46 ソビト族と巨大猫
帰りはソイルのエレベーターで入口近くまで戻ってきた。
「はぁ~楽ちんすぎる!」
リンディが感想を漏らした。隣のマクレイは何故かニヤニヤしている。
ダンジョンを出ると日は傾き景色が赤く染まっていた。夕方を過ぎたようだ。ロックは外に出るとまたバラバラになって、元の大きさへ再構築していた…。結構自由なんですね、ロックさん。
それから夕食も兼ねて寂れた食堂に行き一休みした。
「ところでナオヤ達はこれからどうすんの?」
当然のように俺達と同席したリンディが聞いてくる。
「そりゃ、導きがあったらその方向に行くよ」
「ふ~~ん」
運ばれてきた質素な夕食を口に運びながら何か考えているようだ。クルールはいつもと違う味に嬉しそうに食べている。俺の隣にいるマクレイがリンディを睨んでる。
「そんなに引っ付くな!」
「はあ? あんたがハッキリしないからでしょ!」
「む! ぐっ!」
歯をくいしばるマクレイ。基本的に口喧嘩には弱いよね、美人さんは。完全に余裕の目でリンディはマクレイに微笑んでいた。
それから宿屋に再び泊まり、マクレイとリンディの対立で騒がしく夜が更けていった。
皆が寝静まった頃、ふと床の振動で目を覚ました。ちょうどリンディが部屋を出るところを目撃した。なんだろう? 体を起こし、後を追う。
宿を出て少し離れた所でリンディが待っていた。どうやら俺が追っているのをわかっているみたいだ。彼女に近づく。
「どうしたんだ? こんな夜中に」
「ま、気がつくとは思ってたけどね。追ってくるなんて、惚れた?」
「は? なんで惚れるの? 一人で十分だよ」
ため息をついたリンディは髪をかき上げ俺を見つめる。あんまり見つめられるとドキドキするんですけど。
「偶然会ったから借りを返そうと思ったけど、ナオヤはとんでもないし。あのエルフはからかうと面白いけど」
そして胸元から何かを取り出すと俺に差し出した。
「これあげるよ。困ったときに使って。あたしが力になるよ」
「ありがとう。なんでまた…」
受け取ろうとした手を握られ顔を近づけてきた。と、頬に口づけをされた。別に口でもいいですよ、俺は。
そして耳元で囁いた。
「向こうから見られてるから。あのエルフは嫉妬深いからねぇ」
そして離れると背を向け歩き始めた。声をかけようとしたが、リンディが先に振り向き
「それじゃ、またね! どこかで会いましょ!」
言うが早いか、一瞬で闇に消えた…。
しばらく暗闇を見つめた後、受け取った物を見てみると不思議な模様のあるネックレスだった。取り敢えず身に付けてみたが、何事もなかった。どうやって使うの? 妖精王の時もそうだけど、使い方を聞けばよかった…。
トボトボ宿屋の部屋に戻るとマクレイが起きて待っていた。
「あの女は行ったのかい?」
「ああ、また会おうって言ってたよ」
マクレイは壁に寄りかかって、伸びをした。
「はー、あの女がいなくなって清々した!」
「プッ。マクレイとリンディって似てるよね?」
美人さんは驚いた顔をして睨んできた。
「全然似てないよ! どこ見たらそうなるの!」
「ああ、確かに。怒りっぽいのはマクレイの方だね!」
すると髪をくしゃくしゃにして憤慨しつつフィアを抱いて寝はじめた。…フィアはとばっちり受けてるな。
俺も枕にいるクルールを避け、そのまま寝るとやがて朝になった。
今は寂れた家屋を背景に導きのある南の方角へ歩いている。
マクレイはどこか機嫌が良さそうだ。クルールは俺の肩に座ってハミングしていて、フィアはマクレイと手をつないで歩いている。ロックは後ろからついてくる。やっぱり大きい方が安心するな。
赤茶けた景色を抜け、草木の茂る獣道を進む。一日の終わりに野営しやすいポイントを探して腰を落ち着かせる。草木の多い所はシルワを使って、枝を屋根の様にしたりして快適ではないが過ごしやすい環境ができた。
どういう訳かわからないが、だんだん魔物が出なくなってきた。魔物の出現が少ない旅はとてものんびりして良い感じだ。皆の顔にも余裕がある。途中でマクレイをからかったり、フィアと勉強したり、クルールと遊んだりしながら進んだ。
ある日、歩いていると何かが向かってくる振動と気配がした。マクレイも気がついたようで、警戒していると草むらから何かが出てきた。
「襲わないでください! 私は何もしません! あなた方は旅人ですか?」
それは身長が一三〇センチほどで、やけに細く白い手足と面長の頭をした者が出てきた。異世界に来て初めて見る種族だった。
「ああ、旅人だ。何か用があるの?」
そうすると正座をしてきて訴えはじめた。
「私の名はバララン。旅のお方! ぜひ私達の村をお救いください! お願いいたします! お望みはできる限り叶えるようお約束いたします! どうか!」
一気に言われるとクラクラする。
「ちょ、ちょっと、落ち着こう。少し開けた所で話しを聞くよ。あ、俺はナオヤっていうんだ」
そう言うと納得したようで立ち上がる。
それから少し歩いたところに開けた場所があったので、それぞれ紹介し座って話しを聞いた。
バララン達はソビト族と呼ばれる種族で、ここから先に行った山のふもとでひっそりと暮らしていたが、最近、四足の獣がソビト族を襲いケガ人が続出しているので助けを求めに来たとの事だった。
「でも、おかしいね。ケガ人は多いけど死んだ者はいないのかい?」
さすがマクレイ、よく気がついた! 俺はなんとも思わなかった…。
「はい。今のところ重傷者もなく…。でも、いつ出てもおかしくないんです!」
バラランは必死のようだ。
「でも戦っていたんだよね?」
ちょっと疑問に思って聞いてみた。
「いえ。我々はご覧の通り、手足が細いので鉄器を振り回すほどの力がありません。ですので木の弓や槍などを使いますが、小動物相手ならまだしも、あなた方のような大きな獣には歯が立ちません」
その後、話し合いをして、とりあえずバラランの案内で村に行ってみることにした。
繁みをかき分け小さな獣道に沿って歩く。
しばらく進んでいると、猫の鳴き声のようなものが微かに聞こえた。バラランに断わって声のする方向へ行ってみる。
やがて声がよく聞こえる頃、相手の姿が見えた。
足から血を流し、横たわっている形はまるで猫。よく見ると尻尾が二本あった。近づくと確かにでかい、マクレイ並みのビックサイズ猫。
猫もこちらに気が付いたらしく威嚇してきた。すると、バラランが震える手で指し示し、
「あ、あれが四足の獣です! 傷ついている今なら倒せます! お願いします!」
俺達に懇願してきた。う~ん。マクレイを見ると片眉を上げた。俺が決めるのね…。
「ごめん。気持はわかるけど、ね…四足の獣にも事情があるかもしれないから、マクレイに治してもらうよ?」
「そんな…。ナオヤさん達は私達の味方ではないのですか…」
バラランは両膝をついてうな垂れた。けっこうオーバーアクションだ。手足が細いからなおさらオーバーに見える。
「ホントごめん。マクレイ、お願いしていい?」
「まあ、しょうがないね」
そう言ってマクレイは巨大猫に近づく。猫は最初、威嚇してたが美人さんが近づくにつれ大人しくなった。たぶん本能でわかるんだろうな、怒らせちゃマズいってのを。俺もそういう能力が欲しい。
「大丈夫だよ。取って食わないよ。安心しな」
マクレイらしい声をかけて猫を落ち着かせる。片手をケガした足に当て治療魔法を使っているようだ。
バラランが固唾をのんで見守っている中、足は治ったようだ。猫はケガした所を舐めている。マクレイがそっと離れると、起き上がって頭ををこすりつけてきた。マクレイは頭を撫でて可愛がっている。もう大丈夫かな?
俺達も巨大猫に近づいて行く。一瞬、猫は警戒したが、マクレイが何か囁くと上げた尻尾をおろし目を細めた。
「マクレイ。大丈夫かな?」
「ああ、もう心配いらないよ。体はでかいけど気が弱いよコイツ」
マクレイに比べたら皆、気が弱いと思います。
抵抗しない猫をいいことに皆で撫でまわした。毛は思いのほかフワフワだった。フィアは興味深そうに観察しながら撫でて、クルールは猫の背中で寝そべったりしてた。その内、気持ちよくなったのか猫がゴロゴロ鳴り始めた。
少し離れたバラランに手招きして来させる。おっかなびっくりで近づくバラランの細い腕を取り、猫の背中を撫でてみた。
最初は恐々だったが慣れるとその心地よさにバラランも目を細めて撫でていた。
アクアに水を出してもらって皆で一息ついた頃、猫が起き上がって歩き始めた。しばらく進んだと思ったら、振り返ってこちらを見て一声鳴いた。ついて来いってことかな? マクレイ達を見ると頷いている。
皆が後をついて行くとまた猫は歩き出した。
巨大猫の案内の元しばらく進むと、やがて広い場所に出た。
猫は俺達が来ると一声鳴き、素早くどこかへ行ってしまった…。どうしようかと相談しようとした時、奥から先ほどとは違う巨大猫がやって来た。バラランは震えてロックの後ろに隠れている。
銀色の毛をした優雅な猫で尻尾が九本あった。あれ? 九尾狐じゃなかったっけ? あ、ここ異世界だった。
俺達を見渡しバラランには気づいたようだが、真っ直ぐ俺に向かってきた。マクレイじゃないの?
『こんにちは、“契約者”様。この度は仲間を救っていただきありがとうございます』
「こ、こんにちは! 初めまして! 傷を治したのは彼女ですので、お礼はそちらへ」
いきなり喋ったから焦ってしまった。銀色の猫はマクレイにお辞儀している。マクレイもそれに応えていた。
それから、それぞれ紹介をした。猫達は特に名前はないようだ。銀色の猫だけは“ミレーア”と呼ばれているみたいだ。
「ところで、相談があるのですが」
『なんでしょうか?』
バラランを呼び、これまでの事を説明した。話している間に隠れていた猫達が姿を現した。皆、言葉がわかるような感じで、聞き耳を立てている。
やがて話しが終わり、ミレーアが口を開いた。
『事情はわかりました。我々も争う事はしたくありません。ただ、テリトリーに進入されるのでソビトの方々を排除しておりました』
その言葉にバラランが反論した。
「しかし、私達が狩に出たり、水を汲むための道にまでテリトリーにされるのは困る! これでは生活ができない!」
『なるほど。ですが、我々はある意味あなた方を外敵から守っています。我々が恐ろしい敵を排除しているから、あなた方は平和に暮らせているのです』
「そんな……」
ミレーアの言葉にバラランはショックを受けているようだ。マクレイ達を見ると難しい顔をしている。クルールだけは楽しそうにフワフワしていた。
なんとかしたいが、どうしたらいいだろうか?




