5 再び旅立ち
あっさり目のスープと硬いパンを頬張り一息ついて話を始める。
「マクレイ……聞いてくれ。俺はこの国の人間じゃない!」
「そんなの知ってるよ。どうせ遠くの国が出身なんだろ?」
さも当然みたいな目をくれるが、違うぞ。
「そーじゃなくて! この星の人間じゃないってこと!」
「星? 何それ? この世界のこと? 夜空にあるやつ?」
もう頭の上にクエスチョンマークが出てきそうな感じでパンを片手に持ち遠くを見ている。
あれだ。天動説だこの世界! 何て説明すればいいんだ? お、世界とか言ったな、それだ!
「星は忘れて! そう、この世界の人間じゃないんだ!」
「はぁ。あ! そう言えば聞いたことあるよ、別の世界から来た“転移者”ってのがいるってね」
「それ! それだよ、俺! よかった~、話が通じないかと思った」
納得したのかマクレイはマジマジと俺を見て聞いてきた。
「なるほどねぇー。アタシは初めて見るよ。ナオみたいなのが“転移者”なんだ。皆あんたみたいなのかい?」
「いや、他は知らないからわからん。それより聞いてくれ! この世界について知らないことばかりなんだ」
身を乗り出し力説する。
「ああ、そういう訳か! 道理で何も知らないと思ったよ。よく生き延びたね。とは言っても、この世界というかこの辺の地域のことは生活をしてれば分かってくるから大丈夫だよ」
合点がいったマクレイは関心しているようだ。もちろん自分でもがんばったと思う。そして、別世界からの“転移者”は珍しいながらもいることがわかった。他にもいるのか……会えるかな?
「そっか。生活してればか…。ところで、また昨日、夢を見て、精霊の導きみたいのがあった!」
マクレイは驚いて声を上げる。
「え!? マジで? あんた何者なんだよ!」
「“転移者”ってやつだろ。それより、その、マクレイに予定が無ければ次の精霊の場所に、い、いっ、一緒にいかないか?」
朝から考えていた事を少しどもったけど伝える。本心が顔に出てないか心配だったが、多分大丈夫だろう。
聞いたマクレイは呆れているようで腕を組み眉がつり上がる。
「はあ? それって口説いてるの? それとも誘ってるの?」
「違うわ! その、俺とロックだけだと不安なんで、強そうなマクレイもいれば安心かなって?」
「プッ! 強そう!? アハハハ! 強そう!」
なんのツボかわからないがマクレイが腹抱えて笑っている……。何故?
しかし、いきなり本音を言わなくて良かった。まだ嫌われたくないし。いや、その前に引かれるかも。
ひとしきり笑ったマクレイが目の端にたまった涙を拭いて言ってきた。
「あー笑った。何にも知らないとは恐ろしいねぇ~。でもあんたに言われなくてもついてく気だったのさ」
なんと!? 嬉しくて顔がにやける。
「ホント! うわー助かるー。ところで、それってギルドで言ってた“紅蓮”とかと関係あんの?」
「ああっ!? そんなの知らなくていいんだよ!!」
めちゃ凄んで迫ってくる! すげー怖い! 鬼の形相だ。
「す、スマン!」
慌ててテーブルに頭をつけ謝る。すると普通になった。美人さんなのに怖い……。ん、今気が付いたが耳が尖ってないか?
「あのー、耳の形が俺と違うよね?」
「え? ああ、そりゃそうだ。アタシは人族じゃないよ。エルフ族っていうのさ」
マクレイが自身の両耳を引っ張って教えてくれた。エルフは知ってます。ファンタジーの定番っすね。初めて見たわー。って昨日からずっと一緒だわ。
「さ、さわっていい?」
恐る恐る手を伸ばすと目を細め凄い威圧で睨まれる。
「ぶっ殺す!!」
「ゴメンナサイ……」
怖っ!! さっきより怖っ!
…そんなこんなで話が進んでこれから旅の準備をすることになった。
まず、ギルドで夢に出た場所の確認をすることに。ダイロンに再び地図を見せてもらい確認する。
「おう、また出るのか?」
いつものダイロンが地図を広げながら言ってくる。
「ああ、今度は遠方になりそうなんだ。たぶん、この湖あたりだと思う」
巨石の場所よりも遥か北にある森を抜け、山か峠を抜けた先に目指す湖があった。
「ここはアタシも行ったことないねぇ。この山を抜けるのは大変そうだね」
マクレイが腕を組んで唸っている。これは大変かもね。これも板に地図を写そうとしたら、マクレイに止められた。なんでも精霊の導きがあるなら必要無いみたいだ。薄々わかっていたが人に言われると納得するな。
…しかし残念。だが、少し吹き出しながら囁いてもわかるぞ。あの板地図を思い出したな。
ダイロンに別れを告げ、これまた一軒しかない武器屋というか鉄器屋でほこりを被った剣を買い、マクレイと話し合って旅の荷物はロックが背負子でまとめて背負ってもらうことにした。重くないかなと思ったがロックは平気なようだ。しかし、旅慣れているマクレイがいて良かった。適格なアドバイスで無駄使いせずに済んだ。お金が心もとないし。
昼食を終えるといよいよ出発する。アルルの町もこれで最後かもしれない、何となく寂しくなるな。そう思っていると、隣にいたマクレイが屈んで脛あたりの所から短刀を取り出すと、
「これ、ナオにあげるよ。多少は自分の身を守ってもらわないとね」
そう言って手渡してくれる。
「え!? ありがと! マクレイ……」
ジーンときた。そんな俺を見て慌てたマクレイが声をあげる。
「お、おいっ! こんなんで泣くな! アタシが恥ずかしいだろ!」
「ご、ゴビン……」
だめだ、ちょっとの優しさで泣けてくる。俺は貰い物に弱いのか? くぅー。
「なんだよ! 変な奴だね。いや、最初に会った時からか!」
ニヤニヤするな! 短刀を後ろ腰にしまって、出発する。本格的な旅の始まりだ!
巨石まで半日またずに到着した。前回の苦労は何だったのか? マクレイかロックの強さ(?)に危険生物もとい魔物も寄ってこず楽に進むことができた。聖域となっているこの場所で夜を明かして次の日出発した。
ひらけた場所から再び森の奥へ進む。来た森と違って深く鬱蒼と茂った草に、妙にねじ曲がった木々もあり不気味さが増している。ちらりと横を歩くマクレイを見るがこのような場所は慣れているようだ。ロックは足が短いので遅いかと思いきや足取り軽く進んでいる。体重どのくらいあるんだろ? ここにきて基礎体力のない俺が足手まといになっている。実はもう歩くのが辛くなってきた…。
「もう少しで休憩しようか?」
「お願いしますっ!」
気をきかせたマクレイが聞いてきた。ありがたい!
しばらく進んだ先にちょうどよい場所があったので、そこで休憩する。
木の幹にもたれてグッタリしていると、マクレイが両手を腰に当てて呆れながら言ってきた。
「ナオは弱っちいねー。それじゃあ、なかなか先に行けないね」
「む、すまん。体力が無いんだ」
「よし! 鍛えながら行こう! 休憩中は精霊の使い方を覚えるといいよ!」
あのー、それって休憩してないよね? とノドまで出かかったが、怖い笑顔のマクレイを見てやめた。
それから、負荷をかけて歩いたり、マクレイにどつかれながら走ったり、休憩中はソイルを使って土壁を作ったりした。さすがに精霊使役に関してはマクレイが驚いていた。ここまで自由に扱える者はあまりいないそうだ。とは言っても色々とさせられた訳だが。
精霊については思い描いても使役できるが、精霊主であるソイルの名を呼んで想像した方がより効果があることが分かった。
きっと名を口にすることで具体性が増すのかな? 〈フフ。ご想像にお任せします〉
そんな修行的な事をしつつ移動して何日か目、ようやく旅にも慣れてきた頃、森の風景が変わってきた。どんだけデカい森なんだよ。地図と現実の違いに思い知らされた。
生い茂った草がまばらになり、身の丈ほどの木々が多くなってくる。薄暗い雰囲気とも相まって殺風景とも思える場所だ。
「なんか嫌な場所だねぇ」
マクレイが呟く。同感だし、早く抜け出したいんですけど…。ロックも警戒しているようだ。とは言っても導きの感覚がこの方角になっているから通らない訳にはいかないし。
しばらく歩みを進めていると、
〈危ない! 後ろに下がって!〉ソイルの叫びが頭に響く!
ビックリして後ろに飛びのくと、足元から鋭く尖った物が伸びてくる。
なんだこれ? と思うまに右の太ももから尖ったものが突き出てきた!
「うぉああああああああ!」
驚きで声が先に出た! 滅茶苦茶痛てえ!! 太ももの突起物はすぐに引っ込んでいく。と、血が吹き出る!
痛さに目が白黒するが、ガマンして傷口に震える手を当てる。
「ナオ!」「ヴ!」
マクレイとロックが慌てて駆けつけてくる。俺はズキズキする右足を引きずりながら後ろにさがった。
「ソイル!」
精霊主を呼び出し、周囲を地中から固めてもらう。これで下からの攻撃は大丈夫だろう。と、今度は前のほうから矢のように鋭い棒が伸びてきた。
「くそっ! ソイル!! 捕らえてくれ!」
こちらに棒が届く前に地面が一瞬で盛り上がり捕らえる。
よくよく見ると棒はツタのようだ。その先には一本のそれほど大きくない木があった。ユラユラと左右にゆれながら複数のツタを伸ばしている。
「大丈夫かい? あいつはトレントだよ! 突然襲うから気づきにくいんだ!」
そう言いながらマクレイが伸びてくるツタを剣で捌きながらトレントに向かっていく。ロックは俺の前でツタを掴んで守ってくれている。……チクショー、あいつに一矢報いないと気がすまねぇ…。
トレントは体のあちこちからツタを伸ばしマクレイを近づかせないようにしているが、マクレイの持つ剣が赤みを帯びてツタを次々と切断しながらじりじりと近づいている。何あれ、カッコいい…。って、それどころじゃない。
「ソイル!!」
今度は反撃だ! マクレイがトレントを引き付けている内に、ソイルに圧縮した堅い土で出来た巨大な手を出現させ、トレントを握り込む。
ブチブチと音をさせながら万力のように握りつぶす!
しばらくツタや枝を振りながら抵抗していたようだが、メキメキと折れる音が響くと伸びていた複数のツタがだらりと地面に落ちる。やがて土の手は地面に戻っていった。
「こ、これが精霊様の力…か……」
様子を見守っていたマクレイが呟く。トレントは完全に死んだようだ。
が、血が流れすぎたのか精霊の力で体力を使ったかわからないが、ホッとしたのもつかの間、記憶がそのあたりでプッツリ無くなった。




