77 国王の別荘
予想以上だった…。
長いテーブル。ドラマや映画で見たような壁際に並んだ照明器具、そして側で使える給仕。なにより急ごしらえのはずなのに豪華な食事。
皆で席に着き、とりあえず待つ。あぁ、フォークとスプーンがいっぱいあるわ。ダメだ、庶民の俺じゃ。横のマクレイを見ると同じ様に並べてあるフォークを見て片眉を上げていた。…仲間がいて良かった。
リンディが立ち上がって口を開いた。
「さ、食べましょ。冷めるよ」
えぇー、そうなの? 一言あるかと思った。マクレイ達と目を合わせてから食べ始めた。
……美味い。美味すぎる! フィアの料理を除いて、今まで一番の美味さだ。何食べても美味い。
一心不乱に食べてたら視線を感じ顔を上げる。何故か全員が俺を見ていた。え?
「ナオ。がっつき過ぎだよ」
マクレイが小声で注意してきた。身を寄せて言葉を返す。
「ご、ごめん。めちゃくちゃ美味くて……」
ニッコリ微笑まれた。くっ、恥ずかしい…。
それから食事を終え飲み物を出された。多少、場にも慣れ、くつろぎ始めた時にリンディが話しはじめる。
「みんなゴメンね。慣れない所に連れてきて。でも、お礼も兼ねて招待したかったんだ」
「お礼もなにも、何もしてないだろ?」
反論したら、マクレイに腕をつねられた。
「フフ。あの怪物だよ。あんた達がいなかったらもっと多くの被害が出てた。それに出費も莫大だからね」
「にしても大げさね。他に目的があるんじゃない?」
モルティットが口を挟んできた。
「かもね。大魔法使いさん」
ニヤリとリンディが顔を歪めた。なんのバトルかな?
それから各自、一人づつに使用人がついて部屋へ案内された。マクレイ達と別れ、あてがわれた部屋へと通された。
そこも大きな部屋でキングサイズらしきベッド、豪華な絨毯や家具類、調度品も高級そう。
使用人に中へ招き入れられソファーに座ると、飲み物を出してから使用人はお辞儀をして部屋を出て行った。その間、お互い無言。コミュニケーション能力低いな、俺。
ポツンと広い部屋にいると寂しい……。せめてクルールがいてくれれば。
確かにベッドで寝たいとは言ったが、デカすぎる。四、五人寝れるサイズだ。手持ち無沙汰なので窓に行き外を眺めると、庭の木々が見えた。手入れされ、淡い街灯に照らされた美しい庭園に魔人の文化も人族と同じだと感じた。
部屋でやる事がないので、広いベッドに横になっていたらいつの間にか寝ていた。
……。
なんか金縛りにあったように体が動かない……。どうしたんだ……これは…!
はっとして目を覚ますと、目の前にリンディの顔があった。めちゃ近い。
「あ、起きた?」
「なななな、なんで?」
こちらが聞くのを構わず、唇を奪われた。むぐぐぐ…、離れない!
「ぷはぁ! なにすんだ!」
やっと顔が離れると叫んだが、体が動かない! 抱きつかれているようだ。片目が隠れた状態のリンディが魅惑的な声で、
「前に言ったじゃん。奪うって……」
「えー! あれって励ましじゃないの?」
「半分そう。でも、半分は本当……あたしもアンタに惚れてんだよ」
抱きつく力が増してきた。ホントに身動きできない。助けて! マクレイ! ロック!
俺の心の叫びが聞こえたかのようにリンディは目を細める。
「無理だよ。あのエルフ達は離れているからね」
理解した……。だから皆、バラバラに案内されたのか……。冷や汗が出てくる。
「怖っ! リンディが怖い!」
「気がつかなかったのかい? あたしは怖いんだよ?」
「お嬢様」
「そう、お嬢……は?」
リンディが振り返ると、そこにはモールがいた。驚いて抱きつている腕と足の力が緩んだ。今のうちだ!
力を振り絞って、ウナギの如く腕の間をすり抜けベッドから転がり落ちる。た、助かったー!!
モールがズカズカと俺の元に来ると何故か俺を足蹴にして腕を組む。と、リンディに向き直り、
「お嬢様。このような戯れはなりません。国王陛下に知られたら事です」
「ほっといて! それに戯れじゃない!」
リンディが叫ぶと、モールの足元に力が入った。痛いって!
「それなら尚更です。よりにもよって人族で“契約者”とは……」
「すみません、モールさん。足をどけてください!」
そう言うとモールは冷たい目で俺を見下ろした。ちなみにタイトなスカートからパンツが見えている。白だ。青い肌に映えるね。
「嫌です。あなたにも言いたいことがあります……何?」
が、俺の視線に気がつき足を離した。今だ!
両手両足をついたまま素早く扉へ移動して立ち上がる。唖然としているモールと魅惑的な目をしているリンディを一瞥して、
「後は二人でとことん話し合ってくれ! 俺は消えるから!」
言葉を後に素早く扉を開け廊下に出ると、そこには使用人と鎧を着た兵士が五、六人いた…。
「……」「……」
全員突然の事で無言だ。慌てて扉を閉めて中へ入る。ふー危ない!
「よし! 俺はここにいて見てるから、二人で気の済むまで話し合ってくれ!」
そんな俺を見てモールが笑い始めた。
「フフフ。いいのよ、出て行っても」
「いや、大丈夫だから。ここが好きなんだ」
焦って返事をする。するとリンディが毛布を上げ、隣をポンポンした。
「じゃ、ここにおいでよ」
「勘弁してください!」
叫ぶ。ふと、窓を見るとロックの顔があった。目で助けを請うと、頭を横に振った。ヒドい…。
それからモールとリンディが喧々囂々、話し合いというか、罵り合いが始まっていた。
最初は聞いていたが、年下好きとか露出狂とか暴露合戦になっていた。あまりにもアホらしくて途中からロックと見つめ合っていた。それでも微動だにしないロック。助けて!
「わかったわ。どちらにしても国王陛下にはあなた自身が説得することね」
「……フン」
どうやら終わったようだ。リンディは俺に向いて、
「ナオヤ。残念だけど、あたしはここまでだよ。明日は見送るから」
と、素敵な笑顔で言ってきた。モールは睨んでいる。
「わかった。でも、何度も言うけど俺はマクレイ以外は好きになれないよ」
「は? あのがさつなエルフの事?」
モールがとんでもないこと言ってきた!
「いや、がさつじゃなくて、少し不器用なだけだよ」
「ハッ! 汚らしいエルフなんて! しかも人族が……」
「シルワ…」
すると部屋全体がゆがみ、扉と窓を塞ぐ。あちこちから板が伸びてモールを拘束した。慌ててリンディがモールに忠告する。
「彼は“契約者”なんだよ!? 怒らせるとこの町が無くなるよ!」
青ざめたモールが謝罪してきた。
「も、申し訳ございません! 言い過ぎました事を謝罪いたしますっ!!」
「……わかった。受け入れよう」
少しムカつくが部屋を戻す。解放されたモールは喉を鳴らして汗を拭った。こんな事に使ってゴメンね、シルワ。〈いいえ。気持ちはわかりますよ〉ありがとう。
「ゴメンね、ナオヤ。あたしも謝るよ」
「リンディは関係ないだろ。でも、ありがとう」
それからモールは逃げるように去り、リンディは名残惜しそうに帰っていった。
なんか疲れた…。誰もいないベッドに倒れ込むとそのまま寝てしまった。
翌日、朝目覚めると使用人が来てお風呂に案内される。
広々として大理石みたいな石でできた白い浴場。湯船には竜の口からお湯が流れている。よく考えたら、この世界に来て初めてのお風呂だ。嬉しい!
体を洗い湯船を堪能した。あー気持ちいい……。なぜか涙が出てきた……。
お風呂から出てさっぱりして着替えると朝食に案内された。そこにはマクレイ達もいたので安心する。仲間は特に何事もなかったようだ。
食事は軽めのものを出され、仲間もリラックスしたのかそれぞれ雑談をしたが、昨夜の事は黙っていた。
この場所にリンディの姿が見えなかったが、旅の支度をしている時に現れた。
「準備はできた?」
「ああ、もう少しかな」
なぜかリンディが手招きしてきた。不思議に思い近づく。
「なに?」
少し身構えながら近づくが何もしないようだ。リンディが口を開く。
「あたしが渡したペンダントしてる?」
「してるよ。ほら」
胸元からペンダントを二つ取り出す。リンディは驚いてもう一つを指さす。
「あれ? これは?」
「これは妖精王からもらったものだよ」
「え? ホントに!?」
なぜか慌てている。なんなんだ? そこにマクレイが来た。
「何してんだい?」
「ああ、リンディにペンダントを見せてたとこ」
「へえー。一つはリンディのかい。もう一つは?」
そこにモルティットが入ってきて妖精の羽のペンダントを見ると目が輝いた。
「あら? 凄いね! “妖精の羽”って伝説の品じゃない!?」
「へぇ~」
気安く貰ったけど、貴重な品だったのか…。突然、リンディが凄んで迫ってきた。
「あんた何者なの? 何したらこうなるの?」
「いや、妖精を助けたから?」
「ああああああ! すごく欲しい! 世界の宝が目の前に!」
頭を抱えてリンディが叫んでる。お宝なの?
「ふ~ん。大切にしなよ、ナオ?」
マクレイが俺の頭をくしゃくしゃしてきた。だがモルティットは違った。
「もう! あなた達はわかってないからそうなの!」
一人は憤慨しているし、もう一人は頭を抱えてプルプルしている。俺とマクレイは唖然と二人を見ていた。
どうなってるの?




