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57 登山

 

 もう辛い。山に入って何日なのか…。

 ホントにこのルートでいいの? 疑問に思うがしょうがない。

 汗を流しながら歩く。横を見るとマクレイが鬼の顔をして俺を睨んだ。ダメだ。言えない。休みたいなんて。

 後ろを見るとフィアが景色を見ながら楽しそうに歩いている…。ロックに抱えられているモルティットは俺に気がつくと手を振っていた。

 ぐぐっ。我慢だ。俺。


 太陽が真上に来た頃に休憩になった。

「はぁ~。マクレイの鬼!」

 そう言って大の字になって寝転がると、クルールが来て(ひたい)の上に乗ってきた。スカートだからパンツ見えてますよ、妖精さん。

 横にマクレイが座ってきた。

「いつになったら体力が向上するんだい? けっこう鍛えてるんだけどね」

 (あき)れながら俺の(ひたい)の上に乗っているクルールを胸に移動させた。

「ふふっ。スパルタすぎるんじゃないの?」

 モルティットが反対側に座ってきた。(はさ)まれて逃げ場がないぞ。

「ナオヤさンは基礎から始めた方がいいのデは?」

 フィアが提案してきた。どちらにしても俺は大変だよね?


 少し休んで体力が回復した頃、立ち上がって山々の連なりを見てみる。右を見ても、左を見ても山の頂が連なっている。

「マクレイ。迂回(うかい)したらどうなんだろ?」

「どうだろうね。山脈を避けると相当時間がかかると思うし、迂回したからといってたどり着くとは限らないよ」

 俺が山を指しながら聞くとマクレイが立ち上がって答えた。

「ふふっ。ホントに登りたくないのね」

「ほらね、根性がないんだよ、この男は。あと引っ付くな!」

 モルティットが俺に引っ付いてきたのをマクレイが引きはがしながら言っている。なんだか最近はこんな感じだ。


 すると、遠くの山脈の中に黒い点が現れ、近づいてくるのが見えた。

「あれって何だろ? わかるマクレイ?」

 モルティットと四つ手を組んでいたマクレイが離れて見た。

「あ、あれは……モルティット! 遊んでる場合じゃないよ。ナオ! あれはドラゴンだ!」

「へぇー。大っきいね!」

 (ひたい)に手で(ひさし)を作って見てみる。

 どんどん近づいている。めちゃでかいな。怪獣だわ、あれ。俺の肩にいるクルールも同じ仕草で遠くのドラゴンを見ていた。

 と、マクレイに首根っこをつかまれ、木の陰まで連れてこられた。

「なに、ノンビリしてるんだよ! 見つかったら不味いよ! アタシでも勝てないよ、あれには!」

 美人さんに怒られた。隣にいるモルティットも頷いている。そんなにヤバイの? フィアは木の陰から頭だけ出して見ている。


 やがて黒くて大きな(かたまり)が真っ直ぐこちらに向かって来た。猫まっしぐらな感じ。

「マクレイ、ドラゴンはここに向かってるよね?」

「……」

「ふふっ。ホント面白い、ナオって」

 マクレイが唖然としている代わりにモルティットが答えた。

 近づくにつれ、巨大な翼を持った黒いドラゴンがぐんぐん近づいてきた。金色の目が黒い影の中で踊っているように見える。

 黒い巨大な影が俺達が隠れている木の前で降りてきた。


 木が次々と押し倒され、巨大な足が地面に着く。スケールがでかすぎて現実離れして見える。

 体を横たえると、巨大な頭がこちらに向けてきた。でけぇ! が、不思議と怖い感情が出てこなかった。

「そんな所にいてもわかっているぞ!」

 大きい顔から意外に小さな声で話しかけてきた。

 マクレイが一歩前へ出ていく。

「どんな用なのさ?」

「お前じゃない。そこの後ろにいる人族だ」

 ああ、やっぱり俺なのね。しょうがないので、マクレイの横に出る。

「お、俺かな?」

「そうだ、お前だ! 精霊使いだな。しかも、相当な精霊量だな。遠くからでもわかったぞ!」

 そうなの? 初めて言われたよ。どう返そうか考えていると、マクレイが先に叫んだ。

「なに言ってんだ! ナオは“契約者”だ! その辺の精霊使いと一緒にするな!」

 何故、偉そうに言ってんの? この美人さんは。めちゃ満足そうな顔してるし。

「うむ。なるほど、“契約者”か…。ずいぶん久しいな。お主らは従者か…。また、ずいぶん…」

「えーと、あの、ナオヤと言います。あなたの名は?」

 おずおず聞いてみた。マクレイが俺の後ろの服を握っている。たぶん、すぐに引っ張れるようにだな? ずいぶん警戒している。

「ああ、ワシはドウェンだ。(いにしえ)より生きる古竜が一つ。お主らには危害は加えん。何もしなければ、な」

「それで、どんなご用で?」

「ふむ。エルフの女と同じ質問だな、いいだろう。この山脈は竜の国の支配地なのだ。この国に害をなしえる程の精霊量を持つ者が近くにいたから確認しに訪れたのだ」

「えっと、ドウェンさんは精霊が見えるの?」

「ドウェンだけでいい。精霊は見えん。が、その存在は感知できる。これはドラゴンが使える能力だ」

 意外にドウェンは話し好きかもしれない。胸元にいたクルールは竜の存在感に圧倒されていた。

「なるほど、ありがとう。俺もあなた方が何もしなければ危害を加えないよ」

「! フフフ。ハハハ! 面白い。だがあり得る。お主の力は計り知れない…“契約者”よ」

 マクレイとモルティットは固唾(かたず)を飲んで見守っている一方、フィアはキラキラした目で黒い竜を観察していた。


「あの、ちょっと提案なんですけど、俺達この山脈を越えた反対側に行きたいんだけど、できれば、その、乗せてもらえたら助かるんだけど?」

 後ろからマクレイに小突かれた。いや、無理でも一応聞きたい。そして、楽したい!

 だが予想に反し、ドウェンは楽しそうに笑い始めた。

「なにかと思えば、ハハハハ! これは面白い! この様なことを聞いてきたのはお主が初めてだ!」

「え? そうなの? 今までいなかったの?」

「うむ。と言うより人族はおろか、他種族とは接してなかったのでな」

「体が大きいから大変だね。大抵はビックリするよ」

 ドウェンが、今度はめちゃ爆笑しはじめた。そんな面白いこと言った? 後ろのマクレイ達をみると、皆が肩をすくめた。

「ハーハッハッハ! 久々に笑ったわい。面白いのお主!」

「そりゃ、ありがと。それでどうかな?」

「む。そうだな、確かに“契約者”なら王にお目通りしなければならないな」

「え? そんな大事(おおごと)?」

 山をチャチャっと越えてもらえればいいんだけど。…無理な気がしてきた。

「わかった。お主の望みは直接、王に言え! 初めてだが、ワシの背中に乗ってみろ」

 そう言ってドウェンが首をぐるりと回し、体を回転させて背中を向けてきた。おおぉー! 言ってみるもんだな。


 ドヤ顔で振り向くと、迷惑そうな顔をした二人のエルフとワクワクしている魔導人形がいた。ロックはいつも通りだ。

「ほら、早くしろ! ワシの気が変わらない内にな! ハハハッ!」

 ドラゴンギャグってよくわからないよ…。それでも嫌がるマクレイを無理やり黒竜の背中に乗せ、全員がなんとか背中に収まった。

「全員乗った! ドウェンよろしく!」

「よし、あいわかった! しっかりつかまっておれ!」

 黒竜が大きな翼をはためかせ、地面より浮き上がった。

「あら? けっこう魔法を使うのね」

 モルティットが何か気がついたようだ。目を向けると解説してくれた。

「ドラゴンは飛行に際して魔法を使用しているみたいね。新発見ね!」

「ああ、そうなんだ」

 聞いたはいいが、興味が無いのでおざなりに答えてしまった。

「なんか、ゴメン。モルティット」

「ふふっ。可愛いねぇ」

 そんなステキな笑顔をされても揺らがないから!


 マクレイは真っ青な顔をして、竜の背中に生えている太い毛をギュウっと握っている。フィアは楽しそうだ。胸元のクルールは飛行の高度にビックリしている。ロックはぴったり張り付いて動かない。

 黒竜が空に昇り、高度を増すにつれ、風が冷たくなってきた。すでに吐く息が白いってか、風圧が(すご)いことに!

「ベントゥス!」

 すると風が弱くなり、多少、過ごしやすくなった。しかし寒い。

「ほぉ、風を操れるのか。なかなかだなお主!」

 ドウェンが前から声をかけてきた。

「ありがとう! こっちも助かるよ!」

「フフフ。これはなかなか飛びやすいぞ!」

 え? さらにスピードが上がってませんか。マクレイが青くなりすぎて死んじゃいそう! 慌てて、抱きしめる。


「だ、大丈夫? マクレイ?」

「……もうダメだ…。…ゴメンよ、ナオ……いままでありがとう…」

 隣のモルティットは爆笑していた…。助けてよ! 元気なら! 確かに面白いケド。

「ごめん、ごめん! 私も暖めてあげるから!」

 ようやくモルティットもマクレイを抱きしめて二人で暖める。幾分、顔色が良くなった。

 気がついたらロック以外の仲間が一塊になっていた。ちょっとした、おしくらまんじゅう状態だ。


 空の移動は快適だけど、何故か一人だけがピンチになっている。

 再び越えるときは大丈夫だろうか?



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