79 獣人の国
船が帆をたたみ港に入って行く。大小さまざまな船が見え交易が盛んなようだ。
魔人の国を出て数日、やっと獣人の国の玄関口にあたる港に着いた。
マクレイは案の定、船酔いでダウンしており、その間、俺はモルティットの猛アタックにグッタリしていた。
船着き場についたが、今は役人が来て検分している。すぐには降りれなさそうだ。俺とフィアで抱えているマクレイは青い顔でイライラしている。モルティットは上機嫌でクルールの相手をしていた。
やっと船から降り、港町の宿屋まで移動した。今日は一泊して明日、旅発つ予定だ。
さすがに獣人の国の玄関口だけあり、そここに獣人がいて見飽きない。魔人の国は青い印象だったが、獣人の国はオレンジ色的な感じがする。
モルティットが宿を取り、部屋にマクレイを寝かせた。ホントに弱いね。この美人さんは。ちなみにロックはいつもの馬小屋の所で待機している。
「さ、食事に行きましょう!」
はりきっているモルティットが宣言した。
「いや、マクレイ残して行けないよ」
「ワタシが見てますカら、大丈夫でスよ」
俺の言葉にフィアが申し出た。気を利かせ過ぎだよ…。フィアの肩に手をついて熱く語る。
「ありがたいけど、違うんだフィア。モルティットと二人になると危ないからフィアにはいて欲しい」
「あら? 私、そんな事しないよ?」
モルティットが反論して俺を引っ張っていく。助けてフィア! つぶらな瞳で手を振っている。そんな…。
クルールも残るようでマクレイの頭の横に座って手を振っていた。
結局、連れられて宿からそれほど離れていない一軒の食堂に入った。
賑やかな店内には獣人などが酒をあおっている。空いている席に着き注文した。
「なんかデートみたいね?」
「いや、食事だから!」
ニコニコしているモルティットは聞いてない。いや、聞いてよ!
少し緊張したが普通の雑談なら大丈夫だった。と言うより、いつもの倍は話してる気がする。そして何故か生い立ちまで。
よく考えたらモルティットとこうして二人で話したのは初めてかも。なんで惚れたの? 謎すぎる。
食事を終え、お茶をしている時に不意に誰かが話しかけてきた。
「おひょー。エルフがこんな所にいるなんてよぉ~。ちょっとお近づきにいいか?」
酔っ払いの獣人が絡んできた。おおぉ、この世界の酒場で絡まれたのは初めてだ! 今まではきっとあれだな、マクレイがいたから誰もこなかったのかも。
モルティットは冷たい目をくれると、
「おあいにく。間に合ってるよ」
そう言うと俺の腕を取った。すると目の前にいる獣人が俺を睨んで、
「あ~ん? なんだ小僧! その席をどきな!」
めちゃ凄んでいる。しかも酒臭い! なんかハアハアしてるし。
「あ、どうぞ」
席を立って相手に譲る。獣人が満足して座ったところでモルティットを立たせて一緒に出口へと歩く。と、後ろから声がかかった。
「待て! オラ~! 違うだろ!!」
振り向くと、さっきの獣人が立ち上がって息巻いてる。周りの獣人達は関わらないように空間を開けていた。
「坊主! なめんなよ! 俺様はなぁ~あああああっ冷たああああぁぁぁ!」
獣人が叫んだ途端、瞬時に体が凍っていた。横を見ると満足そうなモルティットがいた。気が早いなぁ。
「私の男に手を出したらただじゃおかないよ! さ、行こ!」
「いや、違うから! 彼氏じゃないから!!」
モルティットが警告して、俺が取り消す。でも、誰も聞いてなかった……。
急な出来事に慌てて周りの獣人達が動き出している。
「誰かお湯持ってこい!」「すげ~一瞬で凍ったぜ!」「エルフって凄げぇ!」「こいつ泣いてるぞ」ドタバタ始まっている。
騒がしくなった食堂を後にして、町に出た。
宿屋に向かってモルティットに穏便にして欲しいと話しながら歩いていると、後ろから声がかかった。またかな?
「あのー、すみません。ひょっとして“氷の魔法使い”様ではありませんか?」
二人で振り返ると、そこにはやや小柄の獣人がいた。なんかアライグマっぽい。
「あら、何?」
モルティットが答えると、アライグマの獣人が近づいてきて頭を下げてきた。
「本当でしたら是非、お力を貸して欲しいんだ! お願いします!」
「と、言われてもねぇ」
モルティットが俺を見る。え? 俺が決めるの?
「えーと、ここでは何だから、落ち着いた所で話しを聞くよ。それでいいモルティット?」
「ええ! ナオがいいならね!」
そんな笑顔で言われても困ります。
適当な場所を探していたら船着き場に頃合いの場所があったので、腰を下ろして話しを聞いた。
獣人の名はロウンガといって、この港から数日ほど行った火山帯の近くにあるハイロの村から来たとの事だ。
最近になって村の近くに溶岩の溜まり場が突然出来たので、なんとかして欲しいと村を代表してこの港の冒険者ギルドに依頼するつもりだったが、酒場で休んでいたら俺達を見て噂の魔法使いかと思い声をかけたと語った。
「なるほどねー。その、溶岩の溜まり場は村に影響してるの?」
疑問に思っていることを聞くと、ロウンガは空を見て考えてから答える。なんか仕草が可愛いなぁ。
「そうですね。今の所は特にありませんが、あの熱で暑くなりすぎるかも知れません」
「何故、私に声をかけたの? ギルドでもいいじゃない?」
モルティットが口を挟んだ。ロウンガは少し照れて答える。
「酒場で偶然見て、氷の魔法なら何とかなるかなって。それにエルフって初めて見たから……」
「あー、そういうの、わかるなぁ~」
思わず相槌を打ってしまった。モルティットはニコニコして、
「そうなの。スナオでいいね! 誰かさんもこれぐらい素直になったらね~?」
コッチを見て言わないでください。それに、めちゃ素直じゃん、俺。
ロウンガはモルティットを真っ直ぐ見て聞いてきた。
「あの、どうでしょうか? お力になってもらえますか?」
「そうね。ナオ? どうかな?」
なんで俺に振るの? もう、分かってるくせに。
「困ってるなら、一度見に行ってから判断してもいいんじゃないか?」
「本当ですか! あぁ、助かります!」
ロウンガが、かわいらしい両手で俺の手を取って上下に振っている。
「ふふっ、そうね。じゃ、そうしましょう!」
微笑みながらモルティットも手を取ってきた。
それから、他に仲間がいることや今日は宿泊する旨を伝え、明日、この場所で再び会う約束をしてロウンガと別れた。
「ふーん。その火山帯の近くまでいくの?」
マクレイがベッドから半身を起こして感想を述べている。
俺達が宿屋に戻って、ロウンガとハイロの村についてマクレイとフィアに語った後だった。
「それデは、冬の服は買わない方がいいでスね」
フィアが買い物予定リストから服を除外するようだ。散々、俺が寒い、寒いって言ってたからなぁ。ごめんね。
「そうね。逆に熱いから薄着になるかもね」
モルティットが俺を見てウインクしてきた。ついでにマクレイに睨まれる。
「見たいけど、ダメ!」
これ以上、問題を起こさないでください。最終的には俺が怒られる羽目になるから……。
ああ、最後にマクレイに確認しないと、
「マクレイの体調はどうなの? 明日は行ける?」
「ああ、問題ないよ。心配かけてゴメンね」
「いいって! いつも俺が足を引っ張ってるから。それじゃ、明日!」
そう言ってマクレイの手をポンポンしてから部屋を出て自分の部屋へ行くと、クルールが頭に乗ってきた。
それから、クルールとこっそり買っておいたお菓子を一緒に食べて就寝した。もちろん歯は磨いて。
翌日、荷物をまとめ集合場所へ行くと、すでにロウンガが待っていた。こちらを見つけると手を振っている。
「おはよう、ロウンガ。待たせたね」
「おはようございます! いえ、待ってませんよ」
それからロウンガにマクレイとフィア、ロック、クルールをそれぞれ紹介した。
「はぁー。こんなにお仲間がいたなんて…。大変助かります! 声をかけて良かった!」
「ふふっ、良かったね。それで、どうやっていくのかな?」
ロウンガが関心してるのを、ニコニコ顔のモルティットが続けた。
「それでしてたら、こちらです」
目的地を指しながらロウンガが船着き場の方へ歩いていく。後を追いながら困惑気味にマクレイが呟く。
「嫌な予感がするよ…」
その予感は的中したようで、船着き場の奥にある三角形をした一本マストの小型ボートに案内された。
ロウンガは船と船着き場を結ぶ、もやい綱を緩めながら説明し始めた。
「この船でしばらく陸沿いを走って、川に入って遡りますので楽に行けますよ」
なるほど、だから最初から船着き場にいたのか。納得した。
「へぇ~。いつも徒歩だったから新鮮だなぁ。魔物は襲ってこないの?」
「はい。あまり川には魔物はいないので大丈夫です。でも、運が悪いといますケド…」
俺の質問にロウンガは少しバツの悪そうな顔で答え、準備が出来たようだ。
「さ、皆さん乗ってください!」
もやい綱を持ったロウンガが催促してきた。嫌がるマクレイを皆で無理やり捕まえ、全員が船に乗り込んだ。
そして、ロウンガも乗り込んで帆を上げながら船を出した。
喫水線が浅いので波がすぐ目の前だ。マクレイは青ざめて俺の手をギューっと握ってきた。しかし、よく考えると乗り物全般に弱いね、この美人さんは。
船尾に行ったロウンガは棒状の物を抱えてやってきた。
「すみませんけど、しばらくはこのオールを使って漕いでください。僕が舵をとりますから」
そう言って、皆にオールを渡した。あれ? 俺達も船を漕ぐんだ…。
しょうがないので、皆、配置に着きオールを漕ぎ始めた。
「ああ、これならまだマシかも」
マクレイが漕ぎながら漏らした。
「たぶん、体を動かしてるからかもね」
そう言って見ると海面の照り返しにキラキラした顔で微笑んできた。ヤバい、ドキドキしてきた。
ロックの力強い漕ぎが船を引っ張る。むしろ、俺が邪魔な気がしてきた。
フィアは手が届かないので船首に陣取り前を見張っていて、クルールは楽しそうに仲間の間をフラフラ飛んでいた。
小型の船はやがて風を掴んで自力で航行しだした。
「皆さん! ありがとうございます! もうオールは大丈夫です!」
ロウンガがお礼を言うと皆、オールを横に置いた。
海面が太陽の光で白く反射している。波に揺られる内にしばらくしてマクレイは青くなった。
無事に着きますようにと祈りながら船は進んでいった。




