54 坑道
はっ! 目が覚めた!
「ここは…」
よく見ると目の前に逆さまのモルティットの顔があった。ホッとした顔で微笑んでいる。
「あら? 良かった。気がついて」
起き上がると膝枕をされていたようだ。嬉しいけど複雑です、俺。
「モルティットは大丈夫?」
向き直って、観察するが主だった負傷はなかった。
「ふふっ、平気!」
「他の仲間は?」
「残念だけど、はぐれたみたい。私もさっき気がついたの」
髪をかき上げ困った顔をしてる。まあ、でも良かった。少しホッとした。
「少なくともモルティットが無事で良かったよ。立てる?」
「ありがとう」
手を貸して立ち上がらせ、辺りを見渡すと岩や石があちこちに転がっている。上を見ると暗く大きい穴が空いていた。
とりあえずマクレイ達を探しながら行くしかないな。と、モルティットが抱きついてきた。
「な、なななな何?」
「もう、わかるでしょ?」
「わかるけど、わかりたくない! 俺はマクレイが好きなの!」
「ほら! それ! 何でなの?」
こんな間近でかわいく睨まれても。しかも言わないとダメな雰囲気。誤魔化し切れないし…こんなこと言うのは恥ずかしい…。
「ひ……」
「ひ?」
「ひ、一目惚れなんだ! は、はじ、初めて見た時から好きなんだ!」
言い切った…。無茶苦茶恥ずかしい。顔真っ赤だ、たぶん。するとモルティットは吹き出した。
「プッ! アハハッ! そうなんだ。マクレイディアに……」
俺の胸でひとしきり笑った後、真顔で、
「そっか。マクレーナの事で偶然会った時、一緒にいたいって思ったの」
「な、なぜだ? だって、知ってたろ?」
「そりゃ、見ればわかるし。あなた達はわかりやすいし。でも、自分に嘘はつけないの!」
何でだ? サリーの時と同じになってるぞ。あーもう、どうしたらいいの? こんな所で。
とりあえず、抱き着いたモルティットを離す。けっこう抵抗してたけど、がんばった。
「一旦、落ち着こう。ね」
「あなた気がついていないけど、皆に好かれてるの、わかってる?」
今度は胸に人差し指を突き付けた。どういう意味だ?
「え? みんなは好きだけど…」
「ほら! だから二人きりになった今がチャンスなの!」
そりゃチャンスかもしれないけど、状況がちょっと…。って、よく考えたら、これってハーレムってやつ? すっごい大変なんですけど。俺には無理だ。爽やかイケメンのカイトを思い出した。アイツどうやってんだよ…。教えてほしい…。
「とにかく気持ちはわかった! でもダメ! わかった?」
「全然」
めちゃイイ笑顔で否定された。
「エルフの里は美男子ばっかじゃん? そっちの方がお似合いじゃない?」
「あら! 人族って、皆そう言うよね! エルフは美男美女で羨ましいって! そんなの意味ないじゃない!」
何かを刺激したらしく怒っている。普通顔の俺からしたら羨ましいケド…。
「ご、ゴメン。傷つけたみたいで」
「謝らないで! もう!」
苦笑いで言われた。
「とにかく、今は仲間との合流! そして契約! さ、行こう!」
「うやむやにしないで!」
「するよ! だって、平行線だし!」
「そんなの、あなたが私と付き合えばいいじゃない!」
「だから、それが平行線だって!」
「もー!」
とか言い合いしながら前へ進んで行く。もう、会話がループしまくりで、さっきから進展なし。
崩れた坑道を岩を避けながら歩いていく。かろうじて淡い光源があるおかげで前が見えていた。
通れそうな道を歩いているがなかなか人に会えない。
薄暗い坑道をしばらく進むと倒れている人を発見した。駆け寄って確認すると気を失っているようだ。
「大丈夫か?」
声をかけ、揺すってみる。すると、気がついたようで頭を振って起き上がってきた。
「あ!? 君は! …確かナオヤ?」
「あの時の!」
顔を見てお互いに驚く。倒れていたのは昨夜、三人組に襲われていた細身で色白の男だった。
「見たところ、ケガはなさそうね」
モルティットが確認してくる。怪訝そうな顔をしている…あ、そうか。
「彼女はモルティット。えーと」
「僕の名はツイル。あの時はありがとう。重ねて礼を言うよ」
握手を求めて来たので応じる。モルティットは何故かニコニコしている。
「ツイルも上から落ちてきたの?」
「そうなんだよ、参ったよ。あの三人組に後をつけられていたから、撒こうとして違う坑道に来たのが失敗だったよ」
苦笑いで答える。何かありそうだな。
「そりゃ災難だったな。俺達も仲間とはぐれて探しているところだよ」
「しばらくは一緒に行動していいかな? さすがに一人で出るのは難しそうだから」
「ああ、問題ないよ。それじゃ、行こうか」
一人加わり、再び薄暗い坑道を歩き始めた。
ツイルの話しでは、今、どの階層にいるかわからないとの事だった。詳しく聞くとツイルはこの地下都市に住んでいて、坑道で採掘して生計を立てているそうだ。俺達が旅をしている事、坑道には違う目的で入ったことなど説明すると意外な顔をしていた。
「そういうことか。君達は採掘場所を探している訳ではないのか…」
「あら? 何かありそうね?」
モルティットの鋭いツッコッミが入る。ツイルはこちらを見て何か決心したようだ。
「…いいだろう。関係の無い君達には教えるけど、この坑道で生業を立ててる者は自分の採掘場があるんだ。秘密ってわけじゃないけど、あまり知られない場所を見つけて人に教えないんだ」
「ああ、それで三人組に襲われてたのか!」
「そうだ。あの連中はしつこくてね。僕も場所を知られるとマズいし」
バツの悪そうな顔してツイルが答えた。あの時、俺達にも何も言わなかったのは同業かと思われたからか…。
しばらく進んでいくとツイルの知っている所に出たようだ。
「ああ! ここならわかるよ! 今は、最下層の一つ上にある階層だよ。ここからなら大丈夫だ!」
「それはよかった! じゃ、俺達はまだここで探しいているから、お別れだね」
「…そうなるな。ありがとう、じゃあ!」
そう言って、握手を交わしてツイルと別れた。
坑道を探し歩くがなかなか人影がない。いつも採掘している人達は逃げたのだろうか?
と、モルティットが腕を絡めてきた。
「ちょ、ちょっとモルティット!」
「あら? どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ! 少し離れて!」
腕を振りほどこうとすると全身でくっついてきた。このエルフはもう!
「ふふっ。ホントは嬉しいでしょ?」
「嬉しいけど、ダメ!」
がんばって振りほどいた。モルティットは悠然としている。わかってやってるから始末が悪い。
それからも薄暗い坑道の中を探し歩いた。
やがて開けに場所に出たので休憩することにした。
手頃な岩の上に座り疲れをとるとモルティットが横にひっついてきた。なんでこの世界の人は皆、積極的なんだ? あ、でも一人だけ違った。赤紫色の瞳を思い出す。
アクアに水を出してもらい、水分を補給する。その間、ベントゥスにできる範囲で風を使って調べてもらった。
「……ねえ? このまま会えないって思う?」
「いや、絶対大丈夫。どこかにいるよ」
モルティットの質問に答える。ツイルと別れた後は誰一人会っていない。薄暗い中、時間も分からず焦ってきた。
何時間もモルティットといると、まるで世の中には二人しかいないような錯覚に襲われる。
マクレイ……どこにいるんだ?




