65 山脈越え
シュンとした俺とマクレイに続いて満足気なフィアと後ろから見守るロック。
クルールは俺の肩に乗ってハミングしている。
一行はしばし無言で空気ドームの中、海底を歩いていた。
その周りを話す切っ掛けを失ったアーフィルが海中を泳いでいる。
やがて浜辺に出てきた。
アーフィルが上半身を海面から出し寂しそうにこちらを見ている。
俺がマクレイの背中を叩くと、嫌そうな顔でアーフィルに声をかけた。
「ほら! 仲間のところへ戻りな! あんたは海から出られないよ!」
「あ、姉御! 悔しいです!」
アーフィルは残念そうに俯いている。マクレイはいつものように直球な言い方だ。
「また近くに寄ったら、会いに来るから。それじゃダメかな?」
俺がフォローしといた。するとアーフィアは顔を上げ、嬉しそうに笑った。
「ありがとう! 姉御の旦那! さすがだね!」
「ち、違うから!」
マクレイが慌てて否定している。しなくてもいいけど。
「あ、これを!」
そう言って、何かを投げて来た。受け取って見ると笛のようなものだった。
「この付近に来たら、それを吹けばあたしが来るよ! 姉御、旦那、皆さん、さようなら!」
手を振って、海の中へアーフィルは消えていった。
「はぁ~面倒ばっかり…」
マクレイがため息をついている。
ちょうど夕日がキラキラと水面に反射して海をオレンジ色に染めていた。
って、もう夕方じゃん! 慌ててマクレイに確認する。
「ま、マクレイ。今日はここで野営かな?」
「あっ!? そうだねー。フィアはどう思う?」
「はイ。ここは潮風が強いノで、もう少し内陸で野営がいいと思いマす」
的確なフィアのコメント。さすがだ。
「じゃ、そうしよう! 行こうか!」
皆で浜辺を離れた少し先に移動して野営をした。
夕食後、浜辺に行き、静かな夜の海を眺めていた。ちょうど波打ち際でクルールが海と戯れているのをボーっと見ている。
いつの間にかクルールが海藻に絡まって暴れている…。なんかヤバくないか?
慌てて助けに行く。ダメだ海藻に襲われてる! もうグルグル巻きだ。よく見たら笑いながら絡まっている。
海藻を取ってやり自由にするとキャーキャー言って喜んでいる。可愛いなぁ。
「ナオ!」
後ろからマクレイが呼んでいる。振り向くと、剣を手に真剣な表情のマクレイが立っていた。え?
「ま、マクレイ? どうしたの?」
俺に向かって指をさしている。 俺なんかした?
自分を指し示すと、首を振っている。後ろかな? 海の方を見ると、そこには大口を開けたデカイ亀が目の前にいた…。
「え? なにこれ?」
遊んでいたクルールも気がついたようで、ビックリしている。
「えと、アクア?」
すると、亀が波にさらわれて遠くまで行ってしまった。なんなの今のは? 〈フフッ。特に危害はありませんが念のために離しました〉あ、そうなの。ありがとうアクア。
マクレイが剣を納めると、ズンズン来きて俺の手を取り砂浜から陸地まで引っ張っていく。
「ふー。ビックリしたよ! なんでナオがいると必ず何かが起こるんだい?」
「いや、そう言われても。ねえ?」
俺が聞きたい! 手元のクルールは疲れて眠くなったのか船を漕いでいる。マクレイは呆れたようで、
「はぁ~、まあ、そうだね。あんたの所為でもないし。でも心配するよ。さ、フィアの所に帰ろ!」
「ありがと。でも、マクレイも心配性だね」
そう言うと顔を背けた。耳がピクピクしてるぞ。
ドキドキしながら、さりげなくつないだ手を離されなかったのでそのまま野営地まで帰る。なんかちょっとしたデートだ、これ。
それからしばらく皆で雑談をして就寝した。ロックはずっと見張りの位置から動いてないようだ。
翌日、いつもの導きがあり、西を目指す事になった。
そして、しばらく歩いた時に気がついた。
「マクレイ…。このまま西に行くと竜の国の山脈だよね?」
「ああ、確かにそうだね。ま、頑張りな!」
言いながらマクレイが俺の背中を叩く。えー、嫌なんだけど。また山登り? 絶対カンベンしてほしい!
あー、ドウェンがいたら楽なんだけどなー。黒い竜が来ないかなー。飛んでいけたら最高だなー。楽したいなー。
「うっさい! そんなこと言っても都合よくはいかないんだよ!」
「頑張りましょウ! ナオヤさン!」
あれ? 思ってたことが口に出たようだ。マクレイに怒られ、フィアに励まされた。クルールは楽しそうにフラフラ飛んでる。
ちらっと後ろのロックを見ると窪んだ眼が先に行けと訴えていた…。
頑張って進んでいるとフィアが何か気づいたようだ。
「ナオヤさン、マクレイさン。あレ!」
フィアが指す空に黒い点があった。
「ひょっとして!」
俺が嬉しそうな顔をしてると、マクレイの顔が青くなった。
「まさか! …嫌だよ!」
「マクレイ! そんなこと言わずに空から行こう!」
後ずさりするマクレイをつかまえる。フィアもマクレイを押さえた。と、黒い点が段々大きくなり、姿が見えてきた。
「あれは! やっぱりドウェンだ!」
大きく手を振る! もしかして、期待が高まる!
巨大な黒竜が近くに降りてきた。
「ドウェン! 久しぶり!」
「おお、やはりお主か! この精霊量は普通ではないからな。フフ、ちっとも時は経ってないがな」
懐かしい声だ。嬉しくて巨大な鼻面に抱きつく。
「やはり変わってるな“契約者”よ」
目を細めながらドウェンが言った。
「いや~、ちょうど良いところに来たよー。ドウェン!」
「ふむ。下心が丸見えだ、分かり易いなお主。だが、いいだろう! 借りは沢山あるからな。それに、お主と飛ぶと楽しい」
「わかってるー! さすがドウェン! ドラゴンの鑑だね!」
めいっぱいヨイショする! マクレイがプルプルしだした。なんか半魚人みたいだ。
「して、どこまで行くつもりだ?」
「実は山脈を越えたいんだけど」
「ほう。竜の国には寄らなくていいのか?」
「うーん。行くとモルティットの邪魔しそうだし」
それは少し考えたけど、あまり仲間に甘えるのも良くない気がした。
「そうか。モルティット殿は若いのに博識でな、ワシもいろいろ教わっておるよ。どちらにせよ、すぐに会えるだろう」
「モルティットが元気そうで良かったよ。これからも頼むね、ドウェン!」
「うむ。頼まれた。では行くとしよう。降りるところは最初に出会った場所でいいかな?」
「ありがとう! よろしく!」
それから、嫌がるマクレイをなんとか黒竜の背中に乗せ飛び立った。
途中、ベントゥスに風を弱めて、カエルムに俺達の周りの空気を暖めてもらった。それでも真っ青で震えているマクレイをフィアと一緒に抱きしめて移動した。ありがとうベントゥス、カエルム。
「ではまたな! 近くに来たらワシが見に来るぞ!」
「ホント助かったよ! ありがとうドウェン!」
無事に山脈を越えて目的の場所へ降ろしてもらい、ドウェンは竜の国へ去っていった。
マクレイは地面に感謝してなんとか元に戻った。
それから休憩した後、歩いて西に進み始める。
山脈を歩くより平地を行く方がずいぶん楽だ。と言っても長時間歩くから結局は疲れるな。しかし、マクレイとフィアは元気だね。関心してしまう。
西に進み数日来たところで、ちょっとした森の入り口まできた。
そこには大森林にあったエルフの里を思い出すような石碑があった。
「これは西のエルフの石碑だね」
マクレイが石碑を確認して言う。
「マクレイの里とは違うの?」
「ああ、昔は一緒だったみたいだけど、今は違う一族になってるよ。西のエルフの方が解放的なのさ」
「ふーん。ま、会わないとわからないなー」
するとマクレイが苦虫を噛んだような顔をしている。珍しいな。
「なにかあったの?」
「え? な、何もないよ! さ! 行くよ!」
そそくさとマクレイが歩き出す。絶対何かあったよね、これは。先に行くマクレイを皆で追った。
しばらく進むと馬車道に出た。
森の奥まで続いているようだ。道は整備され、歩き易い。人の行き来が多いのかな?
前からフードをした二人組が歩いてきた。こちらを発見すると一人が手を上げて振ってくる。
なんだ? 一応、後ろを確認するが俺達以外は今の所いない。ふと、マクレイを見ると渋い顔をしていた。
「やあ! マクレイディアじゃないか! やっとその気になったのか?」
そう言いながら、手を振っていた一人が近づいてきた。マクレイよりも身長は高い。でかいな!
「知らないね! だ、誰だい?」
めちゃ汗をかいてマクレイが否定している。絶対、知り合いだよね?
こちらに来た一人がフードを取ると、そこには美男子のエルフがいた。
「俺だよ! エンウィットだよ?」
「あ、ああ。いたね、そんな奴」
マクレイが無関心に対応するとエンウィットは心底悲しそうな顔をしている。やがてこちらに気がついたようで、
「あれ? マクレイディア、彼らは?」
「アタシの仲間だよ」
「な、なん、だと!」
何故かショックを受けているようだ。なんなんだ、このエルフ。しかし、この状況は良くない気がする。ここはバシッと言っておかないと!
「初めまして、マクレイの彼氏、ナオヤです!」
「ななな、なんだって!?」
エンウィットが青い顔で叫んだ! マクレイは目が点になっている。
いつもみたいに否定されないってことは、まさか…の公認?




