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64 人魚

 

 ドームの外を回遊している影の内、一つがこちらに来た。

 海水の壁から上半身を出したのは海底都市に来るときに見た女性の人魚だった。

「見つけたぞ! クソエルフ! 今度は仲間を連れてきたから覚悟しろ!」

 そう言って海中へ戻っていく。


「あの女もしつこいねぇ」

 頭をかいてため息をするマクレイ。ホントに余裕ですね。俺的には怖いんですけど。

「マクレイ。穏便(おんびん)に行こうよ!」

「そうデす! 話しあエば、きっト!」

 俺が言うとフィアもマクレイを(いさ)めた。が、まるで聞いてない美人さん。目が燃えてますよ。


「お魚ちゃんたち、いつでもこいやーーー!!」

 海中の影に向かって叫ぶ。なんでいつもこうなの?

 すると、影が猛スピードでこちらに向かって来た!

 海水の壁ギリギリで銛を突き出し反転する! マクレイは銛を何事も無いような動作で避けていた。

 さらに複数の影が先ほどと同じようにスピードに乗った銛を突き出す! が、マクレイはその内一本を奪っていた。


「これで終わりかい? アタシから行くよ!」

「ま、待って! マクレイ!」

 慌てて止めると、振り向いた顔が鬼だった。怖い。

「ナオ、止めないで! これはアタシの喧嘩だから! あと、精霊主様を使うな!」

 言うだけ言って、銛を海中の影に向かってブン投げる! 水中なのに、ものすごい速さで影の近くに突き刺さる。

「チッ!」

 舌打ちしたマクレイは再び突き出された銛を何でもないように奪う。…なんか人魚を応援したくなってきた。


「オラァア!」

 ちょうど銛を突き出そうとした人魚のスレスレをマクレイの投げた銛が(すご)い勢いで通過した。あまりのことに力なく銛を繰り出したところに笑みを浮かべたマクレイが海中から引きずり出す。


「ああああああっ!」

 人魚が空気のドーム内に投げ出され叫ぶ。手に持っていた銛はすでにマクレイが握っていた。

「ほら? お魚ちゃん、どうすんの? アタシを何て言ったっけ?」

 言いながら近づく。呼び方で怒ってたの? 意外に可愛いね。ってダメだ!

「マクレイ! もう勝負はついたから!」

「うっさい! ナオは黙ってな!」

 誰も近寄らせないオーラを出しながら、震えている人魚に向き合った。ニッコリ笑ってるが目が怖い。

「さあ、もう一回言ってみな? アタシをなんて言ったんだい?」

 こちらから見てもわかるぐらいガクガク震えている人魚は恐怖が張り付いた顔で声を絞り出した。


「と、とても美しいエルフ様です! ごごごご、ごめんさい! 許してーーー!!」

 もう号泣。泣きながら謝る人魚。海中にいた他の人魚達も沈黙し、俺達も事の成り行きを見守っている。

「そう! それならいいよ。あースッキリした!」

 一仕事終え、ニコニコしたマクレイが振り向き俺を見た。えー、なんで後始末が俺なの?


 しょうがないので人魚の元へ行くと、めちゃ泣いている。

「ごめんね。うちのマクレイが…」

「はぁ? 何この二本足! おまえじゃないよ!」

 え? いきなり態度が変わった! さらに何故か(にら)まれる。なんで?

 人魚がマクレイに向かって叫ぶ。

「ま、マクレイ様っていうんですか? エルフ様!」

「え? ああ、そう」

 突然の豹変にマクレイもビックリしている。人魚が両手をついて謝りだした。

「マクレイ様! 今までのご無礼、申し訳ありませんでした!」

「ああ、もういいよ」

 嫌そうなマクレイを余所に人魚が足にしがみついてきた。

「姉御! 弟子にしてください! あたしはアーフィル」

「嫌だね! 弟子なんかとらないよ!」

 マクレイが足からアーフィルの手を()がすが、なかなか離れようとしない。二人で言い合いしながら、格闘している。


 あんまりの光景に唖然と見ていたが、アクアが警告を発してきた。

「マクレイ! 今度はでっかいのが来た!」

「あ? もう、放せ! どれだい?」

 アーフィルの手をほどき、マクレイがこちらに来た。海中にいた他の人魚達は危機を察して逃げたようだ。

 ちょうど俺達のいるドームからかなり離れた海中を大きな影が近づいてくる。頭は三角で面長の胴体、足が触手のように複数ある…イカ?


「あの巨大な影かい?」

「たぶんね」

「あ、あれはクラーケンだよ! 逃げないと丸呑みされる!」

 アーフィルが巨大な影を指さし叫んだ。フィアは興味深そうに海水の壁ギリギリまで近づいて観察している。

「近くに来たら怖そう。今のうちに俺がやるよ!」

「待って! アタシがやるよ。ナオは足止めして」

 マクレイが銛を構える。えっと、やる気満々だ。しょうがない。

「アクア! クラーケンの足止めと、マクレイを補助して!」

 巨大な影が近づいて来る。段々形が見えてきた。でかい! 巨大イカだ!

 こちらの空気のドームに来る前に海中が固まり、身動きができなくてパニックになっている。


「ウリャアアアアアアアッ!」

 マクレイが大きなフォームで掛け声とともに銛を投げる。

 海中に投げ込まれた銛はさらに超スピードで、クラーケンの眉間辺りに深々と刺さり、一瞬ブルッと震えて海底に崩れ落ちた。間違いなく急所だったね。ありがとうアクア。


 満足げな笑顔でマクレイが俺の頭をクシャクシャしてきた。

「ま、ナオがいないと無理だね。あんな事」

「そう? 出来そうだよ。マクレイなら」

 お互い笑い合う。するとクルールが興奮してるのか俺の髪の毛を引っ張っている。

 バッパを見ると、俺達をみてメチャクチャ震えていた。そんな怖い?



 それから人魚のアーフィルを海中に戻し、ホースを回収しながら海底都市へ進み始めた。

 何故かアーフィルは俺達の周りを泳いでいる。明らかにキラキラした目でマクレイを見ている。

 やがて海底都市の支柱に着き、中のエレベーターへ入る。アーフィルは支柱の前でこちらを一瞥すると何処かへ行ってしまった…。

 バッパがパネルを操作し、エレベーターが動き出す。

 やがて上昇が止まり支柱の扉が開いた。中に入り空気を送る機械を停止させる。

 バッパはエレベーターの操作を終えるとコソコソと逃げるように行ってしまった…。何が怖かったのか? さっぱりわからん。マクレイを見ると肩を上げていた。


 すると、どこからかノボルがやって来た。

「無事に戻ったようだな。クラーケンが現れたようだが、大丈夫だったか?」

「ありがとう! 大丈夫。怪物ならマクレイが倒したよ」

「おおっ! それは(すご)い! …欲しい人材だ。むむっ。奴らをもっと、まともにしないとな!」

 ノボルが拳を握って燃えている! どうやら火をつけてしまったようだ。


 それからノボルの部屋へ通され、また雑談に花を咲かせた。その中で一応、“転移者狩り”の事も伝えておいた。

 ひと段落した後、出発する事にする。

「そうか、君達はいい人材だがしがたない。また何かあれば寄ってくれ。その時は野望に近づいているがな! ハッハッハ!」

「こちらこそありがとう! だいぶ悪役っぽくなってきたね」

 握手を交わしながら、ニヤリとノボルが笑う。

「フフフ。しかるべき時の為に練習してるのだよ。ま、こうご期待だな!」

「ハハッ! あまりそうならないように願うよ。それじゃ!」

 仲間も手を振り、支柱のエレベーターに乗り込むと下に降りた。ここでもカエルムに空気ドームを作ってもらって移動する。



 しばらく海底都市を背に岸へ向かって海中を進むとあの人魚が再び現れた。海水の壁に上半身を中に入れて叫んできた。

「お待ちしておりました! 姉御とその仲間! ぜひ、あたしを弟子にしておくれ!」

「あぁ? しつこいんだよ! いらないから!」

 すかさずマクレイが反論する。つか、なんで喧嘩腰なの?

「まあ、まあ。マクレイも落ち着て! アーフィルもさ」

「はあ? 何なのこの二本足はさ? ブサイクは何じゃましてんの?」

 アーフィルがめちゃくちゃ凄んできた! 怖っ! すっごくガンつけてる。

 すると怒り心頭のマクレイが出てきた。

「何言ってんだ!! アタシの男にいちゃもんつけるなんて良い度胸だね! 三枚に卸すぞ!!」

 マジで! 本当に? 言った後で気がついたマクレイが真っ赤になって俺をどつく。え? 俺?

 うぉー。一応、空気はあるが、ゴツゴツした海底を転がされる! 痛てぇ。

「ち、違う! 今のは間違い! そういう意味じゃないから!」

 誰に言い訳してるか知らないがアーフィルは目が点になっている。

「あノ。マクレイさンも落ち着いてくだサい。それに、アーフィルさンは陸上では歩けませンよ?」

 フィアが冷静に場を収める。その間、俺は何とか立ち上がってマクレイに駆け寄った。


「あぁえええええ?!」

 ダッシュで押し倒す。いつもの変な声が出た!

「マクレイ! 聞いたぞって、あぁああああ!」

 また投げ飛ばされた! 背中からもんどり打って転がる。くぅ、痛い…。

「はぁ、はぁ。ちちち、違うから! か、勘違いすんな!」

 お互い真っ赤で汗びっしょりだ。何と戦っているのか? と、フィアが両手を上げ怒り出した!

「もウ! すぐそれなんだカら! ナオヤさン! 少しは自制してくだサい!」

「ご、ごめん、フィア…」

 体を起こしながら謝った。

「もウ! マクレイさンも! すぐこれデす!」

「ゴメンよ。フィア…」

 マクレイも何故か正座で謝っている。


 二人して並んで正座する前でフィアの説教は続いた。一番怒らすと怖いのはフィアだった。

 その間アーフィルは目が点になったまま微動だにしなかった。

 ロックは少し(あき)れてる顔をしている。クルールは楽しそうにフラフラ飛んでいた。



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