66 西のエルフ
エンウィットが打ちひしがれている。マクレイが慌てて離れた場所へ俺を引っ張っていく。
「いいね!? 今だけだからね。何も言わないのは!」
鬼の形相で言ってくる。なぜ?
「え? 別に本当じゃん。嫌なの?」
「いいいい、今だけだから! わかった?」
俺の質問に答えず一方的に言ってきた。顔、真っ赤だ。ここはもう一押しだ! たたみ掛けよう!
マクレイの両肩を持ち赤紫色の目を下から見つめる。真っ赤な顔がこちらに向いた。
「お、俺が好きなのはずっとマクレイだけだから! 知ってると思うけど!」
言った俺も顔が熱い。真っ赤だ、これ。マクレイは何も言わず唇を噛んでそっぽを向く。と、遠くから大声が聞こえた。
「おまえら! いつまでイチャイチャしてんだ! どういうことだマクレイディア!?」
立ち直ったエンウィットが叫んでる。
「ほら、行くよ!」
真っ赤なマクレイが元の場所へ歩き出した。返事してないじゃん? しょうがない、後を追った。
「お前は何者なんだ! 人の女を横取りするとは!」
戻ってきたら、さっそくエンウィットがまくし立てる。
「さっき言ったじゃん、ナオヤだよ。それに横取りなんてしてないよ!」「いつ誰がアンタの女になったんだよ!」
俺とマクレイが同時に反論するとエンウィットが歯を食いしばり、俺を指さした。
「決闘だ! いいか? 俺は本気だ!」
「えー、嫌だ!」
速攻断ると、マクレイに肩を叩かれた。
「ナオ、受けな! 受けないとしつこいから!」
めちゃ凄んで言ってきた。もう、しょうがない。エンウィットはいまだ指をさしている。
「はぁー。わかったよ」
「よしっ! じゃあ、ここでは何だから森の中に行こうか」
自信があるのか意気揚々とエンウィットと連れの一人が先に馬車道から森へ入っていく。
俺達も後に続く。せっかく森を抜けてきたのに、逆戻りだ。
「ここでいいだろう。準備はいいか?」
ある程度森に入った辺りで対峙したエンウィットが言ってきた。
「え!? ここで? いいけど」
すると剣を抜いたエンウィットが何も準備しない俺を見て声を荒げる。
「どうした構えろ! 武器はどうした?」
「えと、鎌は持ってるけど?」
「ふざけんな! 俺は真剣なんだぞ!!」
イライラしたエンウィットが声をさらに荒げてきた。あれだな、マクレイ以上に短気だ、この人。
「このままでいいから! 始めて!」
「わかった! いいんだな? 死んでも知らんぞ!」
そう言いながら突っ込んできた。自ら決闘を申し込むだけあって、素早い身のこなしだ。
「シルワ」
すると、こちらに向かってくるエンウィットの足を草が絡め取り、方々から枝が伸び体をがんじがらめにした。
「な、なんだ!? 何したんだ?」
身動きできないエンウィットは叫ぶ。と、もう一人のエルフが出てきた。
「ひょっとして、あなた様は“契約者”様ではありませんか?」
「そうだけど?」
するとフードを取り、これまた美男子な顔を覗かせて頭を下げた。
「私はデオール。水の精霊使いをしております」
「初めまして、ナオヤです」
俺も頭を下げる。おおっ! 二人目の精霊使いだ。一人は“転移者狩り”のカレラだったな。今何をやっているんだろ?
「わかったから! これを解いてくれ!」
慌てているエンウィットが叫ぶ。あ、忘れてた。
「一応、降参でいいかな?」
「こんなんで、するわけ無いだろ! 馬鹿にするな!」
「ハハハ。お前の負けだよ、エンウィット! 時には潔さが大事だよ!」
デオールがエンウィットに語りかける。エンウィットは渋い顔をして認めた。
「チッ! わかったよ! 今のところは降参にしてやる」
面倒くさい人だ。シルワに解いてもらいマクレイを見ると満足げな顔をしていた。
「どうだい? もうアタシに関わらないでくれよ?」
マクレイがそう言うとエンウィットが厳しい顔で頷いている。とりあえずこの問題は解決したようだ。
するとデオールが跪いて言ってきた。
「お願いがあります、“契約者”様。精霊主様を一目、見させていただけないか?」
「そんな、かしこまらないで! アクアいいかな?」〈ええ、大丈夫ですよ〉
俺達の前にすっとアクアが姿を現した。デオールは感動しているようだ。
「う、美しい…」
アクアはニッコリ笑って姿を消したが、デオールは立ち尽くしたまま動かない。やがてぎこちなく俺に顔を向ける。
「い、今、精霊主様の名前を言ったが、元からあったのか?」
「いや、俺がつけたよ」
「なんと! 名付けするほどの…。しかし、“アクア”様か。なんて良い響きなんだろうか…」
遠くを見ているデオールが勝手に感動している。そして、俺に握手をしてきた。
「素晴らしい! ありがとうアクア様と会わせてくれて! ところで、私の精霊にも名前を付けてくれないか?」
「え? 俺が?」〈だめです! 私が嫉妬しますから!〉
アクアからダメ出しを食らった。名前って特別なのか? だとすると俺って軽く考えてた?
「ゴメン。アクアが駄目だって…」
「そうですか。アクア様が仰るならしょうがない」
少し気落ちしたようだが、精霊主に会えた喜びの方が大きいみたいだ。デオールは笑っている。
「そっちの用事も終わったみたいだし、アタシら先に進むから。二度と会わないと思うけど、さよなら!」
かなり一方的にマクレイがエンウィット達に言って先に進もうとしたところ、デオールが止めてきた。
「少しお待ちください。先ほどは失礼しました。だが、あなた方のその力を借りたい」
「なんだい?」
マクレイが振り返って聞くとデオールが説明してきた。
「実はこの辺りで一匹のドラゴンが暴れていてね。それを退治することになったんだが、最近、姿が見えなくなったので調査隊を組む事になったんだ。君たちにもお願いしたいんだが…」
「……」
なんとも言えない空気が流れる。俺達の態度に勘違いしたデオールが続ける。
「どうしたんだ。ドラゴンは強大だ。発見しても戦わないし、ただの調査だよ?」
「えっと、そのドラゴンって黄金色だった?」
マクレイが押し黙ったので代わりに質問する。デオールもおかしいと気がついたようだ。
「そうだ。金色のドラゴンだった…」
「その、竜の国で俺達と黒竜がその黄金竜を倒したけど。同じドラゴンかな?」
デオールどころかエンウィットも驚いていてまくし立ててきた。
「なんだと! ドラゴンをこんな少人数で倒したのか? 嘘だろ?」
「もちろん俺達だけじゃないって! 他のドラゴンと協力して倒したの!」
慌てて説明したが納得いっていないようで、さらにまくし立ててきた。
「にしてもだ! 普通、一国の軍隊が出る騒ぎなんだぞ!」
「待て、エンウィット。ここは一旦戻ろう。すまないが、西エルフの里に同行してもらえないだろうか? 証言してほしい」
そうデオールが言ってきた。マクレイ達を見ると頷いている。
「ああ、わかった。それじゃあ行こう」
彼らの案内で西エルフの里に行くことなった。その間、疑念だらけのエンウィットは質問しっぱなしでうるさかった。
馬車道を進むと、大木でできた巨大な門の前に着いた。
どうやらここが目的の里のようだ。デオールが声をかけると音も無く巨大な門が開く。
里の中へと入っていくと荷物を満載にした馬車や人が賑やかに行き来している光景が目に飛び込んできた。なかなか活気のある場所だ。
やがて奥にある一軒の家にデオールが入っていった。俺達は外で待っている。
しばらくして家の扉が開き、デオールが皆を呼んできた。ロックは入れないので外で待つことになった。
居間に案内されると一人の女性のエルフがテーブルを挟んで座っているのが見える。
歳を重ねた女性で若い頃は美人だと思える雰囲気があった。そこにマクレイが近づいて挨拶をする。
「ご無沙汰しておりました。ラフィーノおばあさま」
「久しぶりね、マクレイディア! ずいぶんと美しくなったね」
そう言うと抱きしめる。なんと! マクレイの身内だったのか…。とういうか、マクレイって良い所のお嬢さんだったのね。
それからマクレイが俺達を紹介してテーブルにつき、今回の黄金竜の話しを伝えた。
「ふむ、わかった。エンウィット、巫女を呼んできておくれ」
「はいっ。おばば様!」
指名されたエンウィットは素早く呼びに出て行く。なんか頭が上がらない感じだな。
「さて、もしあんたらの言ったことが本当なら嬉しいことだが、ちと面倒だね」
まあ、そうだろうな。いろいろな町や国と協力していたかもしれない。とりあえず提案してみよう。
「ちょっといいですか? 俺が意見を言っても?」
「ほう、歓迎するよ。言ってみな」
ラフィーノおばあ様はにこやかに聞いてた。
「ここはドラゴン達が倒したってことにしてみては? 竜の国には俺が話しをつけますから」
「…そうだね。しかし、それでは納得いかない輩もいるよ?」
「その、賠償とかの話しになったら、竜の国から出してもらえるようにしますけど…」
ラフィーノおばあ様は驚いている。とにかく話しを続けた。
「竜の国王は財宝を持っているので、一部を分けてもらえれば」
「なるほどねぇ。そこまで言うなら本当の話しのようだね。しかし、とんでもない話しさ。さすがは“契約者”様だね」
とりあえずは納得してもらえたようだ。竜の国王に後で話さないと……。
「さて。それじゃあ、後は私が手を回しておくよ。竜の国王には使節団が行くだろう。それまでには話しをつけておくれ」
「はい、大丈夫です」
俺が返事すると、ラフィーノおばあ様は隣のマクレイの肩を叩いた。
「お呼びでしょうか。おばば様」
黒く長い髪をした美しいエルフがエンウィットと共に現れた。
「ああ、巫女よ。こちらにいるのは“契約者”様とその仲間だ。マクレイディアは知っているね?」
「はい。初めまして“契約者”様。巫女のエメルディです」
「よ、よろしく。ナオヤです。こちらはフィア。そしてクルールです」
優雅な身のこなしのエメルティに緊張して答えてしまった。フィアとクルールがそれぞれ、お辞儀した。マクレイがなぜか睨んでいる。
「お前の予言では危険な人物だとか。東の巫女もそう予言したんだね?」
「はい。ですが、すでに精霊主様との契約を終えており、予言の範疇を越えております。おばば様」
エメルディは俺の目を見てラフィーノおばあ様に答えた。また、ここでもか…。予想はしてたけど。
「マクレイディアは何故、殺さなかったんだい?」
ラフィーノおばあ様がマクレイに話しを振る。突然でビックリしているな美人さんは。
「そ、それは…。…とても危険とは思えなかったからです。おばあさま……」
「フフ。そう言う事にしとくかね。わかったよ」
マクレイが俯いて答える。耳がピクピクしてるぞ。ラフィーノおばあ様は俺に目を向けると続けた。
「ふん。何百年ぶりの“契約者”が出たと思えば、殺せとのお告げだし。するとどういうことか、暗殺者は殺すどころか従者になっておる。さぞ屈強の男かと思えば、とんだ優男が出てくるとはね。でも、なかなか出来る男だ。その外見はずるいね、皆だまされるよ」
「えっと、それって、褒めてんの? けなしているの?」
思わずムッとして言ってしまった。するとラフィーノおばあ様は笑い始めた。
「ハハハ。どっちもだね。可愛い孫娘を取られたからね」
それって八つ当たり? マクレイを見ると威嚇された。なぜ?
話し合いは終わり、今日はラフィーノおばあ様の家に泊まる事になった。マクレイ達が夕食を作る間、俺はエメルディに呼び出された。
なにかあったっけ? 謎だ。




