75 紋章
その日の夜になってもリンディは帰ってこなかったので、夕食の支度をフィアとマクレイが始めた。
村長とモルティットを交え談笑していると、ニメラが荷物を抱えてやって来た。
「ポンブロさん、お客様にこちらを…」
「これは気がつかなんだ。ありがとうニメラさん」
荷物を受け取った村長はニメラにお礼を言う。少し顔を赤らめたニメラは手を振って、
「そんな大した事ではないんですよ。私のお節介なんで」
そう言うと、そそくさと村長の家を出て行った。これはあれだ! 席を立ってニメラの後を追う。
ニメラは村長の家からさほど離れていない木の隣にいた。
「ニメラさ~ん!」
呼ぶとビックリしてニメラが振り向いた。
「えっと、お客様は何用で?」
「いや、ちょっと聞きたいんだけど、いいかな?」
追いついて聞いてみる。ニメラは黙って頷いた。
「あの、勘違いだったら謝るけど、ニメラさんって村長の事、気になる?」
「え!? いやっ。それは……」
顔を赤らめ地面を見てモジモジし始めた。これは脈アリだな。良かったね村長。
「あのさ、村長って見た目と違って奥手だから、今日みたいにちょくちょく差し入れしてみてはどうかな?」
「あっ! そうですか…。奥手……」
握った手を口に当て考えている。上手くいくかな? やがてニメラは顔を上げた。
「……なぜ、そこまでしてくるのですか?」
「あ、実は村長につい聞かなくてもいいことを言ったんで後悔してるから。かな?」
そう言うとニメラは微笑んだ。
「ありがとう、旅の方。今度、おっしゃったようにしてみます。それでは」
ニメラは手を振って足早に帰っていった。これが切っ掛けになってもらえればいいけど。
村長の家の戻ろうと振り返るとモルティットがそこにいた。
「……ナオってホント、お人好し!」
「そう言う訳じゃないけど…」
モルティットに近づくと、抱きついてきた。なんなんだ?
「ちょっとモルティット! 困るって!」
「見たよ。あの夜」
こっちも見てた! 顔が熱い!
「そ、そそそうか。でも離れてくれ」
「嫌。何あの顔。凄く嫉妬した!」
顔を上げて睨んでくる。そう言われても。
「もう、ずーーっと言ってるけど、マクレイが好きなの!」
「私も好きになって!」
「無理だって!」
するとギューッとしてきた。段々痛くなってきた。ベアハッグ?
「この気持ち、どうにもなんないよ。ナオの言ってることもわかるけどさ」
「じゃ、他の人を紹介するから! それならいいだろ?」
「ナオが二人になったら考える」
「無茶言わないでくれよ、モルティット」
すると、おもむろにモルティットが離れた。
「エルフは気が長いの。覚えておいた方がいいよ。私も、ね」
今度はめちゃイイ笑顔で言ってきた。マクレイさん助けてください!
「確かにモルティットは魅力あるけど、俺は──」
「「「ぎゃーーーー!!」」」「ひぇええええええええ!」
言いかけたところで、畑の方から叫び声が聞こえた。なんだ?
「様子を見に行ってくる! モルティットは皆の所へ戻って!」
「私も行くよ! あなたのパートナーは一人じゃないの!」
まだ言ってる…。とりあえず、声の方へ走っていく。
現場に行くとリンディが佇んでいた。
「リンディ!」
大声を出すと、気がついたリンディが振り向いた。
「あ、お盛んね?」
「違うって! そいうのじゃないから!」
リンディのところまで行くと、昼間あったジロット村の三人が土に襲われ、村長が魔獣に噛みつかれていた。
「なんか、あたしの出番がなかったよ」
「あ、ウードロもいる!」
魔獣に手を振ると気がついたようで、口を放しこちらに来た。
『こやつら、俺の大事なビユの実を取ろうとしてたぞ』
ああ、そう言うことか。土の精霊達も怒ってるわけだ。
「ありがとう、ウードロ。やっぱり凄いね!」
褒めると、めちゃ尻尾を振っている。
『フン。自分の畑のためだ!』
とか言いながらブンブン尻尾が唸っている。
「ふふっ。かわいいねぇ。ウードロちゃんは」
モルティットが魔獣の背中を撫でていると、はちきれんばかりに尻尾が高速に動いている。わかりやすいなー。
それからジロット村の四人を集めてリンディが前に立った。
「あんたら、この畑が欲しいみたいだけど、もう無理ってわかった?」
「………」
「あら? 何も聞こえないねぇ?」
「……わかった」
ジロット村の村長が声を絞り出す。それを聞いたリンディは満足そうに短剣を抜くと四人に柄の部分にある紋章を見せた。
「これさ、王家の紋章なんだ。これの前で嘘をつくと次はないから」
四人は紋章を見て喉を鳴らしている。青ざめたジロット村の村長達は頭を下げた。
「「「「ははーーーーっ」」」」
そうした後、逃げるように暗闇のなかへ駆け出して行った。あれだな、水戸の三人を思い出した。もろ、印籠効果。
見守っていたウードロは満足したらしく、俺達を一瞥してから暗闇へ走り出した。
ふと遠くを見ると畑の片隅に出鼻を挫かれたロックが所在なさげに佇んでいた。ロック……。
「これで一件落着かな?」
リンディは短剣を納めながら口にする。モルティットはピンときたようだ。
「ふふっ。確か聞いたことがあるよ、魔人の城にいるどこかのおてんば姫様が人族に紛れてるって。ね」
「マジで!? リンディってお嬢様じゃん! こんなとこで何やってんの!?」
ビックリした! 初めて見たわ、上流の人間なんて。あ、魔人だ。
「はあ~。何言ってんの。まさか! 見りゃわかるでしょ!」
リンディは腰に手を当てて笑っている。こりゃホントだな。
とりあえず村長の家へ三人で戻った。
夕食はすでに冷めておりマクレイに怒られた。……すみません。
食後、落ち着いてから村長に畑の出来事を報告した。そこで、魔獣が畑を守ってくれた事にさらに驚いていた。
とても嬉しそうな村長は、リンディや俺達にお礼を言い何度も頭を下げた。今回はウードロのお陰かな?
それからニメラが差し入れしてくれた物を出してきた。それはこの村で取れるおなじみのビユの実だった。
「おおぉー! 初めて見た! 不思議な色だねー」
剥いて切ってあるビユの実は赤茶けた色をしてみずみずしい感じだ。
「アタシも初めて見たよ」
「あたしも!」
「図鑑とは色味が違いまスね」
マクレイ、モルティット、フィアとそれぞれ第一印象を述べる。クルールはいつの間にかテーブルの上にいてビユの実の匂いを嗅いでいた。
さっそくいただくと、見た目とは違ってとても甘味が口に広がり美味かった。しいて言うとメロン? かな。
「どうだい? 美味いだろ?」
ドヤ顔で聞くリンディ。村長も嬉しそうに頷いている。
その後は、美味いビユの実を食べつつ雑談に花を咲かせた。
翌日の朝、ニメラが来て村長に差し入れをしてきた。実行するの早っ!
ニメラは少し顔を赤らめながら去っていく。村長もまんざらでもなさそうで、目を細めて後姿を見送っていた。
朝食を済ませ旅の支度をした後、村の外れに行き振り返る。
「この度はありがとうございました。なんのお礼もできなんだが感謝してます。皆さんお気をつけて!」
見送りに来ていた村長が言ってきた。少し離れたところにニメラとベルドがいて手を振っている。
「こちらこそ。美味しいお土産を貰っただけでも満足ですよ! それでは!」
ビユの実を抱え。仲間が皆、手を振ってオーレフ村を後にした。
導く先へ行きますか!




