89 風邪
土砂降りの中を歩く。
今までこの世界の雨は何度も経験しているけど、ここまでの土砂降りは初めてだ。
激しい雨音で普通の会話すら消され、大声を出さないと相手にも通じない。
ロックを除いてみなフード付きのマントを被っている。が、雨が染みてもう濡れ雑巾のようになっている。
「ナオ、もう直ぐ行くと雨がしのげる岩場があるよ!」
先行して様子を見に行ったマクレイが戻ってきて雨音に負けない声で言ってくる。
「ありがとう! 大丈夫? フィア、モルティット?」
「ワタシは大丈夫でス」
「ふふっ。同じね」
それぞれが返事した時に気がついた。どうして俺って気がつくのが遅いのか!
「カエルム!」
と、俺達の上空の雨がドーム状に避けて濡れずにすんだ。マクレイが関心している。
「は~、こんな使い方もあるんだねぇ」
「それより濡れたマントを脱ごう!」
濡れて重くなったマントを皆脱ぎ、岩場に移動していった。ありがとカエルム。
「へっくし!」
ヤバい。くしゃみが出た。
岩場に来て雨を凌ぐが心もとない。
「ソイル! イグニス!」
近くの岩を利用して簡単な箱型の家を作って、イグニスに暖めてもらう。ロックは入り口で見張ってるみたいだ。
濡れた服を脱ぎ渇いた毛布で体を包む。あー暖かい…。
ハッと思い、急いでマクレイ達を見るとすでに着替えが終了していた。
しまった…。どうして気がつくのが遅いのか。俺の落胆した顔を見たマクレイがニヤリとしていた。ぐっ!
「そんなに見たいなら、いいよ?」
モルティットが言いながら近づいてきた。いや、見たいけど…ダメだ! そんな誘惑の顔をしないでください。
「何言ってるのさ! モルティット!」
マクレイがモルティットを抑えた。なぜかフィアも加わっている。
「あら? 冗談なのに」
笑っているモルティットはしぶしぶ腰を下ろした。絶対本気だったよね?
それからイグニスに暖められた岩の家でくつろいだ。濡れた服やマントもイグニスが暖め乾かしている。ああ、なんて便利…。精霊主達がいるとだらけそう。〈そうでもありませんよ〉そうなの?
その日は保存食を食べ、雑談して就寝した。その間、クルールは楽しそうにフラフラ飛んでいた。
翌日、どうやら外は晴れたようだが、なんか体がだるい…。
ヨロヨロと支度をしていると、マクレイが来た。
「ナオ? 調子がおかしいよ。ほら、こっち見な」
俺の顔を両手で挟んでマクレイに向かせられると、険しい表情をしていた。あれ? なんで?
するとマクレイが顔を近づけオデコを合わしてきた。なんか恥ずかしい。
「これは…熱があるよ。今日はダメだね、寝てな」
そう言って、片付け中の寝床を戻して俺を寝かせた。風邪って事?
「ちょっと! 私にもさせて!」
モルティットが割って入ってきた。やはりマクレイと同じ様にオデコを合わせてきた。こちらはヒンヤリして気持ちがいい。
「ホントだね。熱があるみたい」
納得したモルティットがポンポンと胸を優しく叩いた。
しばらく俺の様子を見るため、ここにいることになった。なんか足を引っ張ってるな、これ。
「ゴホッ、ゴホ…」
咳も出てきて体が熱くなってきた。これは本格的に風邪かも。
心配したマクレイとモルティットが横にいる。
「あー、ゴメン。俺のせいで。ゴホ、二人ともくつろいだら? 明日になれば治るよ」
「……」
そう言ったが、無言で見ている。
すると、マクレイが立ち上がって、
「精のつくもの食べないとね! ちょっと出てくる!」
そう言うと外に狩りに行ってしまった。モルティットは心配そうに見て、ヒンヤリ冷たい布を頭に置いた。あー気持ちいいわ、これ。
「ありがとう」
お礼を言うと、ニッコリ微笑んだ。あーもう! 何もしなければメチャ美人。
しばらくすると、風邪のせいか疲れからかわからないが眠ってしまった。
ふと、目を覚ますと目の前にクルールが寝ていた。心配かけたみたいだ、ありがとう。
今度は体が冷えてきたみたいで寒くなってきた。毛布を足そうと起き上がるとモルティットが止めてきた。
「まだ起きるのは早いよ。ゆっくり寝てて。…寒いの?」
「す、少しね」
強がって言うと、モルティットは追加の毛布を持ってきて掛けてくれた。そして自分も同じ寝床に入ってきた。
「ちょっと、モルティット! マズいって! ゴホッ、ゴホ」
「ほら! 寒いから暖めてあげる。大人しくしてて」
モルティットはそう言って抱きしめてきた。
「フィア! 何とか言って!」
何かの準備をしていたフィアに助けを求めると顔を向け、
「がんばってくだサい。ナオヤさン」
そう言うと頭を戻し作業を続ける。フィア…俺は悲しい…。
だが、モルティットの暖かさが伝わって、先ほどの寒さがやわらいできた。意外に効果があるよ、これ。
「オヤスミ、頑固者」
耳元で囁かれた。モルティットのいい匂いと暖かさに再び瞼を閉じた。
気がつくと起きていた。横を見ると誰もいなかった…。あれ? モルティットは?
頭を巡らすと、焚き火の前にマクレイ達がいた。俺が起きたのに気がつくと、マクレイが何かを手に持ってきた。
「起きたんだ。丁度よかったよ。はい、スープだよ」
隣に座って木の皿に入っているスープを木のスプーンですくって出された。マクレイを見ると微笑んで頷いている。うわー、恥ずかしい。
フーフーして食べるが、まるで味がしない。とりあえず食べるだけ食べさせてもらった。
「ありがとう、マクレイ」
「いいよ。これぐらい」
お礼を言うと空いた皿を持って戻って行く。焚き火の近くではクルールとモルティットも食事中のようだった。
みんなありがと。そう思ってるとまた瞼が重くなった。
……身体が熱くなって目を開けると、辺りは暗くなっている。夜中だろうか?
体が重い…。頭を横に向けると目を閉じているモルティットの顔があった。かわいい寝顔…。いかん! と思って反対側に顔を向けるとマクレイの顔があった。こちらも寝ているようだ。見慣れた寝顔だ…。はっ、これは美女にサンドイッチされてるって事か!
嬉しいけど、二人に抱きつかれて身体が動かない。風邪で体がだるい上に、これ。どうしようもない。
悔しさ半分、嬉しさ半分でマクレイの寝顔を見ながら自然と眠くなるのを待った…。
目を覚ますと周囲は明るく、朝になっていたようだ。横を見ると誰もいない…。夢?
半身を起こすと、火の消えた薪の前にマクレイ達がいた。
昨日よりも身体が軽くなった感じがする。ヨロヨロと起き上がり、仲間の元まで行く。
「ナオ! まだ早いよ! 今日は寝てな!」
マクレイがすっ飛んできて、立ち上がった俺を再び寝かせた。えー?
「いや、ありがとう。もう大丈夫だから!」
そう言ったが、険しい顔で否定された。
「まだだよ。今日は様子を見た方がいいよ。これ以上悪くなられるとアタシが困るよ」
「…そ、そうか。ゴメン、大人しくしてるよ」
くー、それを言われると反論できないじゃん。ズルい!
マクレイが頭をクシャクシャしてきた。
「フフ。ありがと!」
その日は大人しく寝ていた。ご飯は持ってきてくれたが、恥ずかしいので自分で食べた。
夜になったが、マクレイもモルティットも昨日のような事はなかった。クルールはいつもと同じポジションに来て眠っていた。
二日目。目が覚めて起きた。そのまま起き上がると体が軽い。おおー治ったようだ。
「ナオ! どうだい?」
マクレイが聞いてきた。モルティットとフィアも寄って来る。クルールも嬉しそうだ。
「もう大丈夫! ありがとう、みんな!」
仲間は皆、にこやかに喜んでる。心配かけてごめんね。
それから出発の準備をして、先に進んだ。
やがて大都市の影が見えてきた。
「あれが、帝都か~。デカそうだな~」
今まで見たことのない三階建て以上の建物がひしめき合って、見渡すかぎり左右に伸びている感じだ。
「アタシも初めてだけど、すごいねぇ」
マクレイも額に手で庇を作って眺めている。
「そうね。私も!」
「ワタシもです! ワクワクしマす!」
「ヴ」
モルティットとフィア、ロックも興奮している。クルールは俺の肩に立って眺めている。
さあ、行ってみますか!




