72 休息
その後、本部に戻り冒険者や傭兵団の代表を交え、今回の報酬についての話し合いになった。
前線で戦った俺達とタツミ達には相当額があてがわれたが、指揮官の指示を無視したことでいくらか引かれたようだ。それでも結構な額にはなっていた。
怪物を倒した名誉は黒竜ドウェンが受け取る事になった。ただ、当人はいないので次回の使節団にて送られるそうだ。
それからはパーティーが開かれ、正規兵達に傭兵達、冒険者達も一日中騒いでいる。
その間、俺はクルールと一緒にマクレイの側にいた。遠慮しなくていいのに、フィアとモルティットも残っていた。リンディはたまに顔を出しては誰かに呼ばれて行ったり、また戻ったりを繰り返していた。
翌日になると連合軍は解散となり、各々の道へ旅立っていった。
「今回の事は反省したよ。もっと力をつけないとな。またなナオヤ!」
そう言ってタツミ達も出発していった。結局、相談ができなかったのが残念だ。
リンディは約束のため、俺達と共にここにとどまっている。
「いつまでもそうしてると体に悪いよ! たまには外へ出なよ!」
「いや、だって、いつ目が覚めるかわからないし…」
マクレイの横で看病している俺にモルティットが心配して言ってきてくれた。ありがたいけど…。
「それでも! もし気がついたら呼ぶから!」
「そうデす。ワタシもいますカら」
フィアも加わった。二人に説得され、渋々テントから外に出た。
マクレイは二日たっても目が覚めてない。本当に治ったのだろうか? 謎だ。
久しぶりに外を見渡すと、弓なりの雲が青い空にまばらに見え、少し肌寒い風が吹いている。
あんなにあった無数のテントも今や一つだけになっている。地面は至る所が荒らされ、そこに集団が活動した跡だけが残っていた。
テントの入り口にいるロックに手を上げて、しばらく歩いて行く。
丁度良い草原に腰を下ろし座った。ボーっとしてるとマクレイの倒れた光景が目に浮かぶ。涙出そう。
「どうしたの? こんなところで」
いきなり横にリンディが来た。前を向いたまま答える。
「追い出された……」
「ハハッ! 皆、あんたを心配してるのさ。もちろんあのエルフもね」
バシバシとリンディに背中を叩かれた。けっこー痛いんですけど。
「元気だしな! もうすぐ目が覚めるさ。あんたがそんなんじゃ、みんな暗くなっちまう!」
「………」
どう言ったらいいかわからない。元気なんて出ないし…。
リンディは何も言わず抱きしめてきた。抵抗する気もないから、なすがままだ。リンディの体温と鼓動を感じる。気持ちが温かい。
「どうしてナオヤはそうなんだい?」
意味がわからん? 何のこと? 黙っていると続けた。
「人族に“カッコイイ”なんて初めて言われたよ。それになんだい、あの精霊の技は! 惚れるなって言われても無理だね」
あれ? 励まされてるかと思ったら、なんか違う?
「それにまだ借りが残ってんだ。ここで返してもらってもイイヨ?」
俺の耳元で色っぽく囁き出した。これは、あれだわ、誘惑だ! おもむろに立ち上がる。
「ちょっと待て! 前にも言ったろ! マクレイが好きなの!」
「だからなんだい? あたしには関係ないね!」
リンディも立ち上がって挑発してる。もう、何考えてるかわからない!
「いや、いや、モルティットもそうだけど、リンディの相手なんて無理だよ!」
「今すぐ試せばわかるよ!」
と、リンディが抱きついてきた! やばい、力強くて外せない!
「あたしは狙った獲物は逃さないのさ!」
「それって違う獲物でしょ? とにかく放してくれ!」
「嫌だね!」
力一杯抵抗するが、ビクともしない! なんで? 助けてロック!
「おや? ナオヤって非力だね!」
「ほっとけ!」
突然解放された。リンディはニヤニヤしている。
「あ! わざとだな!」
「フフ。元気出た?」
そう言うと背を向けてテントに向け歩きはじめた。なんだよ、それ。
「リンディ!」
呼び止めると振り返った。
「……ありがとう」
礼を言うと、彼女は微笑んでまた歩きはじめる。後を追うように俺も続いた。
それから、リンディ達のお陰か少し元気が出て、今日の夕食は普通に食べれた。
くだらない雑談をして少し盛り上がる中、クルールが泣きそうな顔をしているので皆で慰めた。
テントの隅で寝ているマクレイを見ると変わらず寝息だけが聞こえる。
夜更けになり皆が寝静まったがマクレイの手を握って見守ってる。無防備な顔にかかった髪を戻す。
しばらく見ていたらいつの間にか寝てしまった──
──何かが頭を触っている感触で目が覚めた。
ふと顔を上げると、薄暗いテントの中で赤紫色の目が輝いて見つめている。マクレイが半身を起こして俺の髪をさわっていた。
「マクレイ!! 良かった!」
思わず抱きしめる。自然と涙が溢れ出た。
彼女も強く抱きしめてきた。いい匂いと温もりが心底安心する。
「ごめんよ、ナオヤ…」
マクレイが耳元で囁いた。体を離して顔を見ると微笑んでいて、なんかキラキラ輝いている。
「ホント、すぐ泣くねぇ」
それから片手を俺の頬にあて涙をぬぐう。
顔を近づけるとマクレイは自然と目を閉じてきた。そっと唇を重ね深い口づけをした……。
なんか夢みたいだ。体中が幸福感に包まれ、いつの間にか寝てしまった──
朝、目が覚めるとマクレイが消えていた…。
昨日のアレは夢だったのだろうか? テント内を見渡すと俺だけしかいなかった。皆は外かな?
フラフラと立ち上がり、テントの幕を開けると日の光が場を白くする。うぅ、眩しい。やがて目が慣れ、外に出た。
そこには丁度、マクレイがこちらに来るところだった。
「マクレイ!」
走って行って抱きしめる。
「夢かと思った!」
「なんだい夢って? あと抱きつくな!」
なぜか邪険にされる。あれ? ホントに夢?
頑張って抵抗してチューしようとする。めっちゃ抵抗してる!
「なにしてんだい!」
あー、投げられた! 地面に転がる。しかし、頑張って立ち上がる。あの夢のような出来事の続きを!
よく見たら、モルティットとリンディ、フィアが並んで見ていた。あれ?
特にモルティットが睨んでいる。何故? リンディはニヤニヤしているし、フィアは読めない…。
再びマクレイの元へ向かう。
「もう動いて大丈夫なの?」
「ああ、心配かけたね。もう大丈夫だよ。でも、ナオ、順番が逆だよ?」
ムスッとして言われた。この美人さんは超人かな? 俺の右腕の回復の方が時間かかってる…。
「ちょっと! ナオ!」
モルティットが珍しく怒っている。心当たりがまったく無い。
「な、何?」
「私には何もないの?」
「は?」
凄んで言われるが意味がわからない。ズカズカとこっちに来た。
「ほら!」
そう言って目の前で仁王立ちのモルティット。どうしたらいいか分からない。オロオロする。
と、いきなりタックルしてきた! 二人で倒れ込む。
「なにすんだモルティット!」
「ほら! それ! もっとあるでしょ!」
また腕を巻き込んで抱きつかれた。身動きできない。なんか怖い! 助けて!
「何してんだい!」
怒りのマクレイがモルティットを引きはがした。モルティットがマクレイを睨んで囁くとマクレイが一瞬で真っ赤になった。なんて言ったの?
その横でリンディが大笑いしていた。フィアはオロオロしてるし。
なんかいつもの賑やかな感じが戻った。それから皆でテントに戻り、出発の準備をした。
クルールの姿が見えないと思ったら、マクレイにべったりしてた。めちゃ甘えてるな。
それからリンディを案内人に目指す方向へ行くことになった。
しばらく進んでいるとリンディが俺の横に来て、ニヤニヤして囁いた。
「プッ、昨日の夜は見てたよ。お熱いねぇ!」
そして、笑いながら前へ歩いていった。マジで! 見られてた! 顔がめちゃ熱い。
ぎこちなくマクレイを見ると、片眉を上げる。気がついてないのか……。
夢じゃなかった!




