44 ダンジョン
翌日、朝食の後にフィアの修理が始まった。
「ところで、フィアさんの動力のスイッチがないんだが、どこかの?」
ビスロットが聞いてきた。そんなのあんの? フィアは律儀に答える。
「ワタシには動力停止のスイッチはありまセん。ワタシが個別に接続を切ることができマす」
「なんと! いったいどういうことだ? 魔導石で動いているのではないのか?」
「いエ、違いマす。精霊の力を取り込んでいることが最近わかりまシた」
ビスロットは汗を流し、フィアに注目している。
「ま、まさか精霊を変換することに成功したのか! なんてことだ! 我が師よ!」
さっきから何言ってるかわからん。隣にいるマクレイを見ると片方の眉を上げ、難しそうな顔をしていた。たぶん、ちんぷんかんぷんなんだろうな。
「背中を開けて見せてもらってもいいかな?」
「はイ、どウぞ」
フィアが服を脱ぎ、背中を向ける。ビスロットは工具を取り出して手に持ち、各ビスを回して取り背中のパネルを取り除く。中にはチューブらしきものや幾重にも重なったコイルのようなものが見えた。
「む、見たこともない装置が入っている…。これが変換器なのか…。いや、しかし、これは…」
呟きながら小さな丸い鏡を使って中の機械を確認しているが、難しいものがあるようだ。再びパネルを戻し、服を着せる。
「どうでスか?」
「ふむ…。これほど独創的な装置は初めてじゃ。ほとんどが分解できないようになっておる…」
額の汗を拭って、ビスロットは答えた。
「とりあえず足を直そう。それがいい」
「おねがいしマす」
それから足の修理にかかったようだ。前にフィアが分析した通り、一部の部品を交換して予備パーツを組み込むと、あっけなく直った。このことにもビスロットは驚いているようだ。
「素晴らしい設計思想だ。胸とたぶん頭以外のパーツはすべて普通の鍛冶屋でも作れそうな精度で動作できるようになっておる。まったくなんてものを誕生させたんじゃ、バンホール殿は…」
今まで見ていたクルールは飽きたようで、他の部屋を探検しに行ってしまった。修理が終わったフィアは立ち上がると元の通り歩き始めた。それを嬉しそうにビスロットは見ている。
「さすが専門でスね。調整の必要がありまセん!」
「ありがとう。フィアさん。ワシも嬉しいよ」
それから居間へ戻り雑談をした。
ビスロットはバンホールが魔導工学研究所を辞めた後もしばらくは在籍して、魔導人形の性能と知能の向上の研究をしていたが、軍部の圧力が高まってくると辞めたそうだ。それからこの場所に自分専用の研究室を建て、日々魔導工学の研究をしているようだ。
俺達も西の大陸から来た事や精霊の話しをした。しかし、ビスロットはクルールに全く興味を示さなかった。初めてかも。
むしろフィアの一挙手一投足をつぶさに観察している様だった。
それから、帝都にある最新の魔導人形の事も教えてもらった。この研究所にいる魔導人形は二世代前の旧型で、与える命令以外は決めた場所で待機する機能を保持しているが、最新型はさらに思考能力が強化されているそうだ。自分の分野の話しになるとビスロットは長々と講釈してきた。
しかし、飽きた俺は途中で聞くのを辞めて部屋を飛び回っているクルールを観察していた。横のマクレイを見ると同じ様にクルールを見ているようだ。フィアだけはまじめに聴き、時折、質問を挟んでいた。
それからビスロットにフィアの予備パーツを確認してもらい、追加や変更などフィアと相談しながらまとめていった。お礼に風の神殿のお宝を何点かを譲った。頃合いになり、荷物をまとめる。
「もう行くのか…。残念だがしかたがない。近くに来たら寄ってくだされ! いつでも歓迎するぞ!」
出発する俺達に寂しそうなビスロットが声をかけた。
「フィアの事もあるし、また来るかもしれません。ありがとうございました、ビスロットさん!」
「助かったよ! ありがとう!」
「お世話になりまシた。とても有意義な時間でシた」
「ヴ」
それぞれお礼を述べて出発する。
ビスロットは俺達が遠くになるまで見送っていた。
研究所から東へ進む。
フィアの足は完全な様で、今までと変わらない足取りだ。クルールのハミングが草原に広がる。
数日を移動し、草原からゴツゴツした岩や石が赤茶けた地肌に埋まっている景色に変化してきた。やがて目的地に近づくと粗末な家屋が数軒建ち並ぶ所に出た。
「ホントにここかい?」
疑問に思ったマクレイが聞いてきた。
「ああ、この先から強く感じるし、夢で見た光景だよ」
指してから歩き始める。家屋の近くに来ると、どうやら商売をしているようだ。さらに進むと宿屋の看板が見え、人もちらほらいる。寂れてはいるが、一定収入がありそうな感じだ。どういう所なんだろうか。
やがて目的の場所についた。そこは低い崖にポッカリ空いた穴だった。フィアが首をかしげて聞いてきた。
「ここでスか? 洞窟のようでスが」
「たぶんここで合ってるよ。この中に入ろう」
そう言って洞窟に入ろうとすると、中から人影が見え近づいてくる。
やがて姿を現すと、五人組の集団がそれぞれ武装しており、荷物を満載したソリを引きながら洞窟から出てきた。先頭を歩いていた髭の厳つい男が俺達を見て声をかけてくる。少しビクビクしてしまう。
「おう! おたくらこれから入るのか? その格好じゃキツイぞ。今日はまだ深くまで潜ってる奴はいないからチャンスかもな。頑張れよ!」
「ちょ、ちょっと待って! この洞窟って何?」
そう聞くと、あきれた顔で、
「はあ? 知らずに来たのか坊主? ここは洞窟じゃない、ダンジョンだ。観光なら入らないこったな! じゃあな!」
髭の男は仲間と共にボロ家屋に向かってソリりを引いて歩いていった。呆然と見送っているとマクレイが俺の肩に手を置き、
「確かにダンジョンじゃ、準備しないと危険だね。一旦、食堂か何処かで話し合おうよ」
「……マクレイ。前から思ってたんだけど、俺って若く見られてる?」
「は? そっち? そんなのどっちでもいいよ!」
怒ったマクレイに引きずられ、この辺り唯一の食堂に入った。
マクレイの胸元にいるクルールは頭だけ出して周りをキョロキョロ見ている。
寂れた食堂は壁のあちこちがひび割れたりして隙間から外が見えている。薄暗く広いが、客があまり居ないため寂しそうな感じだ。
飲み物を頼んでガタつく椅子に腰を下ろしテーブルを囲んでいる。マクレイが、運ばれた飲み物を手に持ち口を開いた。
「ナオ。今までと違って、ダンジョンを進むのは危険だよ。なんせ通路に魔物がうろうろいるからね」
「え!? そうなの! 魔物がいるのか…」
マジか…。ゲームみたいだ。と、思っていると、白い腕が俺の首を回って、誰かかが耳元で囁いた。
「偶然! もうこれは運命かもね。坊や」
ビックリして横を見るとリンディがいた! 顔が近いって!
驚いたマクレイが立ち上がり剣の柄を握る。
「女! よくもノコノコと!」
「あれ? まだ怒ってるの? 彼氏じゃないんでしょ?」
そう言ってリンディは俺の膝の上に座って来た。マクレイは怒りで震えながらも耐えているようだ。胸元のクルールはリンディを見て気がついたらしく、マクレイの顔に近づいてチュッチュし始めた。
「な!? クルール! やめて! ちょっと!」
わたわたしてクルールから逃げる。リンディがそれを見て爆笑している。ちらっとフィアを見ると、何も見てないふりをしていた…。助けてよフィア…。
「ちょっと、リンディ。重いって。イスに座りなよ」
「ホントこの男はデリカシーがないね。しょうがない」
隣の席へ移る。前の席には真っ赤な顔をしたマクレイがクルールをつかんで座っていた。クルールは満足そう。
「ところで、何でここにいるんだ?」
リンディに聞いてみる。するとめちゃ顔を近づけて見つめ合う形になった。なんでそうなのこの人は。思わず頭を引く。
「あんたら近いんだよ! ぶっ殺すよ!」
マクレイが鬼の形相で言ってきた。もう、何だろうな。リンディはマクレイを無視して、
「あたしもこのダンジョンにあるお宝が目当てなんだ。一緒にどう? こんな美人と行けるなんてラッキーでしょ?」
「アタシは絶対ダメだからね! いいかいナオ!」
マクレイがヒートアップしてきた。さっきからどうしてこうなったのか…。もう少し建設的に行きたいなぁ。せっかく美人に囲まれているのに。
それから、マクレイとリンディの対立をなんとか収めて、一緒に次の日にダンジョンに入ることになった。
一軒しかない宿屋に行き手続きを済ます。部屋数がないので、全員同じ所になった。
マクレイはむっつりしてるし、リンディは何故か俺にちょっかいをかけてくる。クルールは楽しそう…。フィアは道具の手入れをしていて、ロックは宿の裏手で待機していた。
「いつも一人だから、たまにはいいね! こんな感じも」
そう言って一つしかないベッドにリンディは横になった。空いている部分をポンポン叩き、
「ほら! 早く横に来なよ!」
誘ってきた。前に俺も同じ事したぞ。するとマクレイが無言でフィアを抱き上げリンディの横に寝かせた。
フィアはモジモジしている。リンディは驚いているが構わずマクレイもベッドに入った。ああ、リアクションも似ている。思い出すなぁ。少しほのぼのしていたら、
「ナオは床ね!」
無慈悲なマクレイの言葉に、しょうがなく床にクルールと一緒に寝た。




