62 海底都市
海底都市に近づくと、その巨大なドームの中央部から海上へ幾本のパイプが糸のようにつながっているようだ。
そして側面には丸く大きい窓が幾つもついており、緑色の影がちらほら見えていた。
「あああ、あそこです。あそこが海底都市です」
だいぶ緊張が解けたバッパが説明した。
「こんな所もあるんだねぇ。世界は広いよ」
「とても興味深いでスね。面白いデす」
マクレイとフィアがそれぞれ感想を述べる。と、海の方から影が見えた。
すると、発見した半魚人達が騒ぎ出し右往左往している。もともとそんなに大きくないドーム型の陸地なので逃げようもない。
影が近づいてくると姿が見えた。
上半身が女性で下半身は魚っぽい。あれだ、人魚だ!
長い銛を持った人魚が陸地の周りを回って半魚人を威嚇している。半魚人は縮こまってブルブル震えている。なんか可愛らしい仕草だな。
やがて海水の壁を破り、上半身だけ出してきた。
「あんたら誰の断りで出てきたんだ? ああ? あたしらの縄張りって知ってんの?」
「ごごっごごめんなさささささいいいい!!」
か細い声で謝り始める半魚人。見た目では立場が逆の気がする。しかし、このままじゃかわいそうだ。
「皆で使えばいいじゃん。海って広いから」
上半身を出している人魚に語りかける。怒りの形相でこちらに振り向いた。けっこうな美人だけど、すっげー怖い。
「はあ? あんた誰? 何その二本足? バカじゃないの!」
凄い剣幕で言われた。ああ、半魚人の気持ちがわかった。俺も縮こまりたい。
「何いってんだいこの女! ふざけんな!」
鬼の形相のマクレイが参戦してきた。うちにもいたわ、この手の人。
「なんなのあんた? この黒エルフ? あたしらの縄張りに来んな! ドブス!!」
「その口閉じないと、生きたまま背骨を抜き取るよ! わかったかい魚ちゃん!?」
なんか激しい口論が始まった。マクレイさんって物騒ですね。
「ああん! ふざけんな! ぶっ殺してやんよ!」
人魚がいきなり手に持っていた長い銛を突き出してきた。それを軽くかわすマクレイ。
「ハハハッ! そんなヘナチョコじゃ、無理だね! 魚ちゃんは引っ込んでな!」
「キーーー!!」
人魚が逆上して銛を凄い速さで突き出した。マクレイはそれを軽く避けてつかんだ。
「こんなオモチャはアタシが始末しとくよ」
そう言うと、つかんだ銛を手元に引き寄せて、あっという間に奪った。
「あーーー! あたしの銛が! お、覚えてなよ! このクソエルフ!」
そう言うと海のどこかに行ってしまった。唖然と見守る俺、とても満足げなマクレイ、オロオロしてたフィア。興奮して見ていたクルール。そして、銀色の箱を持ったまま微動にしないロック。
人魚の姿が見えなくなると、半魚人達はマクレイに拍手しはじめた。
「かかか、カッコイイ…」
まるで英雄を見るような視線を送る。
そして何故かマクレイに尽くし始めた。積極的に海底都市へ案内する。
そうこうしつつ進むと巨大な都市が近くに見えてきた。海底の上に直接建っているわけではないようで巨大な支柱が何本も海底から鉄のドームを支えている。
「ナオ? なんか息苦しくないかい?」
マクレイが聞いてきた。あ!
「しまった! ここの空気がなくなってきたんだ!」
「空気? ここにあるんじゃないの?」
あれだ。マクレイは知らないのか…。気が付いたフィアが説明する。
「ここには海に入った時の空気しかないんデす。ですから新鮮な空気を補給しないと生物は死んでしまいマす」
すばらしい、教科書のようだ。しかし眉をしかめたマクレイにはわかってないようだ。
「と、とにかく急ごう!」
のんびりな半魚人達をたきつけ、海底都市に急いだ。
息苦しい中、なんとか巨大な支柱の一つにたどりついた。
半魚人の一人が支柱に備えつけてあるパネルを開き、レバーを引く。
すると、支柱の一部が大きく開いた。銀色の箱を持ったロックでも悠々入れる大きさだ。
半魚人の案内で全員入ると、またパネルを開きレバーを引くと開いた支柱が閉じた。
それからパネルの横のボタンを押すと床全体がゆっくりとせり上がり始める。ある程度上がったところで、バッパが口を開いた。
「も、もうそろそろ空気の層に出ますす」
すると周りの海水が引き、新鮮な空気が入ってきた。ホッと一安心だ。
「ああ、息が楽になったね。これが新鮮な空気なのかい?」
「そうだね。間に合って良かったよ」
マクレイの質問に答えお互い微笑んでる。いい雰囲気だ。そっと右手をマクレイの手に忍ばせると、バッパに叩かれた。
「そ、それはハレンチです!」
怒られた。え? なんで? マクレイを見ると苦笑いしていた。
やがて上昇が止まり、目の前にあった支柱が開く。
するとそこには五〇代の白髪で黒いマントを羽織った小柄なおじさんと半魚人達が待っていた。
「おお、待っておったぞ! 首尾はどうだった? ん? 君たちは?」
俺達を見てビックリしているようだ。
「こんにちは! 俺はナオヤと申します。訳あって、ここに立ち寄らせてもらいました」
「何だと! ひょっとして“転移者”か?」
「はい、そうです」
すると、こちらに来てマジマジと俺の顔を見た。
「むむ。確実に日本人面だな。初めて出会ったぞ! よし! 君らは私の部屋へ案内しよう」
白髪のおじさんはバッパに案内するように言うと、残りの半魚人を連れて通路の奥へ行ってしまった。
「ここ、こちらへどうぞ」
バッパが行く先へ後から付いていく。ロックは中に入れないので支柱の中で待機になった。大きさの変更はしたくないようだ。
大きな丸い窓のある外縁部の通路を通って中央部へ進み、大きな柱のエレベーターに入り上へ上昇していった。
どうやら最上階のようで、ワンフロア丸々部屋として使っているようだ。
中にあるソファーに案内され、バッパは再びエレベーターに乗って行ってしまった。
飲み物も出されず待っている。しょうがないので、アクアに水を出してもらった。
「で、どうすんだい?」
マクレイが聞いてきた。
「ま、行き当たりばったり。かな?」
「は?」
呆れたマクレイが睨んできた。だって、ここまで来たのも偶然だし。なんの計画もないよ?
「いつもそうですカら。マクレイさンも、そう言わないでくだサい」
フィアにフォローされた。ありがとう。
「まっ、そうだねぇ…。よく考えたら計画なんてものはしたことないねぇ」
上を見ながら指を顎に当てる。あら? 同じこと考えてる?
「へあぁああ?」
思わず押し倒す。いつもより変な声だ。
「マクレイ。俺と、って、ああああ!」
投げ飛ばされて固い鉄の床に落ちた。あいてててて!
「君たち何してんだ? 人の部屋で」
目を丸くして驚いている白髪のおっさんの登場で、全員が固まった。痛みを我慢して顔を向け、
「あっ、すみません。ちょっとしたことで」
立ち上がりながら照れて答える。顔の赤いマクレイの元まで戻ると後ろから小突かれた。
お互い座り直す。白髪のおっさんが前方にあるソファーに腰かけ話し始めた。
「私はヤマダノボルだ。確か君はナオヤだね。その、他は…」
俺が慌てて仲間を紹介してお互いに挨拶する。
落ち着いたところでノボルが話しはじめた。
「こんな所で会うなんて、運命とは不思議なものだな、ナオヤ君。私はこの世界にきて一〇年、授かった能力を使ってこの海底基地を作ってきた。その間、誰一人として“転移者”には会わなかった。だから嬉しいよ!」
笑顔で語ってきたノボルだが、こんな海底にいたら誰にも会わないだろうとは言えず、笑顔で相槌を打つ。
「それで、どういった能力なんですか?」
「私は物体を融合させる能力があるのだ。この世界には鉄器があるからな、それを使ってコツコツ作ってきたのだ」
「大変でしたね。それは」
そう言うと何かの火をつけたようで、ノボルが雄弁に語りだした。
「そうだ、本当に大変だった。この能力を使って秘密兵器を作り世界を征服することを夢見て、第一歩をこの海底基地の建設に全力を挙げた。しかし、見てみろ! あの半魚人どもは、どいつもこいつも臆病で使い物にならん! 数だけは多いのは救いだが、いかんせん臆病だ。奴らのために海底の周辺を整備し、海底農場を作り、たまたま会った人間と商をし、現金を貯め、取引を教えた。だが奴らを使うにはまだまだ足りん! おかげで計画はかなり遅れておる!」
「それはご苦労様です…」
なんか話しを聞くと過激な目標だけど、半魚人には良い事をしている気がする。
「わかってくれるか! 今は半魚人どもの教育に力を入れておる。私は悟ったのだ! 根本から直さないと、あの臆病は治らないとな!」
「教育といっテも、彼らは別の場所で暮らしてるのでスか?」
フィアが質問をしてきた。
「なかなか良くできた魔導人形だな、フィアさんだったか。奴らはこの海底基地に私と共に暮らしておる。この基地は五階層になっていて、二階層から四階層までは奴らの居住区や医療、廃棄処理などの区間になっておるからな、ここに学校などを作れば可能だ」
「ありがとうございマす。合理的でスね」
「そうだろう。私が作っているからな」
満足そうにノボルが頷く。マクレイを見ると難しい顔をしている。あれだな、わかってないな。クルールは胸元で寝ていた。
そろそろ本題に入らないと。




