7 湖
「はあ、はあ、何なんだあれは?」
「デカいね! 八メートルぐらいはあるよ!」
汗を拭ってマクレイが声を上げた。
巨大な石像の足元にはロックが遅れてこちらへ向かって来るのが見える。
が、それよりも早く石像が動き始める。巨大な足がロックの頭上から振り下ろされた。
ズウゥン! と振動とともに音が響く。
「ローーーックーーー!!」
叫んだが空しく、ロックは足の下敷きになったようだ。
「チクショー!」
巨大な石像の足元に向かって走りはじめる。ロック…無事でいてくれ!
「あっ! 背中血だらけで向かって行くな!」
後ろからマクレイが叫んでいるのが聞こえる。かまってられるか! ロックが踏みつぶされたんだぞ! 巨大な石像がこちらに向かって来た。
「ソイル!!」
巨大な石像が一歩踏み出す先の地面を陥没させ、バランスを崩れさす。動きが緩慢なため、俺の思案通り地響きと大きな揺れを伴い倒れた。
「ったく! そのままでかいのを抑えて!」
マクレイが追いかけながら叫ぶ! 俺の意思に合わせてソイルが倒れた石像を地面に引きずり込み始めた。これでしばらくは大丈夫だろう。
懸命に走っているつもりだが、だんだん足取りが重くなってきた。ふらふらと両膝を付き倒れまいとする。
「こっのおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
俺を追い抜いたマクレイが飛び上がって倒れた石像の首に青い炎をまとった剣を振り下ろす。
ゴギギギッ! ギッ! 鈍くゴツイ音をさせ石像の頭が胴体と離れ、ドサリと頭が落ちる!
とたんに巨大な石像は動きを止めた。
「ちっ。安もんの剣はすぐダメになるね! ナオ?」
毒づいたマクレイが折れた剣を捨ててこちらに向かって走ってくる。
ああ、良かった。仇はとったぞロック!
ふと倒れそうになり、バランスが崩れた俺の腕を誰かが取った。ああ、この石みたいな腕は…視線を支えてくれる相手に向ける。
「…ロック!」
「ヴ」
なんだ……めちゃくちゃ丈夫じゃないっすか、ロックさん…。走ってくるマクレイの顔が近くに見えた時にふと気を失った……
突然、目が覚めた!
なんか息苦しい……。ふと自分の状態を見ると、うつ伏せに寝てたらしい。息苦しい訳だ。
寝返り背中を下にすると、チクチク痛いが大ケガは治してくれたようだ。なんとか上半身を起こす。周りに視線を動かすと少し離れた所にマクレイとロックがいた。二人とも安全とわかるとホッとした。
「ナオ! 目が覚めたのかい?」
「マクレイ…治してくれてありがとう!」
マクレイが駆け寄って何故か抱きしめられた。
「何でお前は毎回、毎回、死にそうになってるんだ…? アタシが礼をする暇がないじゃないか?」
ちょうど胸の軽鎧に顔が当たって地味に痛い。ああ、強く抱きしめられるとますます食い込んで痛い……。
「い、痛い…わかったから痛い…マクレイ…」
「はっ!? ごめん! わ、わざとじゃないんだ!」
パッと解放してくれた。顔をさすると、鎧が当たった部分がデコボコしている…。
立ち上がり周囲を見ると、あの石像の近くだった。後ろを向いて耳が赤くなっているマクレイをほっておいて切り落とされた頭に向かって行く。
巨大な石像の頭部を調べ切断された首を見てみる。切断面は岩が材質のようで、真ん中には空洞があり、太いパイプに紐のようなケーブルの束が詰まっていた。こんなに太くて固そうなのを一刀にしたのか…怒らせないようにしよう。…堅く誓った。
「何か面白いものでもあったのかい?」
後ろからマクレイの声が聞こえるので振り返らずに調べながら答える。
「ああ。これって機械みたいだなと思って」
「へぇー。って、思い出したよ。何でも大都市では“魔導学”ってのがあるらしいじゃないか。機械と魔法を組み合わせるとか何とか言ってたねぇ」
「たぶんそれだ。“魔導学”か…。なんか“転移者”が絡んでそう…」
振り返りマクレイをマジマジ見ると相手は意地悪い顔をしている。
「フフ…。出会うかもね?」
「恐ろしいこと言うなよ。絶対イイ事無いって!」
これ以上調べても何もわからないので先を行くことにした。マクレイも魔導学については詳しくは知らないようだ。
石切場を越え森を進む。巨大ウサギ的なやつ、ビックラビットっていうらしい…魔物を何匹も見たが近寄ってこなかった。マクレイが言うには自分より強そうな生き物には寄って来ないそうだ。なるほど、俺は弱いって事か…。
移動中、武器が無くなったのでとっておきの鎌をマクレイに渡した。しぶしぶ受け取り魔物を狩っていた。しかし、あのボロ鎌でよくできるな。
それから二、三日ほど野営し、とうとう湖の見える丘に出た。全体が楕円で一〜二キロ程ありそうな思ったよりも大きな湖には水鳥などがのんびりと浮いている長閑な場所だった。
導きに従い丘を下り、湖の辺りにある岩場に着いた。
どうしたものかと思っていると、ロックが進み出て一つの大きな岩に近づき触れる…すると、ゴゴゴ……と岩場が揺れロックに似た人型の岩が出現した!
対峙した二体だが、ロックが出てきた人型の肩に手を乗せると一瞬で砂になり崩れていった…。
あまりの事にビックリしてロックに近づく。
「え? 今のなに?」
「ヴ」
「“守り人の継承”? 何それ?」
「ヴ、ヴ」
「力が増す? パワーアップみたいなものかな?」
ロックの言っている意味がよく分からないが必要なことなのかな? 不思議だ。
「まあ、どっちでもいいんじゃない? 入口が開いたみたいだよ。奥に行こうよ」
新しく出来た洞窟の穴を指さすマクレイさん…興味無いんだね。
「じゃ、行くか! ロック!」
「ヴ!」
湖の洞窟は地下に向かって下っているようだ。奥に向かって行くと土の精霊主の時と同じような円形の広場の中心に台座があった。
またか。お立ち台っすね。ちらりとロックを見ると目が行けと言っている…目はないけど、穴だけど…。
マクレイは両腕を組んで様子を見守ている。
意を決し台に上がる。すると、光の環が目の前に出現し、強烈な輝きを発してきた。おおぅ! 前と同じだなと思うと、輝きの中から神話に出てくるような美しい女性が出てきた。
『お待ちしておりました、導かれし契約者よ。私は水の精霊主。水の精霊を束ねる主…』
中空で俺に微笑みを向けている。ここは一発挨拶からだな! 前のソイルでは失敗したから。〈……〉
「こ、こんにちは!」
『………こんにちは。……さあ、契約を!』
この人大丈夫? って困惑した顔をしている。挨拶は基本じゃないのか…。前回は訳が分からなかったので、落ち着いていこうと思ったら失敗だったようだ。
「あ、はい。それじゃ…」
手を伸ばすと少し膨れ顔の精霊主がジト目を向ける。
『待って! 私にも名前をつけて。土だけズルい……』
「え!? そこ? じゃあ“アクア”はどうですか?」
『素敵な響き。ありがとう! それでは契約を!』
嬉しそうなアクアが手を伸ばしてきた。またしても単純に名前を決めてしまったことを後悔しつつ、伸ばされた手を取る。と、アクアが俺の中に入ってきた。
〈ありがとう!〉アクアが礼を言ってきた。
〈やっと会えましたね。アクア〉〈よろしくソイル…〉
おおぅ、俺の中で挨拶してる…。この先どうなていくんだろ?
契約を終え台座を降りると何故かプリプリしているマクレイが近づいてきて、
「もっと精霊主様を敬え!」
どつかれた。めちゃ痛い…。そうは言っても文化の違いかなぁ…感謝はしてるけど。
気を取り直したマクレイが出口に向かう。
「よし、終わったね! じゃ、出ようか?」
「あれ? 今日はここで泊まらないの?」
「確かに安全だけど、雨が降ってなければ外がいいねぇ。アタシは解放的な方が好きなんだ」
一方的に告げられ先に行ってしまったので、ロックと顔を見合わせ後についていった。外に出ると夕日が湖に反射して情緒的な風景が目に入った。
「ここら辺がいいんじゃないか?」
少し離れた岩場からマクレイが俺たちを呼んでいる。たどり着くと丁度そこは円形状に岩が連なっている場所だった。
「おー良いんじゃないか」
感想を言うと少し嬉しそうに聞いてくる。
「それじゃあ、食事にするかい? 魚でもどう?」
「久しぶりだなぁ。ずっと肉だったから」
「よし! それじゃあ釣ってくるよ!」
「ちょっと待って!」
湖に走って行こうとするマクレイを慌てて止める。何? って顔をしているが、
「俺がやってみるよ」
「え!? ナオにできるの?」
待て! どんだけ評価が低いんだ…。確かに狩りはできないけど。怪訝な目で見られているよ。
「まあ、たぶん大丈夫だ!」
取り敢えず言い切って岸まで来ると
「アクア!」
すると、目の前の湖がうねり水の球体が水面から飛び出て俺の前に来た。球体の中には魚が何匹か入っている。アクアは凄いなぁ。〈面白い事を考える人〉
球体を目の前の地面に移動して水を抜く。ピチピチして生きのいい魚を掴もうと屈むと、わなわな震えているマクレイが目に入った。
「どうした? マクレイ?」
「……精霊主様をこんな使い方するなんて。しかも普通こんなのはできないよ! あぁ! もう!」
また始まった。ホントは湖を持ち上げるか左右に割って、落ちている魚を取ろうと考えたけどやめて良かった。〈それも面白いわね〉やめてくださいアクアさん。マクレイが倒れます。
憤っているマクレイは自分の頭をくしゃくしゃしている。
「ナオといると常識がわかんなくなるよ!」
「そうは言うけど、この世界の常識ってよくわからないし」
「あー! なんか悔しいっ!!」
両肩をつかまれガクガクされた。なにこれ? かわいい抗議かな?
その後、マクレイに魚を焼いてもらい食べた。
久しぶりの魚だが、なかなかイケた。食後まったりしていると、マクレイが聞いてきた。
「次の導きは来たかい?」
「今まだ。うーん。多分、一晩たたないと来ないのかもね」
「ヴ」
ロックも俺の意見に賛同しているようだ。つまり、夢に現れるのを待つ感じだな。
「そ、そうか。それじゃあ明日だね。先に寝るよ、ロックよろしくね」
「ヴ!」
マクレイが背を向けて横になった。よく考えたら俺達の野宿って無防備だね。まぁ、ロックもいるし、ソイルとアクアもいるから大丈夫か。
仰向けに寝転んで夜空を眺める。視界に遮るものもなく、輝いている星が近くに見えるな。この世界にも馴染んできたのを実感してきた。でも一人じゃ無理だったかも。マクレイとロック、それに精霊主達には感謝しないとな。〈フフ…これからもよろしくね〉つらつら考えていたら、いつの間にか記憶が無くなっていた…
『……』
『………』
「おはよう! 今日は遅いね! それで導きはあった?」
朝起きたら即、質問。美人さんはもう少し落ち着こう。
「あー、おはよう。導きはあったよ」
「それで、どっちの方角だい?」
「えーと、こっちかな?」
そういって導きの方を指し示す。と言うか、寝起きだから頭がボーっとする。マクレイが示した方を見ながら、
「あっちか…。全然っわかんない……。ま、行けばわかる! 町があればいいな?」
「そうだな! 宿屋のベッドでゆっくりしたいなー」
「よし! 干し肉食べたら行くか!」
ずいぶん積極的っすね、マクレイさんは…。いろいろ勘ぐってしまうぞ、俺は。
荷物から干し肉を取り出し食べる。その時に気がついたが、アクアがいると水の心配はいらないようだ。水筒にアクアから水を出してもらって補充した。
さて! 未知なる世界へ出発しますか!




