6 崖を抜けて
何か体がフワフワする……。
夢にしては不思議な感じだな。夢と言えば、夢の中でソイルから説教を受けた。精霊の使い方が下手らしい。もっと委ねてほしいそうだ。今以上に信頼するって事かな?
ふと、目が開く。ここは何処だ?
あー、なんか風景が動いてる。横に顔を向けると赤茶色の髪があり、とがった耳を覗かせていた。このかわいらしい耳はあれだな。ついイタズラしたくなってくる。
「ふー…」
「っきゃーーー! 何してんだい!!」
投げられた。
ああ、飛んでるよ、今。一瞬後、地面に叩きつけられた! めっちゃ痛ぇ。
慌てたマクレイが駆け寄ってきた。
「ナオ! 大丈夫!? って、あんた耳に触れたら殺すって言ったよね!」
「ゴメンナサイ! さわってないです。息を吐いたらたまたま耳にあたったんです!」
土下座して言い訳する。痛いのはガマンだ。わざとやったけど、白を切るしかない! だが、可愛らしい声を聞けたのが儲けものだ。
「ホントに?」
上から威圧的にメチャ怪しまれてる…。半眼で聞いてくる。
「ホントにホント!」
「ヴ! ヴ!」
ロック! そこはフォローして! 「嘘ついてる」って言わないの! ああ、マクレイが気づきませんように。
「……まあ、いいや、不問にしてやる。…ただ、今度やったらブチのめす!!」
腰に手を当て顔を近づけながらメチャ凄まれた。怖えぇぇ…。次はバレないようにしなくては……
〈二度目はないです、私が止めるので。反省してください!〉えー? ソイルからも怒られた。望みのままにって言ってたじゃん。〈そう言う意味ではありません!〉おう! 反論された。ごめんね。
マクレイが正座して反省している俺を見ながら言ってくる。
「それより、起きたんなら自分で歩きな!」
「え? だって太ももに穴が空いてるんだよ?」
「それなら、治したよ。あまり上手じゃないけど治癒魔法を少しは使えるんだ」
マジで!? 魔法って超便利! 何それ俺も使いたい! マクレイって凄いね!
確かに確認するとズボンには穴が空いているが、傷は消えている。
「ありがとう! それで痛みが無いのか。マクレイって魔法を使えるの?」
「ああ、全てでは無いけどね。特に火系の魔法は得意なんだ」
「へぇ~。俺も使えるかな?」
そう聞くと苦笑いでマクレイが答えた。
「ナオは無理だね。精霊を宿すと魔力の質が変わるのさ」
「…そう、なんだ」
ガッカリ。なんか色々出来て面白そうだと思ったのに。ファンタジーは万能では無かったか…。
機嫌が直ったマクレイが俺の肩に手を置く。
「ほら! うな垂れてないで、行くよ!」
「ああ、行こう!」
「ヴ!」
俺が気を失っている間、かなり先へ進めたようだ。森を抜けた先にある切り立った巨大な崖の前に来ている。
あれ? 地図で見たとき山じゃなかったけ?
「この崖を登るか、迂回して行くか…」
うーん、悩める所だ……。崖の前でどうしようか考えていると、マクレイがさも当然のように言ってきた。
「え? このまま上って行くんでしょ?」
「待て、待て! マクレイとロックは行けるだろうけど、俺は無理だよ!」
呆れたマクレイが当然のように聞く。
「はぁ? ナオには土の精霊主様がいるでしょ?」
「あ!? なるほど! さすがマクレイ!」
「な、何だよ! 褒めても何もないよ」
微妙に照れてるマクレイを無視して、崖の真下まで全員で移動する。
「みんな集まったな! よし! ソイル!」
すると、足元の地面が地響きを上げながら、ちょうど三人がいる部分だけを切り取って崖にくっついて上に移動する。そう、俺が考えたのはエレベーターだ。原理とか形も違うが、ソイルに再現させている。マクレイは驚いているようで、
「アタシの考えてたのと違うけど、これは楽だねぇ」
「ヴ!」
おお、ロックも喜んでるな。
けっこうな高さの崖だったが、ものの数分で頂上まで行けた。崖の上に着いて先を見ると、また森が広がっていた。ここの一帯は隆起して断崖になっていたようだ。
とりあえず危険が無いかマクレイが先行して森の様子を見に行く。
しばらくして戻ってきたマクレイが言うには、この先の森の中にちょっとした泉があるようだ。
そこの近くで今日は野営する事にした。夜食を終え、マクレイがそわそわと支度をすると、
「アタシはこれから水浴びするから。…覗いたら殺す!!」
一言発し、睨みをきかせて奥の繁みへと消えていった…。
えぇー、信用無ぇー。俺だってそんな事はしませんよ。
……
頃合いかなと思い。トイレに行くことにした。
「……ちょっと、用足しに行こうかなー」
誰も聞いてないがアリバイ作りのため独り言のように宣言して泉の方へ行こうと二、三歩踏み込んだところで、足が動かなくなった。
足元を見ると地面に靴がめり込んでいる…。ソイル? 無理やり足を引き抜き進もうとすると、ガッ! 組み伏せられた!
イテテ! 後ろを向くとロックが俺を抑えてた…。なぜ?
「ろ、ロック! 違うんだ! これは用足しなんだ!」
「ヴ! ヴ!」
焦って言い訳すると「違うでしょ!」って言ってる! 合ってるけど…いや、違うんだ!
「ロック、聞いてくれ! 今、青春真っ只中なんだ! 離してくれ!!」
「ふーん。青春って何?」
上から知っているエルフの声がするとロックが手を放し、地面にめり込んでいた足が自由になる。
おふぅ。本人もう上がってるわ。お急ぎの水浴びなんですね。
「違うんだ! マクレイ! 青春とはあれの事なんだ!」
マクレイのいる方向へ何故か土下座で訴える!
「“あれ”って何?」
恐ろしくて本人を見れない…。ゴッ、あっ痛て、頭に足乗せてませんか?
「そうだと思ってたからロックにお願いしたんだ。昨日、今日の付き合いじゃないしね」
「恐れ入りました。すみませんでした!」
頭をグリグリしないでください。
気が済んだのか足をどけると濡れた髪を拭きながら言ってくる。
「ま、何事も無く未然に済んだから。ナオも水浴びしといで」
「……そうさせていただきます…」
その後、寝るまで気まずかった…。
夢の中でソイルにも怒られるし。ファンタジーだからいけると思ったのに。現実は厳しい……
翌日、葉の隙間からこぼれ落ちる太陽の光の中を歩き続け、昼頃には森の外れにあるギザギザした削り跡のある低い山の麓まで来た。
「崖みたいな絶壁もあれば、デコボコしているのもあるなぁ」
山を観察しながら感想を述べるとマクレイが聞いてくる。
「ここいら辺は昔の石切り場の跡だね。また地面を持ち上げて登るのかい?」
「そうだなー。今度は違うのを試してみたい」
壁に手を付き「ソイル!」と精霊主を呼ぶ。
すると、壁から板が次々と一定の間隔で飛び出てきて階段状になった。
それを見て呆れた様子のマクレイがこちらを向く。
「……これを登るの?」
あれ? 評判が悪い。どうしてだ? 愛想笑いで誤魔化す。
「ハハハ。ま、まさか~、試してみただけだよ!」
「ふー。まあ、そうだよね。どのくらい登るか考えてるよね?」
怖い笑顔で見ないで。ふと、上の方で階段が途切れた部分がある…。あれ? 頂上までいくはずだけど。
階段を上らずに途切れた辺りを下から移動して見てみてみる。〈この辺りは私の声が届きません。おかしいです〉ソイルが語りかける。何かあるのか? マクレイが近づいてくる。
「どうした? この辺りに何かあるの?」
「ああ、何かが埋まっているのかも……」〈そこは危険です! 伏せて!!〉
ソイルの突然の警告に、マクレイに飛びつき抱きしめ押し倒す。
「な…!!」
マクレイが叫ぶと同時に目の前の岩が爆発する!
ドオオオオォォォォォン!!
と、無数の石の塊が倒れた上をすごい勢いで通過した。
背中全体に拳大くらいの岩が無数当たったような感じがする。痛みを通りすぎてピリピリする。
「い、痛てぇ。背中に当たった…」
下になったマクレイが体を起こす。
「ナオ! トチ狂ったかと思ったけど済まなかった。大丈夫かい?」
「いや、ダメだ。背中痛い!」
「早く立ち上がって! 逃げるよ!!」
マクレイの手を借りなんとか立ち上がり駆け足で離れる。
背後では崖のあちこちから爆発する音が聞こえる。安全と思う場所まで走ると息も切れ切れ振り返る。
そこには砂煙の中、巨大な人型の石像らしきものがたたずんでいた。




