80 ハイロの村
ロウンガの言っていた通り、海岸沿いに船を走らせ大きな川に入って行く。
海では揺れていた船も、川に入ると落ち着いて滑るように航行していた。
それまで青ざめていたマクレイも幾分、元に取り戻している。
「マクレイ、大丈夫?」
「ああ、川はいいね! なんともないよ!」
嬉しそうに言ってくるその横で、モルティットは肩を震わせ顔を背け笑いをこらえている。フィアは川の景色を観察していた。
「これからしばらくは船の上で過ごしますので、どうぞくつろいでください」
ロウンガはそう言って舵を持ちながら座り、皆もそれぞれ楽な姿勢になった。
それから船で移動した。魔物は確かに出ないので楽だったが、余りにも単調過ぎて暇だった。
暇つぶしにいらない木材で簡単な釣り竿を作り魚を釣ってみたが、なかなか掛からなかった。むしろアクアに頼んで魚を取り上げてもらった方が簡単だった。って、当たり前か。ありがとうアクア。
数日がたち、やがて目的地に来たようだ。ロウンガが興奮している。
「もうすぐですよ! やっと帰ってきた!」
青々とした木々が並び、温暖で過ごしやすそうだ。岸に簡素な船着き場が見えてきた。
ロウンガは船を巧みに操り、船を桟橋に近づけ接岸する。急いで降りて、もやい綱を杭に巻き止め声を出す。
「到着しました! 皆さん降りて大丈夫ですよ!」
「ありがとう。やっと着いたね。歩くより楽だったけど、暇だった…」
そう言うとマクレイが俺の頭をクシャクシャにして、
「ホントに我が儘だねぇ。少しは辛抱しなよ」
笑いながら言ってきた。
それから全員が下船し陸に上がり、目的の村まで徒歩で移動する。
ハイロの村は船着き場から半日ほど歩いた所にあった。船はそのまま置いているので心配だったが、誰も取らないので大丈夫ですよとロウンガが語った。
村に入ると大きな倉庫がいくつもあり、その一つは煙突から水蒸気がモクモクと上がっているようだ。
ロウンガの案内で村長の家へついて行く。
ほどなく家に着くとロウンガが中へ入っていき、しばらくすると下を向いて出てきた。
「誰もいませんでした…」
ガッカリしてる。
「ほ、ホラ! まだその辺にいるかもしれないよ?」
慌ててフォローすると後ろから声がかかった。
「お客人ですかな? ロウンガ! 戻ってきたのか!」
振り向くと狸を思い出させる獣人が二人いた。頭の毛が白い方が今、声をかけた方かな?
「村長! 良かった! いなくてビックリしました!」
ロウンガが村長と呼んだ頭の白い狸の獣人に向かって笑顔で走っていく。
そして今回の依頼について報告し、俺達の紹介をしていった。
「それは、それは、ありがとうございます。ワシはトルロドイ、村長をしております。こちらは娘のウウルです」
二人は同時にお辞儀をした。ロウンガがウウルを見る目がキラキラしてる…。これは、きっと恋してるな。この目はもう日常見てる気がする…。そう思ってモルティットを見るとにこやかに微笑んできた。ああ、これだ。
「とりあえず案内しますから現場を見てくだされ」
村長が先導して行き、俺達もゾロゾロ後に続いた。
それは村から少し離れた倉庫のような建物の近くにあった。家一軒ほどの赤く煮えたぎったマグマの岩がぽつんと鎮座して周囲の温度を上げていた。近くに来ただけでも熱気がきて暑くなった。
「ここですじゃ。どうですか? なんとかならんかの? ほれ、近くにある家畜小屋の中が暑くなっての、最近、家畜を移動したんじゃ」
村長がマグマ溜まりを示して説明した。
モルティットはしばらくマグマを観察して口を開く。
「私だけじゃ無理ね。何故ここに出来たのかな?」
「それはワシらにもわからんのです。ある日突然、凄い音と共に現れたんじゃ」
村長が首の汗を拭いながら話す。
もう少し近くで見ようとマグマ溜まりに歩いていくと、ボコッボコッっと、目の前のマグマが動き始めた!
「なんだぁあああああ!?」
思わず叫んで後ろに下がる。なんか怖えぇ!
「ナオ!」
マクレイが声を上げて俺の元に来た。他の仲間も追いかけてくる。村長達はさらに後ろに下がって逃げていった。
やがてマグマは盛り上がり、人のような形になってきた。体中が真っ赤にドロドロ燃えてる。
マグマが完全に人の形になり、こちらへ一歩踏み出してきた。
モルティットは補助器を出し詠唱を始めた。フィアは魔導銃を取り出し警戒している。
燃えているマグマの人型は俺達の近くへ来ると、歩みを止め頭を巡らせた。かなりの熱で汗が全身から噴き出してきた。
『待っておったぞ、戦士達よ。さあ、我を滅ぼすがよい』
人型のマグマが話しかけてきた。頭がこちらを向いている。マクレイが俺を見てきた。やっぱり、俺が言うのね。
「あの、どういうことですか?」
『さきほど言った以上は無い。我を撃ち滅ぼす者を求めここに来たのだ』
全然わからん。死にたいの? マクレイを見ると片眉を上げていて、モルティットは警戒を解いていないようだ。
「詳しく聞きたいけど、いいかな? 俺はナオヤって言います!」
『……よかろう、我はフレイマン。我の話しをしよう』
そう言って、フレイマンは語り始めた。
遥か昔、フレイマン達は火の精霊主によりこの世界へ産み落とされたそうだ。幾千もの間を生きてきたが、仲間が次々と寿命で死に絶え、最後の一人になった。
さらに永い時が流れ、自分の寿命が近くなったと悟ったフレイマンは人里へ出て、この命を終わらせる相手を待っていたとのことだった。
『さあ、これでわかったろう。最後に“契約者”に会えたのは何かの縁、これで心おきなく逝ける』
フレイマンが感慨深げに言った。えー?
「いや、待ってよ! 何も殺される事はないだろ?」
汗だくで説得してみた。が、あまり効いてないようだ。炎をまとっている姿では表情が読めない。
『我はもう疲れた。お主は優しいな。だが、もう終わりにしてほしいのだ』
そんなこと言われても困る。仲間を見てみると、皆が俺に注目していた。ああ、俺が決めるのか…辛い。
「い、いきなりスグには了解できないよ! せめて一晩考えさせてくれ!」
『……よかろう。我の要求は同じだ。それでは待つとしよう』
そう言うと再びマグマ溜まりの中へ入って行った。そこって家なのかな?
熱さが引き、涼しい風が体を冷やす。もう、汗でびちゃびちゃだ。
「ナオ、どうすんだい?」
マクレイが聞いてきた。
「どうするも、こうするも。あー悩むよ」
頭を抱えて空を見る。いー天気だなー。どうしたらいいの?
そこに村長達がやってきた。
「話しは聞きましたぞ。大変じゃな。何もない所ですが泊まれる場所まで案内しよう」
いや、元々はあなた達の問題だから! と、喉まで出かかったが飲み込む。
それから村長達に宿泊できる家へ案内された。
今は誰も使っていない家との事で、まるまる貸してもらえた。中に入り荷物を降ろすと居間にあるテーブルのイスに腰かけ、どうしたもんかと考え始めた。ロックは玄関脇で待機し、他の仲間はそれぞれ何かしている。クルールは俺の頭に乗って、一緒に考えている。
しばらくするとフィアがお茶を持ってきてくれた。
「どウぞ、ナオヤさン」
「ありがとう、フィア」
お茶を飲んでいると、マクレイとモルティットも来てイスに座った。
「悩んでるねぇ。大丈夫かい?」
真剣なマクレイが手を握ってきた。
「全然いい考えが思い浮かばない……」
「ふふっ。そりゃそうでしょ、あんなの普通ないよ」
微笑んだモルティットも手を重ねてきた。二人の心配はありがたいけど、今回はいつもと違うし…。
日も暮れ、夕食を皆で食べくつろいでいる。
あー、ダメだ! どうしたらいいんだ?
頭ではわかっているけど、拒否してる自分に言い訳もできず。新たな道を模索したが堂々巡りだ。
おもむろに立ち上がって外に出ようとすると後ろから声がかかった。
「どこ行くんだい?」
マクレイの声だ。
「ちょっと、散歩してくる…」
「じゃあ私もって、マクレイディア!?」
「黙って行かせな!」
俺が返事をすると、ついて行こうとするモルティットをマクレイが止めているようだ。フィアを見ると頷いていた。ありがとう。
そのまま外に出ると月明りに照らされた村が見えた。ロックに手を振って歩いていく。
しばらく歩くとマグマ溜まりまで来た。暗い中、赤々と周りを染めている。
「こんばんは! フレイマンはいる?」
マグマに向かって大きな声を出す。すると、マグマが盛り上がって人の上半身が出てきた。
『“契約者”か。もう結論は出たのか?』
上半身のままフレイマンが聞いてきた。しかし、熱い!
「いや、まだだよ。少し話しをしたくて。いいかな?」
『我は構わないぞ』
返事はもらったが、どうしたらいいんだろ?
わかってもらえるのだろうか?




