41 沼地の洞窟
「ナオ、泣いてたけど大丈夫かい?」
ユイカと話し終わって戻るとマクレイが聞いてきた。
「なな、悩みがある、あ、あるなら、あ、ア、アタシがき、き、き」
なぜかワナワナしているマクレイの肩に手をあて、目を覗き込んだ。
「なんか悪いもの食べた? いつもと違うよ?」
真っ赤な耳をしたマクレイの赤紫色の瞳を見ると、みるみる怒りに染まっていく…。何がイケなかったの?
あ、頭をつかまれた!
「アタシは頑張ってたんだよ! ちょっとは努力を見ろ!」
「マクレイ! まるで意味がわかりません!」
あ痛てて…。ギリギリしてる。今回はまるでわからない! 助けて!
「何で怒ってるかわからないよ! マクレイ?」
「ああ、そう?」
「もウ! 二人ともやめてくだサい! 他所の家でスよ!」
今度はフィアに怒られた。後ろにいたユイカは苦笑している。
その後、モドロが戻ってきて長老の話しを伝えた。
この集落の先に洞窟があり、何者かが入り口を封印して入れないようになっているようだ。特に言い伝えも無いので、過去に盗賊が財宝でも隠したかもしれないとの事。集落の者は怪しげな洞窟については知っていたが、気にもしないような感じで、長老もそれ以上の事はわからないとのことだった。
「よし! これで万全! お宝がっぽりだ! ワハハ!」
さっきまで、大人しかったボランが突然、元気になっている。
行き先を確認して出発しようとしたが、モドロに宿泊を勧められお言葉に甘える事にした。
その日は、温かい食事に楽しい一時を過ごした。中でもクルールは人気者でみんなに可愛がられ、真っ赤になった妖精は俺に八つ当たりしてきた。それでもかわいい…。
「では行くか! ご馳走になった!」
翌日、何故かリーダーに戻ったボランが仕切りだして出発する。
集落の入り口までモドロとユイカが見送りにきてくれた。
「達者でな! また遊びに来てくれ!」「マクレイちゃんもがんばってね!」
それぞれ送りの言葉をかける。
「ありがと! 機会があればまた!」
「ユイカ! またいろいろ教えてもらえるのを楽しみにしてるよ!」
「ありがとうございまシた!」
俺達もそれぞれ挨拶し、出発した。
ロックが先頭に再び立ち、背の高い草を倒していく。その後ろにボランが付いて行く先を指示している。
やがて予定通り、封印された洞窟を見つけた。
沼となった部分の真ん中にかまくら状の入り口が見える。あからさまに怪しい感じだ。ボランが近づいて洞窟の入り口を調べているのを俺達は遠巻きに見ている。
「おかしい! 封印が解かれているぞ!」
ボランが叫んだ。しょうがなく近づいて見てみるが何も変わったようには見えない。
「ホントだね。魔力が感じられないねぇ」
マクレイも確認したようだ。クルールが俺の髪の毛をギュッとつかんでいる。怖いのかな?
「しかし考えれば好都合だ! 自分で解かずに済むんだからな! よし! 中へ入るぞ!!」
「え! あからさまに怪しいよね? 行くの?」
声をかけるが、ボランは気にしていないようだ。絶対、先客がいるよね?
「なーに! 大丈夫だ! 行ってみればわかる!」
灯りをロックに持たせボランが中へ入っていく。マクレイとフィアにしょうがないと目配せして俺達も続いて行った。
洞窟の中は暗く、汗ばむほど湿度が高かった。しばらく下りを進み水平になった所で扉があった。
ボランが扉を調べたが仕掛けは全て解除したあったようだ。
「これは、いかんな。もしかしたら先にお宝を取られたかもだ!」
今更、この考えに及んだようだ。洞窟の入り口で気がつくよね? マクレイはクルールと遊んでいた…。フィアは無心のごとく仁王立ちだ。みんな飽きてるな、これは。
扉を開け中へ入ると壁に備え付けてあるランプが灯り人が居ることを伺わせた。警戒しつつ辺りを観察すると、折れたツルハシやテーブルの残骸などが散らばっている部屋の奥に鉄製の扉が見えた。
「たぶんこの奥だな。本命のお宝は!」
「いや、まだ人がいるかもしれないじゃん? ボラン?」
「うむ! そうかも知れないな! 少し警戒しよう! さ! 行くぞ!」
全然警戒せず、鉄の扉を開くボラン。その気楽さ、少し分けてほしい。
扉の先は大きな部屋のようで、壁にはいくつもあるランプが辺りを照らしていた。
奥には大きな棺のようなものがあり、その前に革鎧で身を固め、片目を隠すような髪型の女性が座っているのが見えた。
向こうもこちらに気がついたようだが、沈黙している。
「おおう! お嬢さんどうしたんだ?」
ボランが格好つけながら近づく。すると何かに気がついたのか、
「おや? あなたはあの港町のお嬢さんではないか?」
座っていた女性はハッと顔を上げ、ボランを見るとあからさまに嫌な顔をした。
「あ…こんな所で何をしているのですか?」
手で体を守るように包み聞いてくる。なんか演技し始めたぞ。
「うむ。少しお宝を探してな。ところで、親の病気はどうなったのかな?」
「は! えっ、その…あれだけでは足りなかったので万病にも効くという貴重な薬を探してこの洞窟へ来ました」
「それは大変だな! 偶然にもまた会えたのは運命! 俺も手伝おう! だがお宝は山分けだぞ! ワハハ!」
あからさまな嘘に気づかないボラン…。このままだと骨の髄までしゃぶられるぞ。
「ちょっと! ボラン! こっちへ!」
ボランを呼び寄せる。
「なんだ坊主? 今、運命が開けたところなんだぞ!」
なぜか邪魔扱い。理不尽だ…。そこで面倒くさそうにマクレイが口を開いた。
「ボラン、あんた騙されてるよ。あの女、やり手だよ…」
「なんだとう! そんなはずは無い! あの目を見ろ! なんて清純なんだ…」
これは恋でもしてんのか? このおっさんは。とりあえず説得だ。
「ボラン、よく考えてみなよ。あの巨大ワニの湿地を抜けて、洞窟の封印とか罠を一人で抜けてきたんだよ。普通じゃないだろ?」
「むむむ、確かに。鮮やかに封印を解き、扉の罠も全て無効化している…。すばらしい腕だ!」
めちゃ褒めてる! ダメだこりゃ。しかし、ボランは俺の背中を押しながら話しかけた。
「だが、お前の言うことも一理ある! そこで行って調べてくれ! がんばれよ!」
「ちょっ! なんでー?」
すごい圧力で押されて、革鎧の女の元まで駆け足で行く。振り向くと憤慨しているマクレイがボランに詰め寄っていた。…もう、ほっとこう。
座っている革鎧の女性を見る。すごい美人だこれ。ああ、ボランが騙されたのがわかる。
「今度はどなた?」
「は、初めまして。ナオヤって申します。あなたの名前は?」
ヤバイ、緊張して敬語になってしまった。
「……リンディ。よろしくね、ナオヤ。ところでボランさんに話があるのだけれど?」
「ちょっと確認で俺が来ました」
リンディは髪をかき上げ、隠れていた目を覗かせる。吸い込まれそうな淡い緑色の瞳をしている。
「ふーん、そうなんだ。それで何を確認するの?」
「え? えーと、その革鎧は暑くない?」
しまった! なにも思い浮かばないので目についた事しか言ってない。
「は? ハハッ! 何も考えてないの?」
「ぐっ! そ、そんな事ない!」
「面白いね! 気に入った! ところで、後ろのゴーレムはあなたの従魔?」
いつの間にか後ろに佇んでいるロックを指さす。
「一応そうだけど、ホントは仲間だ」
「ふーん。じゃあ、その子は?」
俺の肩に指先を向けると、肩に乗っていたクルールが慌てて後ろに隠れた。と言うか、いたのね。好奇心旺盛な妖精さん。
「もちろん仲間だ!」
「ホント? あちらの魔導人形は?」
マクレイがボランにまだ詰め寄ってる中、オロオロしてるフィアを指さす。
「決まってるんだろ! 仲間!」
指が少し横にずれる。
「隣のエルフは?」
「そりゃもちろん、大切な人だ!」
しまった! つい、勢いで言ってしまった! リンディの指が止まった。
「もう一度、お願い?」
「な、なな仲間だ!」
ニヤッとされた。なんか顔が熱い。後頭部をクルールがバシバシ叩いている。
「ハハッ!! 良いね! 最後にボランは?」
「えーと、知り合い?」
先程までのしおらしさがまるで嘘のような変化。女優かな。
「まあ、なんとなく分かった。あなた達とは争う気はないから」
「ホント? 俺達もないよ。じゃ、ボランに金を返してやってよ」
「それと、これとは別。騙される方が悪いのさ!」
腕を組んで流し目された。そんな事されても俺は騙されません。
「まあ、いいか。後はボランと好きなだけ語り合ってくれれば俺はいいし。じゃ、目的が何かわかなくなったけど、一旦戻るよ」
そう言ってマクレイ達の方へ戻ろうとすると、
「ま、待って! 実はトラップに掛かって動けないの!」
リンディは隠していた足を見せた。片方の足首には幾重も鉄らしき輪っかが巻き付いていて地面に固定されているようだ。
涙をためたリンディの悲しそうな顔はとても同情を誘う。これでボランもイチコロだったんだな。
「そう言われても俺は何もできないよ?」
屈んで足首に巻き付いている鉄の輪をよく観察しようとして触れると、ボロボロに崩れていった…。あれ?
リンディも目を丸くして驚いている。
「あんた、何者なの? わたしを騙してた?」
「違うって! 俺も知りたいよ!」
解放された足首をしげしげと見て立ち上がったリンディは素早く後ろの棺に移動した。
「ま、ありがと! この貸りはいつか返すよ!」
そう言って腰からハンマーみたいな道具を取り出し棺に振り下ろす。と、
「まて! いかんぞ! 独り占めはさせん!」
ボランが叫んで駆け寄ってくる。が、リンディは既に棺の蓋を粉砕し、中の物を取り出すと素早く俺の後ろに回った。
「ほら、簡単! あなたのおかげよ」
あまりの素早さに動けなかった俺の首に手をかけた。どどどどうしよう。怖えぇ。
すると、いつの間にかマクレイが剣を抜いて立ちはだかっている。
「ナオを離しな。宝なんていらないよ」
低く冷めた声でリンディを威嚇している。本気だ。こっちも怖えぇ。
クルールは後頭部から前のシャツに移動してプルプルして怖がっている。
その姿を見ると何故か癒された。




