49 暗殺者
「ところで、ナオヤを東の国へ招待したいんだけど、いいかな?」
爽やかイケメンの勇者ウエスギカイトが尋ねてきた。するとマクレイが口を挟む。
「知ってるだろ? “契約者”は誰にも束縛できないんだよ」
「それについては聞いたことがあるよ。でも僕は招待したいだけで、判断は本人に任せるよ」
「……」
カイトの爽やか返答にマクレイは黙ってしまった。ホントこういうのは苦手ですね、美人さん。
「悪いけど、招待は辞退させてほしい。まだ契約する相手がいるからね」
そう答えるとカイトは驚き、取り巻き三人娘がザワつきだした。
「するとナオヤは、さっき見た精霊の他にもいるのかい?」
「まあ、少し」
今度はカイトと三人娘が話し合いをしだした。マクレイを見ると肩をすくめる。
「ごめん、話しの腰を折ってしまって。君はただの“契約者”ではないようだ。さすが同じ“転移者”だね。今回は見送らせもらうよ。また機会があればその時はよろしく!」
話し合いが終わったカイトが言ってきた。
「ああ、またその時に返答させてもらうよ」
「そうしてもらえると、僕の立場もしばらくは安泰だ。ありがとう」
「勇者も大変だな」
「ははっ、まあね。良い事ばかりじゃないよ。それでは長い時間ありがとう! 僕たちも寝るよ」
カイトは爽やかに立ち上がり、取り巻き三人娘を連れて他の女の子達の所へ戻っていった。
「知ってたでしょ、巫女の事」
「な、なんの事かわからないねぇ」
俺が聞くとマクレイが目を合わせず答える。
「ま、いいけど。ホントは争奪戦とかあったりして?」
「そんな事は…。どうだろうねぇ~」
ますます目が泳ぎだした。嘘が下手だよね。
それから俺達も就寝した。ロックは俺達の近くで見張っているようだ。
翌日、軽く朝食を済ませた後、全員からお礼を言われ、勇者ご一行は馬車に乗って荒れた道を連なって行った。
俺達も準備をして南へ歩き始める。
荒れた街道を移動して何事もなく進めている。次の日もマクレイに無理やり歩かされ、ぐったりして野営になった。
「ほら、夕食だよ。起きた! 起きた!」
マクレイに起こされた。あまりに疲れていたので、野営の準備が終わってすぐ横になったら寝ていたようだ。
「あー。ありがとー…」
胸にいたクルールもどうやら一緒に寝てたようだ。伸びをして起きてきた。
それから夕食をとり、フィアに勉強を教えてもらう。ひと段落して、休んでいるとソイルが警告をしてきた。
「マクレイ! 何かが来る!」
「どっちだい?」
すぐに剣を取りマクレイが来た。
「うーん、難しい。不思議な足取りだなぁ。でもそんなに多くない」
「ひょっとしてエルフ族かもしれないね。フィア、ロックといて!」
マクレイが指示するとフィアがロックの近くに移動してくる。クルールは俺の胸元に逃げてきた。
やがて振動が近くになってくる。
「この感覚はエルフだね。すぐそこにいるよ」
マクレイが確信したようだ。辺りを警戒していると暗闇から無数の火の矢が飛んできた!
「ソイル!」
岩の壁でやり過ごすと、壁を避けるように数人の黒装束の者が出てきた。素早くマクレイが迎撃に移る。
数人を相手に立ち回っているが、相手から積極的に攻撃する気配が無いようだ。ロックはすでに応戦している。
こちらにも来た! 魔法の火の矢を打ちつつ向かってくる! 岩の壁を出現させ、盾にして安全な所へ逃げる。が、予想してたように炎の壁が現れ行くてを阻んだ。
「ナオ!」
マクレイがこちらへ向かおうとするが、阻止されている。これは、俺を狙ってるのか?
いつの間に乱戦になっている。やがて近くまで来た黒装束の一人が剣を抜き向かってきた!
ああ、もう! 理由がわからん!
「アーテル!」
すると辺り一帯が暗闇に包まれた。近づいて来た黒装束は急に目標を見失って探しているようだ。他の黒装束達も同様に立ち尽くしたり、しゃがんだりして混乱している。マクレイとロック達がこちらに来た。
「どうなってるんだい? いきなり相手が挙動不審になったよ」
「ヴ」
「ああ、アーテルに敵対者を暗闇に包んでもらった。真の暗闇だから、音も聞こえないし、目に何も映らないよ」
安心させるため説明したが、マクレイは呆れた顔をしている。
「あれ? ダメだった?」
「ダメじゃないよ。ありがと、ナオ」
なぜか微笑んで、片手で頬をスリスリされる。それを見たクルールが真似してきた。耳がピクピクしてるな美人さんは。
とりあえず黒装束達にベントゥスを使って、武装解除と降伏勧告の言葉を風で耳元に送ってもらった。
しばらくすると観念したのか、武装を解きはじめる。
黒装束全員を一か所に集め、暗闇を解除してもらう。アーテルありがとう。
「あんたら一体、何のようだい?」
マクレイが凄みを効かせ聞いている。一人が頭巾を取り顔を露わにした。…よく知った顔の青い目が俺を睨む。
「マクレーナ…何故だい?」
マクレイは驚きもせず聞いている。エルフ同士は感覚でわかるものなのかな? 胸元のクルールは同じ顔にビックリして何度も確認してる。
「お姉様を里に連れ戻す為です。ですが、“契約者”様を侮っておりました」
「その話しはとうに終わったはずだよ。アタシが決めたんだよ」
「ですが、その男はお姉様に愛だの恋だのを吹き込み、そそのかしているのです。目を覚ましてください!」
えらい言われ様なんですけど。吹き込んではいませんけど。そんな才能あったら、とっくに使ってるし。
マクレイはため息をつくと、
「アタシはとっくに目が覚めてるよ、ナオと会った日にね。今までは里の…マクレーナの為にやってきたけど、これからはアタシ自身の為にやっていくよ。わかったかい?」
「…わかりません。お姉様の考えがわかりません!」
マクレーナは頭を振って否定している。こんな所で姉妹喧嘩なの? もう面倒くさい!
「それだったら、マクレーナも一緒に来れば?」
「ナオ?」「なんですって?」
俺が提案したら二人に睨まれた。何故? ダメなの?
「ほら? こういう男なんだよ。妹よ、どうする?」
「わ、私は里を離れるわけにはいけません。巫女としての務めがあるのです!」
「ハハッ! 可笑しなもんだ。そんな妹が里を離れここにいるんだから…」
マクレイは笑ってマクレーナに近づく。うろたえている妹の手を取り抱きしめた。
「アタシのために心配してくれたのは嬉しいけど、もう大丈夫。マクレーナも自分の道を見つけて欲しい…それがアタシの願いだよ」
「お姉様…」
マクレーナはお姉さんの胸で泣いていた。しばらくして体を離したマクレーナは涙を拭き俺に向かう。
「私はあなたが嫌いです。ですが、お姉様の顔に免じてこの場は引きましょう。さようならお姉様……」
そう言うと、他の黒装束達を率いて背を向け歩き始めた。こんな夜中に?
「マクレーナ待ってくれ!」
叫ぶと足が止まり振り向く。とまどった顔をしている。
「もう遅いから、ここで泊まれば?」
続けて叫ぶと、真っ赤な顔になったマクレーナが怒鳴ってきた。
「これ以上、恥をかかせるな! バカ!!」
再び背を向けて走って行ってしまった。唖然と見送ってると、肩に手をのせられた。見るとマクレイが笑っている。
「フフ。ホント、デリカシーがない男だねぇ」
「いや、あるだろ? 寝不足を心配してるのに」
「ハハッ! そうだねぇ。アタシらも寝ようか?」
肩を叩いてマクレイが寝床に向かっていった。フィアを見ると頷いている。まぁ、寝ますか。マクレイの後に続いて寝床に入った。
翌日。
雲がまばらに散らばって、薄い青色の空に太陽が真上に来た頃、歩みを進めていると前方に人影が見えた。
向こうも気がついたようで手を振っている。
フードを被っているため誰かわからないが、走って近づいてきた。しかし、見覚えあるフードだなぁ。
「久しぶり! 元気だった?」
そう言って俺に抱きついてきた! 白く長い髪が風になびいてフードを外した。
「モルティット!?」
「あら? ビックリした? 嬉しいでしょ?」
モルティットが嬉しそうに首に手を回してきた。顔が近いって! なんで目を閉じてるんだ! と、モルティットの襟首をつかみ、マクレイが引きはがした。
「いきなり何やってんだい!」
憤慨しているマクレイに苦笑いをしているモルティットが答えた。
「ふふっ。ホント、マクレイディアって融通が利かないね。元気だった?」
「ああ、相変わらずさ! 一体どうしたんだい!」
「後でね。あら、フィアちゃんもロックも! 会いたかった!」
そう言ってモルティットはフィアとロックにハグしに行った。
「まったく。現れたと思ったら…」
マクレイが呆れている。近づいて肩を叩き、
「ま、俺は嬉しいよ。仲間だからね」
と、逆に背中を叩かれた。痛いって、美人さん!
「ふん。ナオはもう少し、しっかりしなよ!」
フィアと手をつないで来たモルティットは俺の胸元を見て声をかける。
「あら? さっきは気がつかなかったけど、かわいい仲間が増えたのね!」
「ああ、クルールだよ。ほら、挨拶して!」
そうするとクルールは飛び出してモルティットにお辞儀して挨拶した。
「よろしくね! クルールちゃん!」
クルールは嬉しそうにクルクル回っている。立ち話もそこそこにして街道沿いで休憩にした。
少し不機嫌そうなマクレイの横に楽しそうなモルティットが座っている。フィアは俺の横にいてクルールはその辺をフラフラ探検していた。
「さて。本題に入っていいかな?」
モルティットが見渡して聞いてくる。
「さっさと言いな!」
マクレイがイライラして先を促す。何故か機嫌が悪い。そんなマクレイを横目に見ながら続ける。
「あら? ご機嫌ナナメね。実は里からマクレーナと一部の者が居なくなったので連れ戻しに来たの。追っていたら、あなた達に出会った訳。しばらく一緒にいれば現れるでしょ、これで安心!」
「……」
「なに? その沈黙?」
モルティットが不安気に声を漏らす。全員、昨日の件を思い出してるのがわかる。
マクレイはため息をついた。




