48 東の国の勇者
『それでは、私はこれで。お世話になりました、“契約者”様』
道の途中、ミレーアは別れを告げた。
「ああ、ありがとう。ミレーアのお陰だよ」
そう言って頭をなでる。ああ、フワフワが気持ちいい。
『私はあなた達を見て今回の事を決めました。良い仲間ですね、ナオヤ様。それでは』
目を細めたミレーアは素早く茂みの中へと九本の尾を揺らしながら駆けて行った。ホントにありがとう!
それから移動を始めた。
細い獣道を抜けると荒れた街道に出た。余り人が通らないような感じだ。
南に向かって凸凹する道を進む。なんか段々疲れてきた。よく考えたら、ソビトの村から一回も休んでない。
ちらりと後ろのロックを見る…。ダメだ。あの穴の開いた目が怖い。横を見ると目を合わせないようにしている美人さんがいた。
休みたい…。休みたいなぁ…。ああ疲れた。また横を見ると急いで顔を背けたマクレイがいた。
「気がついてるでしょ? マクレイ?」
「なに? どうしたんだい、ナオ?」
しらばっくれてる…。もう我慢の限界だ!
「俺は休みたい!」
そう言うとマクレイはニヤリとして、
「へぇ~。もう疲れたんだ?」
「そうだ! 疲れた!」
すると背中を押され強制的に歩かされた。ああぁ! スパルタだ! 鬼だ!
「ちょっとは体力つけないと! 頑張りな!」
「マクレイさん止めてください! フィア助けて!」
するとフィアが横に来て引っ張り始めた。
「頑張ってくだサい! もう少しでスよ!」
「いや、目的地わかってないじゃん!」
ああぁ、唯一の良心フィアまで。クルールは周りを楽しそうにフラフラ飛んでいる。俺も羽が欲しい。
それからしばらくは強制的に行軍させられた。
「あぁ~。疲れたー」
夕暮れ時、やっと休憩になり、街道の横にある草の上に大の字で寝転がった。クルールが胸の上に乗ってくつろいでる。
「ホント、どうしょうもないねぇ。この男は」
マクレイが横に座りながら言う。そんなこと言われてもしょうがない。
「それデも荒野を旅している時よりは良くなりましタよ?」
フィアがフォローしつつ座った。でも、最後疑問形だよね?
「アクア…」
細かい霧状の水を辺りに降らせる。火照った頭にひんやりして気持ちがいい。胸にいたクルールが楽しそうに霧で遊んでいる。
隣に座っているマクレイは苦笑しているが気持ちよさそうだ。
「まったく。精霊主様には感謝だね。フィアは大丈夫かい?」
「はイ。このぐらいでは錆まセん」
フィアは目についた水滴をワイパーみたいに指で拭っている。すると、クルールも真似しだした。かわいいなぁ。
そうして休んでいると大型の馬車が二台、荒れた道を揺れながら通ってきた。上半身を起こして見物していると先頭の馬車が止まり、御者が降りて来た。
「ナオヤ! 久しぶりだね! 元気そうで良かった!」
声をかけ近づいてきたのは爽やかイケメン勇者、ウエスギカイトだった。俺も立ち上がり片手を挙げる。
「よ! 久しぶり! ずいぶん大層な移動だね!」
俺達の元まで来ると、少し疲れている感じだ。それがまたイケメン度を上げているような…。何やっても様になるなぁ…羨ましい。
「ちょうど良かった! この辺で休もうと思ってたんだけど、君達がいるなら安心だ。共同で野営しないか?」
「ああ、なるほど」
カイトの提案に、マクレイ達を見ると頷いている。
「わかった。協力するよ」
「ありがとう! では他の皆に話してくるよ!」
そう言ってカイトは馬車に戻り声をかけた後、街道から草むらへ移動し止めた。それからカイトが馬車を降り、後ろの幌に声をかけると少女達がゾロゾロ降りはじめた。
何これ? ハーレムどころじゃないぞ。爽やかな割に犯罪に手を染めているのか? ちらりとマクレイを見ると険しい表情で見ている。クルールは人が多くなったのが怖くなったみたいで、マクレイの胸元へ逃げていた。
「驚かせてしまってゴメン。後で説明するから準備だけ先にしないか?」
再び俺達の元へ来たカイトが言ってきた。
「…わかった。準備は俺達がするよ。すぐ終わるから大丈夫」
「え? 人数もいるし、大変だよ? もちろん僕も手伝うし」
爽やか笑顔で心配するが、まあ、あれだな。
「あ、毛布とかはよろしくね」
「もちろん! それじゃ始めようか」
あれ? いつの間にか主導権を握られてる? これがイケメン効果か…。恐ろしい。
人数が多いからいつもより大きめに作らないとな。カイトとマクレイ達に声をかける。
「それじゃ、始めるからいい?」
「この場で?」
カイトが疑問を挟んでくるが、やって見せたほうが早い。マクレイはニヤリとしている。どちらかと言うと俺達の方が悪役みたいだね。
「ああ。ソイル、シルワ」
すると目の前で土が凹んだり壁を作ったり、草でできた寝床などが出来上がっていく。しばらくするとそこそこ大きい野営地が仕上がった。カイトは驚いたようで、
「ま、まさかナオヤは精霊使いなの?」
「えーと、まあ、そう」
「驚いたよ!? 僕の鑑定には何も出なかったのに」
「ま、そういう事もあるんじゃない? さ、みんな中へ!」
あまり納得していないカイトだったが、少女達を野営地へ入れる。少女達はそれぞれグループに別れ、火を起こして草の寝床でくつろいでいる。意外に評判がいいので安心した。
それから共同で夕食の準備をする。
なぜか、今日に限ってビッグベアーの肉がある…。なんてカイト達は運がいいんだ。これが勇者か。
調理の準備をしているマクレイとフィアに声をかける。
「肉って全員分あるかな?」
「ああ、ギリギリだね。お客が多いからね」
マクレイが言うと、カイトの取り巻き三人組の一人、短い錫杖を持った僧侶っぽいアマンダがお礼を述べた。
「すみません、ここまでしていただいて。ありがとうございます」
「いいさ。知らない訳じゃないからね」
マクレイが男らしい返答をして、調理にかかっていく。
しかし、この人数…。女だらけで十人以上はいるぞ。どうなってんの? ワイワイしてて、なんか学校みたいだ。
夕食後、俺達がくつろいでいた所にカイトと取り巻き三人組が来た。
「今日はいろいろありがとう。お陰で助かったよ」
そう言って近くにそれぞれが座り、続ける。
「あそこにいる女の子達なんだけど、実は、人売りから解放した子達なんだ。行く当てもないようなので、僕が仕えている東の国へ連れて行く途中なんだ」
なんか聞いたことある話だぞ。ふと、前に助けたアドの村のセルーナを思い出した。
「ああ、そういうこと! 納得したよ。ひょっとして西の大陸にある城塞都市の事かな?」
「あれ? 知っていたのか! そうなんだ。ミリーの魔法で“隷属の首輪”を一斉に破壊して救出したんだ」
俺が質問すると意外そうな顔をしたカイトが答えた。しかもセルーナの話しとも一致する。カイト達が裏で動いてたのか…。めちゃカッコいいな。これが勇者か。
「ふーん。ミリーは凄いねぇ。なかなかそこまでの魔法使いはいないよ」
マクレイが相手を褒める。するとローブを羽織っているミリーは顔を赤くして俯いた。恥ずかしがりやさんかな?
カイトが話題を変えてきた。
「ところで、会った時より仲間が増えてるね?」
「ああ、彼女はフィア。そしてクルール」
マクレイの隣にいたフィアとクルールを紹介する。フィアは会釈して、名前を呼ばれた妖精はマクレイの胸元から出てきた。取り巻き三人組は目を丸くしてクルールを見ている。そして、カイト達も二人に自己紹介した。
「妖精って初めて見たよ。ぜひ僕もお近づきになりたいね」
カイトは手を差し伸べるが、クルールは何故か俺の頭の上へ逃げた。ボランは平気だったのに勇者は苦手なのかな?
「フフ。まだ慣れてないんだね。ごめんねクルール。ところでもう一つ重要な話しがあるんだけどいいかな?」
爽やかにクルールに謝って俺に向き直る。何かな? 頷いて先を促す。
「ナオヤは“契約者”かい?」
「ああ、そう呼ばれてるよ」
するとカイトは笑顔になり、取り巻き三人娘が囁き合を始めた。何? なんかあんの?
「ああ、やっぱり! 僕たちは実は“契約者”を探していたんだ」
「えぇ!? なんで?」
驚いた! 湖の先で会ったのは偶然じゃないのか…。ちらりとマクレイを見ると片眉が上がっていた。自分と同じ目的だったからだろうか。
「はは、驚いてるね。僕も驚いているよ、まさか“転移者”が“契約者”なんてね。ナオヤと最初に会った近くの湖には“契約者”を迎えに行く予定だったんだ。ほら、僕は鑑定が使えるからね。視えると思ったんだ」
「俺もまさか探されている当人とは思わないよ。さすがに」
「ははっ、だよね。それで湖に行っても一向に会えないから、引き返してくる途中で人売りの一件に遭遇したんだ」
「でも、なんで湖にいるってわかったんだ?」
「それは、東の国には神殿があってね、その巫女が予言したんだ。その昔、“契約者”と関わりがあったみたいだけど詳しくは知らないんだ」
「へえー。巫女っていろんな所にいるね。エルフだけかと思ったよ」
マクレイを見つつ答える。美人さんは目が泳いでいる。知ってたのね。
「ははっ。この世界には巫女はいっぱいいるよ。それに噂で風の神殿の近くの村に現れたとか、ゴブリンの村を一瞬にして無くしたとかね。“契約者”がこの大陸にいることはわかってたんだ」
「えっ? そんな噂があるの! 一つは全然違うぞ!」
ゴブリンの件はマクレイじゃん! そう思って見ると顔を逸らされた。ズルい!
「ま、噂だからね! いろいろ大きくなるよ。ははっ」
爽やかにカイトが応じた。ちくしょー、なぜか許せる!
頭にいるクルールは肩に降りて眠っている。いつの間に…。フィアも不動のまま固まっている…。




