67 交渉
ラフィーノおばあ様の家から出るとそこにはエメルディが待っていた。
「お待ちしておりました。“契約者”様」
「ナオヤでいいよ。ところで、何の用?」
するとエメルディはモジモジしはじめた。
「あ、あの、マクレイディアの彼氏なんですよね?」
「え!? ああ、そう!」
突然の質問にビックリしつつ返事をすると、笑顔で話してきた。
「はー。そうですよね! 安心しました! それでは!」
嬉しそうなエメルディはそのまま笑顔で去って行った。え? なんの話し? 置いてけぼりな俺。
家に戻ると豪華な夕食が待っていた。
温かい食事に話しが弾み、ラフィーノおばあ様に今までの事を話す。時に目を細めながら聞き入っていた。マクレイもフィアも楽しそうだ。クルールは美味しい食事にお腹が膨れるほど詰め込んでいた。
「なるほどねぇ。このままだと本当に世界を回って行きそうだねぇ」
「恐ろしいこと言わないでください、おばあ様!」
ラフィーノおばあ様の感想に続けて言うと、きょとんとして疑問をぶつけてきた。
「あれ? いつの間にあんたの婆さんになったんだい?」
「え? 一応、予定だからっぷぷ…」
疑問に答えようとしたら鬼の形相のマクレイに口を押えられた。すごい怒ってる。
「おばあさま、コイツの言うことはおかしいから!」
「フフ。なるほどねぇ。若いっていいねぇ」
「おばあさま!」
さすが、年の功。マクレイの言い訳も無視。俺は口を塞がれたままだ。
いつものような騒がしい夜が更けていった。
翌朝、ラフィーノおばあ様にお別れして里の門に行くところでエンウィットとデオールがいた。
「よお! お別れの見送りに来てやったぞ!」
エンウィットの相変わらずの物言い。デオールは静かに立っている。ああ、そうだ!
「ちょっと、エンウィット! こっちへ!」
マクレイ達を置いて、エンウィットを引っ張りながら離れた所へ移動する。
エンウィットが抗議してきた。
「な、なんだよ! お前とは話す事はないぞ?」
「違うんだよ。聞いてくれ! エメルディのことどう思う?」
「は? いきなりなんだよ。エメルディが関係あるのか?」
「俺は無いけど、エンウィットにはあるんだよ! で、どう思う?」
「どうって、そりゃ、高根の花みたいな存在だからなぁ」
それを聞いて安心した。マクレイは近い存在だからアタックしてたのかな?
「そうか。エメルディがお前の事、気にしてたぞ?」
「マジで!? いや、嘘だろ?」
いきなりな展開でエンウィットが戸惑っている。
「ホントだって! 昨日、俺に確認してきたぞ、その、マクレイの彼氏かって」
「それが、俺に関係あんのかよ? のろけか?」
訝し気な顔でエンウィットが言ってきた。鈍いわー。なんだこれ、どこかの主人公か?
「あーもう! いいか! 説明するからよく聞けよ? お前がマクレイに気があることをエメルディは知ってたけど、確実にフラれたか昨日確認してきたわけだ。となると、お前がエメルティに言うか、誘えば乗ってくるってこと。もっと平たくいえば、エメルディはお前が好きなんだ。わかった?」
「お、おう…」
たたみかけるとエンウィットは少し混乱しているようだが、わかったようだ。だんだんと顔がニヤけてきている。
「マジかよ…。嬉しいけど、何で俺にそんなことを言うんだ?」
「そりゃ、ほっとけないだろ。聞いたんだから」
「お前、お人好し過ぎて死ぬぞ?」
「アホか! 誰にでもしないよ!」
もう面倒なので、話しを切って皆の所へニヤけるエンウィットを連れて戻った。
「じゃ、ホントに行くから!」
「最後にいい土産を貰ったよ! また遊びにこいよ!」
笑顔のエンウィットが手を振っている。
「また、アクア様に会わせてください!」
デオールも手を振って言っている。なんか二人とも調子いいな。
二人と別れて門を出た所でマクレイが切り出した。
「何の話しをしてたんだい?」
「あれは、エンウィットに女性を紹介しただけだよ」
「は? ナオ! いつ他の女と知り合ったんだ!!」
えぇー。何故かマクレイが怒り始めた。勘違いしてるよね?
「違うって! あの里にいた巫女のエメルディを紹介したんだって!」
「あ! あ~あの。ああ、そう! ならいいや」
納得できたのか普通になった。って、なんなの?
そして西エルフの里を離れ、再び竜の国へ旅立った。
「マクレイ。何度目かな? あの山脈目指すの」
「さあね! ほら! 歩いた、歩いた!」
「そうでスよ。歩かないと着きませンよ?」
マクレイが叱咤し、フィアが励ます。俺にはありがたいけど、ラクしたい。それが本音だ。
「ダメだよ! 楽しようなんて!」
この美人さんはエスパーかな?
クルールは俺の肩に乗ってハミングして、ロックは静かに後ろから見守っている。
東に進み、来た道を戻りながら幾日か移動する。やがて目指す山脈が見えてきた。
そろそろドウェンが気づかないだろうか?
期待を込めた眼差しを山脈に向ける。隣のマクレイは呆れた顔をしていた。
「ナオ。まだ先だよ?」
「は!? なぜだ? なぜわかるんだマクレイ!」
俺の疑問にマクレイは意外そうな顔で、
「フフ。顔に出やすいからねぇ、ナオはさ」
微笑んで言われた。そんな顔してるかな? わからん。
しばらく歩いたところで気がついたフィアが空を指す。
「ほラ、ドウェンさンが見えましタよ!」
山脈にかかる空を見上げると黒い塊が近づいてきた。確かにドウェンっぽい。
皆立ち止まって見ていると黒竜が側に降りてきた。
「しかし、お主も難儀よな。どんな用かな? 迎えにきたぞ」
「さすがドウェン! ありがとう! 助かったよ!」
下げた顔に抱きつく。はぁー良かった。
とりあえずこれまでの経緯をドウェンに語って、竜王に会いたいことを伝えた。
「なるほどな。国の外でそのような騒動になってるとは。確かに王に知らせねばなるまい」
「そうなんだよ。でも、俺が勝手に約束してるから責任の一端はあるけど」
「ハハッ! 律儀だな“契約者”よ。我らは微塵も思わないだろう。さ、背中に! 行くぞ!」
ドウェンはそう言った後、背を向る。またしても嫌がるマクレイを無理やり乗せ上空へ舞い上がり飛んで行った。
精霊主を使役し、青ざめたマクレイをフィアと二人で抱きしめる。やがて竜の国に入り、前に野営をした広場に降りて行く。
震えるマクレイを降ろして、一息ついた時、いきなり誰かに後ろから抱きしめられた。
「会いたかった! それとも会いにきたの?」
振り向くと笑顔のモルティットがいる。なんか久しぶりだ。
「モルティット! 元気だった?」
「あら? 心配してた? 嬉しい!」
そう言ってまた抱きついてきた。何故か両腕を抑えられてる。意味がわからん? と、唇を奪われた。
意味がわかった! 抵抗できない! ってもう!
「なにやってんだい!」
復活した怒りのマクレイがモルティットを引きはがして、俺を抱きしめている。嬉しいけど、なんか子供のぬいぐるみの取り合いみたいに感じる。俺はぬいぐるみか? 胸元のクルールはそんな様子を楽しそうに見ていた。
「あら? 久しぶりだからいいじゃない!」
モルティットが食ってかかる。それをマクレイが威嚇する。
「皆サん! 遊んでなイで、行きましょウ!」
そこにフィアが現れた。さすがだ。ずっとロックは後ろでダンマリだな…。頃合いをみたドウェンが口を開く。
「うむ。挨拶は終わったかな? ではまいるぞ」
二人のエルフが渋々矛を収めて、王の元に行くドウェンの後に続いた。
宮殿に行き、竜王へ挨拶をした後、早速本題に入り今回の事情を説明した。
「あいわかった。当然の成り行きだな。知らずにいたら交渉が難しかったかもしれん。しかし、“契約者”がいてくれて助かった。これで二度の借りができたな」
「お役に立てただけでも光栄です。王様」
「ファファファ。しかし、我らも変わらねばならぬやもしれぬ。そこのエルフには世間をいろいろと教えてもらったおかげで千年前とは違うと痛感したわ」
「ありがたきお言葉」
モルティットが優雅な仕草でお辞儀をした。さすが洗練されているなぁ。羨望の眼差しで見てたら、マクレイに腕をつねられた。
「して、モルティットよ。成果はでたのかな?」
「はい。それは随分と。全ては王の計らいのお陰です」
再びお辞儀をしてお礼を述べるモルティット。白竜の王は満足げに頷いた。
「ファファファ。役に立てて良かった。ここを出る際は好きな本をいくつか持っていくがよい、エルフよ」
「ありがとうございます!」
「では、またな。“契約者”の一行よ。ドウェンよ、送っていってくれ」
王はそう言うと頭を元の位置へもどした。それを見届けてドウェンが動き出した。
「では皆まいろうか」
宮殿を出る前にモルティットは予め決めてあったように、何冊かの書物を手にしていた。
「モルティットはもう大丈夫なの?」
いつもの広場に来たところで聞いてみた。
「ん? そうねぇ。大丈夫かな?」
「そんなんでいいの?」
不安に思ってると、めちゃいい笑顔で
「うん!」
と言われた。どうしょうもなく可愛い…。だめだろ、これ。殺人級だわ。ドキドキしてきた。
こんなんじゃダメだ! フラフラとロックの近くで作業していたフィアに抱きつく。
「ど、どうしたんでスか? ナオヤさン?」
「あー癒される」
「……」
フィアは無言で俺の背中をポンポンした。ふと耳元で
「あら? 私の魅力に参ったかな?」
モルティットが追い打ちをかけてきた。その通りだから困る。
ガバッとフィアから離れ、そばにいるモルティットから逃げ、黒竜と話していたマクレイの背中に抱きつく。
「ひゃっ!」
ビックリしたマクレイが小さい声を上げた。これはこれで可愛い。頭を巡らせ、俺とわかると鬼の形相になった。
「何してんだい!」
あ、吹っ飛ばされた!
草原に転がる俺。今日は違う意味で厄日かも。すこぶるいい天気だなー。
クルールは楽しそうに草原で大の字になっている俺の回りをフラフラ飛んでいた。




