43 研究所
やがて地面の揺れも収まり、岩の雨もなくなったようだ。
最初は目をつぶっていたが、周りが静かになったので目を開けマクレイに囁いた。
「大丈夫? ケガは無い?」
「ああ、大丈夫だよ。ナオは?」
「ありがと。平気だよ」
マクレイが抱擁を解いて離れた。お互い手を取り合い立ち上がって周りを見る。
あちこちに巨大な岩が落ちていて美しい草原が戦場の跡のようになっており、上空から落ちた岩の部分はちょっとしたクレーターができていた。運が悪かったら潰されていたな…。怖っ! 今度はドーム状にソイルに作ってもらって上からも注意しよう。
クルールは上着の胸元から顔を出し、辺りをキョロキョロ見渡している。フィアとロックを探すとロックがこちらに向かっている所だった。どこも欠けてなく大丈夫なようだ。
フィアは近くで倒れていた。慌ててマクレイと駆けて行く。
「フィア! 大丈夫?」
「ナオヤさン。ダメでス。右足が壊れまシた」
フィアをよく見ると右足が変な方向に曲がっていた。岩でも当たったのだろうか?
とりあえず下に毛布を敷き、フィアを寝かせる。その間にロックが来て荷物を出してきた。
「フィア。荷物を持ってきたけど、直せそうか?」
「わかりまセん。見てみなイと…」
上半身を起こし、壊れた個所を見ている。そして、荷物の中から予備パーツを出して検討しているようだ。
「なにか手伝える事があったら言ってくれ!」
「アタシも手伝うよ!」
いてもいられず俺とマクレイが聞く。
「ありがとうございマす。もう少しお待ちくだサい」
そう言って再び検討しているようだ。
「わかりまシた。が、部品が足りまセん」
フィアが検討の結果を報告してきた。
「それって、どうにかなるの?」
「この割れたパーツを交換できレば、直せるのでスが…」
小さい丸いリングのような部品を見せた。確かに割れていて使い物にならない感じだ。機械には疎いからさっぱりわからん。どうしたらいいんだろう?
「じゃ、帝都に行くのが最善だね。あそこなら魔導人形を製造しているから、目的の部品もあるんじゃないか?」
マクレイが提案してきた。
「確かにそうだね。この大陸では帝都が一番進んでいるんだろ?」
「ああ、間違いないよ」
俺の質問に相槌を打つ。フィアはこちらを見て思案していたようだが決意したらしく、
「あノ、よろしければ帝都に行ってもらっていいでスか?」
「もちろんいいよ! 契約なんていつでもできるし」
「ありがとうございマす。ナオヤさン」
「礼はいいよ。仲間だろ」
マクレイを見ると微笑んでいた。クルールは興味深そうにフィアのパーツを見ている。ロックは周りを警戒しているようだ。
それからフィアをロックの背中に座らせ、近くの街道から帝都を目指すことにした。
草原を抜け街道を行く。馬車も通る道のようで広く歩きやすい。
しばらく歩いていると前の方から鉄の馬車が来た。道を空けて通り過ぎるのを待つ。と、馬車は通り過ぎた所で止まり、中から老人と思わしき人が出てきてこちらに来た。
「おぉーい! ちょっといいかな?」
なかなか足腰が強そうで、足取りがしっかりしている。俺達は立ち止まり来るのを待った。
「何か用ですか?」
近くに来たところで聞く。老人は高そうな身なりをしていて、どこか利発的な雰囲気があった。
「すまんな。そこにいる魔導人形は、あなたの所有物かな? 知り合いが作っていた物に似ているのだが?」
「ああ、今は俺が所有者になってるけど、元の人はもう亡くなったよ」
「なんと! ひょっとして作ったのはバンホール殿ではないか?」
少し興奮気味にじいさんが聞いてきた。さすがにわからないので本人に聞くしかないか。
「えーと、フィア! ちょっといいかな?」
ロックの背中に居るフィアを呼ぶ。ロックがこちらに来て背中を向けると、フィアが腰掛けた格好で現れた。
「なんでしょウか?」
「バンホールって名前の人を知ってる?」
「それはお父様の名前デす…」
老人はそれを聞いて、顎が外れんばかりに驚いている。そして、
「おおお……とうとう完成していたのか! ああ…なんてことだ…」
今度は涙を流しはじめた。
しばらくすると立ち直ったのか俺を見て
「ワシはビスロットと申します。ぜひ我が研究所へ! 詳しい話しはそこでしましょう!」
「わかりました。ところで、ビスロットさんは魔導人形には詳しいんですか?」
「ああ、専門家じゃ。バンホールは我が師匠だ」
そこで俺達も簡単に自己紹介をしてビスロットの研究所へ行くことになった。フィアが直せるといいけど。
街道を外れビスロットの馬車についていく。
俺とマクレイは馬車内に案内されたが、ロックを思って辞退し徒歩にした。
しかし、歩いて行くにつれ少し後悔している。ラクしたかった…。
そうこうしつつ、夕暮れ時に二階建ての黒いシルエットが見えた。馬車はその建物へ真っ直ぐ進む。俺達も遅れてその建物へたどり着いた。
建物は黒い鉄製で丸く出たビスがあちこち錆びて茶色になっている。建設中に増築したのか、二階部分が張り出す奇妙な形をしていた。そして大きな門が開き、馬車が丸々入るガレージを備えていた。俺達が着く前にガレージの門が閉まり、その横にある扉が開いた。
「ナオヤ君達はこちらからじゃ。すまんがロック殿は外にいてくれ」
ビスロットが現れ説明した。マクレイがロックからフィアを降ろし、抱えて建物の中へ入った。その後を俺がついて行く。
建物の中は壁一面に本が並べられ、さまざまな機械類や部品が置いてあった。その中には修理中と思われる魔導人形も何体か混ざっていた。
「とりあえず、ここに座ってくだされ。今、お茶を持ってこさせよう」
そう言ってビスロットが奥へ入っていったが直ぐに出てきた。狭いソファにそれぞれ腰を下ろし座って待つ。マクレイにひっついて座ると何故か威嚇してきた。クルールは興味深そうにあちこちを見て回っている。
やがて魔導人形がお茶を持ってやってきて、それぞれの前へ置かれた。仕事を終えた魔導人形は部屋の隅で待機している。
「どうぞ召し上がりくだされ。夕食は後ほどで」
「すみません。いただきます」
ビスロットにお礼を言って一口つける。マクレイはそれを見てから口をつけた。警戒心が強いなぁ。
皆が落ち着いた所で、ビスロットが口を開いた。
「ところで、失礼を承知で聞きたい。どういった経緯で彼女を所有にいたったかを説明してもらえないだろうか?」
「それについては俺じゃなく、フィアに語ってもらった方が分かりやすいので。いいかな? フィア?」
「はイ。わかりまシた。でハ…」
それからフィアは俺達と出会うまでの事を語った。
“目が覚めた”フィアはバンホールによって創造された事を説明され、“人”としての教育を受けた。しかし、荒野の端にある家には誰も訪れることなく、フィアはその知識を活かすことは無かったようで、料理や掃除を日課として過ごしていた。
やがてバンホールが身体を崩し寝たきりになったが、医学の知識の無いフィアは原因もわからずも当然と受け止めていた。あるときバンホールが口も聞かなくなったのをきっかけに、少しおかしいと思い始めたようだ。やがて姿が変わり、白骨化したがそれも人の一つの形として納得していたようだ。その後、俺達と出会い、父の死とそれまで無かった外への憧れが募り一緒に旅をすることにしたそうだ。話している間、マクレイがフィアに手を重ねて励ましていた。
「なるほど、話してくれてありがとう。師匠は目的を達成し、幸せに逝けてよかった。それにしてもここまで自律的にふるまえるとは、いやはや凄い成果だ…」
感慨耽っているビスロットに質問してみる。
「ところで、フィアの右足が故障してまして、良かったら直してもらえますか?」
「ああ、いいとも! この貴重なフィアさんをこのままにしとくのはもったいない!」
建物の奥にある部屋へ案内され、手術台のような机にフィアを寝かせた。ビスロットは白衣に着替えフィアに聞く。
「今日は診断するだけにしょうか。修理は明日じゃ。いいかなフィアさん」
「はイ。かまいまセん。ありがとうございマす」
ビスロットが壊れた右足を見ている。ブツブツなにか呟いているが聞き取れない。俺とマクレイはその様子を見守っていた。
「なるほど! だいたいわかった。詳しくは明日、分解してからじゃな。それでは夕食にしようか」
「それナら、ワタシにさせてくだサい。せめてものお礼デす」
ビスロットの言葉にフィアが提案してきた。ビスロットは快く受け入れ、フィアの右足を固定し台所へ案内した。食材を確認して料理を始めるフィアを俺達も手伝った。
相変わらず美味い料理が振る舞われ、楽しい夕食の一時を過ごす。ビスロットも久しぶりの賑やかな食卓に満足そうに目を細め、何度も頷いていた。
食後、二階にある寝室の一つに案内され、就寝することになった。その部屋からはちょうどベランダへ出る事ができたので、月明かりに照らされた草原を手すりにもたれてしばらく眺めていた。風が若い草の臭いを運び鼻をくすぐる。
「ナオ?」
振り返るとマクレイがこちらに向かって来た。
「マクレイは寝ないの?」
「フフ。まだ早いよ」
隣でベランダの手すりにもたれかかった。
心地よい夜風が身体を通り抜ける。俺は手すりに腕を組み顎を乗せた。
「マクレイ……」
「なんだい?」
「フィアは幸せかな? また今度みたいになったら俺達じゃどうしょうもないよ…」
すると頭をぐしゃぐしゃにされ、
「もちろん幸せさ。あの子は自分の意志で来てるんだ。何かあれば探すまでさ! 珍しく弱気だね」
「そりゃなるよ。あの落ちてきた岩を上手く防げたはずだ…」
今度は頭をマクレイに向けられた。赤紫色の瞳が夜の灯火のように輝いている。
「何があろうとアタシは幸せだよ。ナオヤ……」
「ま、マクレイ?」
するとクルールが胸元から出てきてマクレイにチュッチュしはじめた…。なんか歓喜まわっている感じだ。
「あああああ、わかったから! クルール! ちょっと!」
逃げるマクレイにクルールが追っかけている。その姿を見てたらずいぶん和んだ。ありがとう。
その後、真っ赤になったマクレイがクルールの可愛さに説教できず、寝室に戻っていった。
満足げなクルールは戻って寝始めた。
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