58 竜の国
上空から山々に囲まれた広い盆地の空いた場所に黒竜は静かに舞い降りる。
フラフラで真っ青のマクレイを横から抱きつきながら竜の背中から降ろし、他の仲間も降りていった。
「マクレイ、地上に着いたよ。ほら、地面に立ってるよ」
「本当かい? …ああ、地面だ! アタシ生きてる!!」
地面を何度も踏んで確認し、両手を上げ喜んでいる。横を見るとモルティットがまた爆笑してた。クルールはマクレイの真似をしていた…。
すると、今度はマクレイに抱きしめられた。けっこうギュッとされてる。少し痛いけど、文句は言えない状況。
「ああ、生きてる! 生きてる!! ありがとう、ナオ!!」
嬉しいけど、そんなに怖かったの? 空? それとも寒さ?
「私も嬉しい! マクレイディアが生きてくれて!」
笑い涙を流したモルティットも抱きついてきた。それって、便乗だよね。
後ろでは呆れているフィアとロックがいた。
「人族とエルフ族の交流は面白いな。いつもこうなのか?」
いつの間にか頭をこちら向けたドウェン。
「いつもは違うから! こういうのはマクレイだけだよ?」
「そうか。それは失礼。しかし、お主らは騒がしいな。でも楽しそうだ」
目を細めたドウェンは嬉しそうな感じだ。
「では、案内しよう。王の元へ!」
そう言うと巨大な黒竜は先を歩きはじめた。
しばらく行った頃、山を削ったような崖の前に巨大な入り口のある簡素な宮殿のような建物が見えた。
「あそこが王の住まわる場所だ。なるべく失礼のないように」
そう説明するとドウェンは宮殿に入っていく。俺達も後からついて行った。
神殿の中は予想と違って自然にできた大きな洞窟のようになっていた。進んで行くと、岩を掘った棚のような溝が左右にあり、数々の金銀財宝や古い書物などが無造作に入れられてる。特に左右に雑多に置かれた金銀財宝が洞窟内に掲げられた灯りを反射して場を明るく照らしていた。
ある書物の多い所に来た時、後ろの気配が薄れたように感じたので振り返るとモルティットとフィアが食い入るように書物の背表紙を眺めていた。最後尾のロックはどう判断したらいいか迷っているようだ。
「ホラ! さっさと行くよ! 気になるなら後で見たらいいよ!」
マクレイが声をかけると、二人はハッと気がついたように慌ててこちらに来た。
洞窟を進むと奥は広い空間になっており、そこには白い大きな竜が横たわっていた。
ドウェンが目の前まで進むと長い首を下げ、ドラゴン流のお辞儀をしている。
「王よ! 客人を連れてきた!」
「ドウェンよ、よくぞ招いた。初めまして“契約者”とその従者よ。私はマドール、この竜の国を束ねる王だ」
白い顔がこちらに向き、威厳に満ちた声が響く。おおぉー、映画みたいだ! カッコイイ!
「初めまして! 俺はナオヤと申します。こちらからマクレイ、モルティット、フィア、ロックそしてクルールと申します」
「これは丁寧に、今代の“契約者”は大人しそうだが、場をわきまえておる」
俺が各自を紹介すると、輝く金色の目が俺達を見渡す。心の奥まで見られているような感じだ。
「王よ、この者達が折り入ってお願いがあるようです。なにとぞ、お聞きくだされ」
「ふむ、なにかな?」
ドウェンが早速要件に入った。早いよ! もうすこし世間話してからでもいいのに!
緊張しながら王を見上げると大きな金色の目に俺が映っている。
「えっと、この山脈を越えるのに竜の翼を借りれればと思いまして、それでお願いに上がりました」
「ファファファ! なるほど! しかし、なかなか賢いな! 目的の半分は達成できたのだからな。ドウェンも歳ばかり取って、すっかり手の平で転がされておる」
竜の王マドールが愉快そうに言うと、ドウェンはバツの悪そうな顔になった。
「む、王よ。そこまで言わないでもらいたい!」
「ファファファ! 思い当たるのか? ドウェンよ」
王の言葉にドウェンはそっぽ向いた。いじめられてるな。がんばれ! ドウェン! きっかけ俺だけど。
「して、“契約者”の要望に応えたいところだが、一つ助けて欲しい事がある。これも天の巡り合わせかもしれん」
「何をですか?」
めちゃくちゃ意味ありげな事を言い出した。絶対、大変だ、これ。
「そうだ。恐らく思った通りだろう。だが、私達にも事情があるのじゃ。わかるな?」
ひえー、心を読まれてる! 恐ろしい…。ゴクリと唾を飲み込み頷いた。
「なら、話そう。この竜の国に住む若いドラゴンが事もあろうに同族を殺しおった。さらに何を血迷ったか近隣の多くの種族の村や町を滅ぼし始めたのじゃ。そこで私は配下のドラゴンを出立させ収めようとしたが返り討ちに合ってしまったのじゃ」
「それで、どうしたんですか?」
「何も。奴は自分の力を誇示し、この国でのうのうと暮らしておる。私もドウェンも歳を取り過ぎた。直接戦っても勝ち目はない。そこで私はお主らのような者が来るのを待っておった」
あれ? 嵌めようとして嵌められたパターンだこれ。
「えーと、つまり、その、ドラゴンを退治するって事ですか?」
「早い話しがそういう事じゃ。このままにすると人族か魔人族か獣人族か、または連合でここを攻めに来るだろう。さすれば我々も終いじゃ。さしもの竜も多勢の小さき者には敵わない……」
後ろからマクレイが小突いている。断れって言いたそうだけど、そんな雰囲気じゃない。汗が首筋に流れる。
「無論、お主たちだけでは足りぬ。ドウェンを連れていくがいい。では、話しの続きは終わってからじゃな。今日は泊まり、明日出立じゃ。後はドウェンが案内する」
一方的にそう言うと王は頭を元の場所に戻し、目を閉じた。もう決定事項になっている。トホホ……。
「さ、案内する。こちらへ」
ドウェンが踵を返し、洞窟の外へ歩き始めた。
誰も一言も無く、後をついていく。
太陽が山々に沈む頃、泉の近くのひらけた草場に案内された。
「この辺りでいいだろう。我々は家をもたぬのでな、すまないがここで我慢してくれ」
「ありがとう。大丈夫! 後は俺達でやるよ」
ドウェンにお礼をして、いつもの野営の準備に入った。
竜は近くに腰を下ろして休んでいる。俺が精霊を使って、野営地を変えていくのをじっと見ていた。
「なかなか面白い事をしてる。さすが“契約者”だな」
「ハハッ! 俺が横着なだけだよ。精霊主には感謝してるよ」
ドウェンの感想に笑って答えた。マクレイ達も準備を終え、夕食になった。
夕食後、明日の行動についての話し合いになった。
赤々と周りを照らす焚き火を囲んで仲間を見渡し口を開く。
「まず、フィアとクルールはここで待っててくれ」
「ダメでス。ワタシは一緒に行きマす」
フィアは真っすぐこちらを見ている。クルールも涙目で首を振っている。えぇー。なんで? 危険だよ?
「いや、危ないし。何かあったらもう……」
「家族は助け合うものデす。ナオヤさン」
「フィア……」
だめだ涙出てきた。そんなコト言われたら何も言えないじゃないか…。
「泣くのは終わってからでスよ」
フィアに言われ、袖で涙を拭く。クルールも何故か泣いている……。
「ホントによく泣くね。ナオはさ」
マクレイに髪の毛をグシャグシャにされた。
「じゃ、みんなで行くのね?」
「そうなるねぇ」
モルティットがまとめてきた。マクレイが相槌を打ち、話し合いが終わる。早すぎ!
その後、明日の準備をして必要の無い物はこの場所に置いていくことになった。
とりあえずドウェンに報告しに行く。
「明日は全員で行くから、よろしくね」
「そうか。あいわかった。奴は素早く、硬い。苦労するぞ」
黒竜が気をきかせてくれたようだ。
「ありがとう。素早いのは対処できるけど、硬いのは大変そうだよね?」
「まったく。ドラゴンの鱗はやわらかい癖に刃物が通らないからな。ワシも安心できん」
やわらかいのに硬いとは、とんちかな?
「でも、皆で頑張れば何とかなるよ」
「そうだな。だが、指示はお主がしてくれ。ワシはその通りに動くとしよう」
「ありがとう」
黒竜の大きな顔の目の下あたりを撫でる。ドウェンは目を細めた。
「それじゃ、お休み!」
「ああ、お主もな」
ドウェンから離れ寝床へ戻って行った。
緊張して眠れない…。ふと、クルールを見るとヨダレを垂らして寝ていた。旨い物でも食べてるのかな?
そんな妖精を見ていたら落ち着いてきて、そのまま寝てしまった。




