椅子に腰を下ろし、レネルフィアの姿が消えるのを確認するとマクレイの方を向く。


「あ、あの人は人間じゃないよね?」

「ああ、あれは魔導人形だね。アタシもこんな近くでは初めて見るよ。姿は違うけど人族みたいだねぇ」

「魔導人形……って事は、魔法的なもので動いているのかな?」

「たぶんね。詳しくはわからないけど、“お父様”が作ったのかも」

 居間を見渡すとお爺さんと娘らしき肖像画が飾っており、値段の張りそうな天体望遠鏡みたいなものや機械類が整然と飾ってあった。しばらくするとレネルフィアがお茶を運んできた。


「どウぞ、おくつろぎくだサい」

 目の前に出されたお茶は本物のようで試しに飲んだが美味かった。マクレイは俺が飲むのを見てから自分も飲んでいた。毒見か! レネルフィアは居間の入口で佇んでいる。お客が初めてだから振る舞いがわからないようだ。

「ところで、失礼ですけどレネルフィアはどのくらいこの家で暮らしているんですか?」

「ワタシが生まれたのは四年前デす。お父様がお創りになりまシた。それから書物で勉強しまシた。お父様が倒れてからはこの家を掃除したりしていマす」


「そうなんだ…。一人じゃ大変だね。…そう言えばマクレイが治療魔法を使えるんだけど、試してみないか?」

「ナオ!」

 マクレイがビックリして声をあげるのを慌てて両手を合わせお願いする。

「ほら、一泊するからお礼にね。頼むよマクレイ」

 腕を組んで憮然(ぶぜん)としているが、

「協力しないとは言わないよ。ただ、事前に言ってくれ!」

「ゴメン…」

 了承してもらったマクレイに頭を下げ、レネルフィアを見ると少し興奮しているようだ。身を乗り出して俺達の目の前まで移動している。


「ほ、本当でスか? 治療できるんでスか?」

 マクレイは優しい表情でレネルフィアの肩に手を置き質問に答える。

「とりあえず見ないと分からないけどね。試してみるかい?」

「ありがとうございマす! 早速で申しわけないでスがよろしいでスか?」

「ああ、いつでも大丈夫だよ」

「ではこちラへ」

 レネルフィアは俺達が立ち上がるのを待って二階へ案内した。



 階段を上った奥の部屋に通されるとやや広い室内中央の奥にベッドがしつらえており、ベッドには薄い布が掛けられていて寝ている人物の様子はおぼろげにしかわからない様になっていた。

 ベッドに静かに近づきレネルフィアがゆっくりと布を上げると、そこには白骨化したモノがベッドに横たわっていた……。


 レネルフィアは俺達に向くとおずおずと()べた。

「すみまセん。お父様はここ何年も(しゃべ)らなクて、お食事もしないので姿も変わられまシた……」

 衝撃だった。マクレイも驚いている。レネルフィアは“死”というものを知らない…。ひょっとして、作られてから他人とは接触してなかったのかもしれない…。


「……わ、悪いけど、これは治療できないよ。く、詳しくは…ナオ! よろしくね!」

 そう言うと顔を青くしたマクレイは部屋から逃げていった。素早すぎる。ひどい…面倒を押し付けて行きやがったあの残念美人……。

 マクレイの行動を目線で追っていたレネルフィアが首を傾ける。

「どういう事でスか? ナオヤさン?」

「えーと、レネルフィア! 気を確かにして聞いてほしい!」

「……ハイ」

 腰を落とし、目線を合わせ両肩に手を乗せて話しかける。


「お父様はもうこの世にはいないんだ。たぶん倒れた後に死んだんだ」

「え? でモ、ここにいまスよ?」

「今ここにいるのはお父様の亡骸、死んだあとに残された“物”なんだ。死ぬと言うのは生き物が生命活動を完全に停止した状態の事を言うんだ。だからお父様は死んでいるんだ」

 たぶん、この言い方であってるよね? 死の定義なんてよくわからないけど、伝わったかな?

 横を向いたレネルフィアは、ボツリと反論した。

「うソ。お父様はここにいマす」

「なら、なんで食事をしないんだ? 生物は食べ物を食べないと生命活動を維持できないんだ」


「…そ、そレは…」

 頭を横に向けたまま俺の言葉に動揺している。いたたまれない気持ちになるが、ここはしっかり話さないと。

「レネルフィアは何年も看病したからわかるだろ? お父様はもう動かないって…」


「……そ…レは…」

 機械だから表情は読めないが人だったら蒼白になっていそうな感じがする。


「ホントは薄々気がついていたんじゃないか? レネルフィアは賢いはずだ…」

「………すみませンが、一人にシてもらえまスか…」

 レネルフィアは俺の手を振り払うとベッドの端に腰をおろした。

 俺はうな垂れているレネルフィアをその場に残し一階の居間へ降りて行った。



「ホント、ゴメン! ああいう説明、苦手なんだよね!」

 マクレイの顔を見たら直ぐに謝ってきた。しかし、許さん!

「今度なんかで償うからさ。それで許してよ! ナオ?」

「……揉ませろ」

「え?」

 俺の一言にマクレイが固まるが、かまわず続ける。


「乳揉ませろ!」

「は!? 何言ってんの? またトチ狂ったんかい?」

 マクレイの目がすわっているがここは押し切る!


「いや、正常だ! 今日は十倍以上のご褒美が必要だ! 乳揉ませろ!」

「ああ! ブチ殺されたいんかい、ナオ?」

「おぅ! 揉んだら殺せ!!」


「……あノ」


「ふざけんなよ! あんたなんか片手で余裕なんだよ!」

 マクレイが目に見えない動きで俺の頭を鷲掴みにした。あ……もうダメだ…。

「ほら! 何か言ってみなよ!」

「ひ! 痛ってー! やめてください、マクレイ…」

 頑張ったがもうダメ! 助けて!


「…あノ」


「やめないね! 何を揉むって?」

「…ご、ゴメンナサイ! もう言いません!」

 そのとき、高い金属の声が響く。


「あノ!!」

 レネルフィアの大声でマクレイと俺の動きが止まった。二人してレネルフィアに頭を向ける。


「ごめんなサい。楽しい会話をじゃまシて。でもナオヤさん、ありがとうございマす! ワタシは理解しました。お父様がいなくなった事を。そレで、この後、どうすればいいかわからなクて…」

 マクレイが俺の頭から手を放しギロリと顔を向ける。

「そうか…。それじゃ、墓を作るかね。ナオ! ヨ・ロ・シ・ク!!」

「ま、任せろっ!」

 マクレイの鬼の形相に恐れをなし、速攻で二階の亡骸を回収し家の横に小さな墓を立てた。

「お父様……」

 墓の前に(たたず)むレネルフィアを後ろから俺達は見守っていた。



 翌朝、出発前にレネルフィアが朝食をご馳走するというので居間で待っていた。

 昨夜から彼女についてマクレイと話し合っていたが、結論はでなかった。でも…。


「マクレイ、やっぱり一人はつらいと思うよ」

「まあね。でも本人に聞かないとねぇ」

 そうしてる内にレネルフィアが朝食を運んできた。

「お口に合うかわかりませンが、どウぞ」

「ありがとう! いただきまーす!」

 シンプルに仕上がった温かそうな朝食を受け取り、さっそく頬張る。

 う、美味い! 味見できないのに不思議だ。相変わらず俺が食べ始めてからマクレイが食べ出す。


「とっても美味しいよレネルフィア」

「ありがとうございマす!」

 表情はわからないが嬉しそうだ。昨日の出来事を引きずっていないのか明るく振る舞っている。

 食事を終えるとこれからについて話しを切り出した。

「それで、今後の事なんだけど、レネルフィアはずっとここにいるの?」

「そウ、でスね。考えていませんでシた」

 お盆を両手に持ち、思案げに天井を見つめている。


「もし良かったら、俺達と一緒に旅に行かないか?」

「え? 旅…でスか?」

「ああ、ここに居るのもいいと思うけど、もっと世の中を広く見たらいいと思ってね。と言うか、俺も世の中の事を知らないから一緒に知れればいいなと思ったんだけど」

「……少し考えさせてくだサい」

 突然の事で戸惑っているのかレネルフィアは下を向いている。その様子をみたマクレイが口を開く。

「無理に決めなくてもいいよ。アタシ達といると危険な事もあるかもしれないからねぇ」

 続けてフォローしてみた。

「いざとなったら、マクレイとロックが守ってくれるよ」

「ナオは自分でがんばりなよ!」

「…えぇ~!」

 俺ドン引き。先ほどの事をまだ怒ってるようだ。

 食器を片付け支度をすました後、玄関前で皆で待つ。結果はどうあれ本人の決断次第だ。



 しばらくたって玄関の扉が開く。

 そこには体の倍はあるリュックを背負ったレネルフィアがいた。

「お待たせしまシた。考えましタが、皆さンと一緒に行く事が最善と結論が出まシた。どうぞよろしくお願いしマす」

 頭を下げると、リュックから何かがこぼれ落ちた。それを拾いつつ

「こちらこそよろしく! 改めて、俺は田崎直也。ナオヤでいいよ」

「アタシはマクレディア。マクレイかマク。好きな方で呼びな」

「ヴ!」

「こいつはロック。俺のボディーガードみたいなもんだな」

「ワタシはレネルフィア。お好きニお呼びくだサい」

 またレネルフィアが頭を下げると何かが落ちた。


「フフ…。じゃあ、“フィア”って呼ぶよ」

 またマクレイが勝手に呼び名を決めたようだ。普通レフィとかじゃないの? まぁいいか。

 落ちた何かを回収して荷物をロックに預ける。

「あ…あノ、マクレイさン。これをどウぞ」

 一振りの剣をフィアがマクレイに差し出す。

「アタシに? ありがとう! 助かるよ!」

 嬉しそうに驚いて剣を受け取ると(さや)から刀身を引き抜く。そして上に(かか)げて状態を確認しているようだ。

「おおー、これはちょっとした業物(わざもの)だねぇ。どっかの鎌とは大違いだ!」

 そう言って鎌を俺に押し付けた。鎌を後ろの腰にしまう。


「よし! 皆、準備はいいか?」

 見渡し、みんなが頷いた。

「じゃ、行きますか!」

 新しい仲間が増えた。

 この先どうなるかわからないが、今は頼りになる仲間そして精霊がいる。

 足取り軽く荒野を進みだした。



基本的にこの四人が旅します。

行き当たりばったりで書いているので、また増えるかもしれませんが…。

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