4 アルルの町へ
翌朝、何事もなく起床し出発の準備をすました。
マクレイが声をかけてくる。
「準備はできた? それじゃ行くよ!」
「ああ! その前にこれを」
背負い袋からボロ鎌を出し、マクレイに渡す。
「な、に、これ?」
マクレイは鎌を手に取り、マジマジと刃を見る。
「いや、言いたい事はわかる! だが、手持ちの武器はこれしかないんだ。俺よりマクレイの方が役に立ちそうだから……」
「あ!? ああ、そう言う事…。まあ、取り合えず預かっておくよ」
受け取ってもらえたみたいだ。ブンブン振って獲物の具合を確かめている。
それから、俺達は巨石を出て一番近い人の住む場所とのことで、俺が拠点にしていたアルルの町へ出発した。
開けた場所から再び鬱蒼とした森へ入り、暫く歩いているとマクレイが聞いてきた。
「ホント、こっちであってるのかい?」
「ああ、ちゃんと地図もあるよ」
手作り地図の板を背負い袋から取り出して自慢げに見せるとマクレイが驚く。
「え!? 何これ、傷だらけの板?」
頑張って掘った道筋をただのキズと思っているようだ。指で板をなぞっている。
「ちゃうわい! よく見ろ! 一応地図っぽいだろ!」
「プッ! アハハ! 全然見えないよ! アハハハハ!」
マクレイが吹き出し腹抱えて笑ってる…。自信作なのにヒドイ。今度、食べ物に辛い物を入れてヒーヒー言わしたる。
まあ、俺がわかればいいのだ。
しばらく何事もなく進むと巨大猪が落ちた窪みが見えてきた。
「ちょっといいか? この先の窪みを見たいんだけど」
「なんだい? 何かあるの?」
窪みに近づいて見てみると、昨日の巨大猪の骸がまだあった。
後ろからマクレイもそれを確認すると聞いてくる。
「こりゃ、ビックボアだね。ナオが倒したのかい?」
「ああ、偶然だけどね。これって売れないかな?」
「牙と皮は売れるねぇ。どうせアンタは無理だろうから、アタシが取ってきてやるよ!」
マクレイはそう言って軽やかに窪みを下るとビックボアに鎌を突き立てている。あの巨大猪って名前あったのね。それに見透かされているな、俺。
暫くロックと共に周りの様子を警戒しつつ待っていると、剥いだ皮と牙を持ってマクレイが窪みから上がってきた。
「お疲れさん! 助かったよ」
「このボロ鎌はダメだな。あまり綺麗にはいかなかったよ。まあ、十分だけどさ。皮は後処理が必要だけど、町でやればいいか」
そう言いながら剥ぎ取った皮をロックに渡し、受け取ったロックは肩に掛ける。いつの間にか仲良しだな。
少し寄り道をしたが順調に森を抜け、アルルの町へ着いた。水が無くなっていたのでこれ以上は難しかったな。あ、精霊を試すのを忘れた…。
「ここがアルルの町かー。小さいけどいいとこだね」
町に着き周りを見渡したマクレイが感想を述べる。ここは初めて来たらしい。
「そうだな。短い間だったけど、良くしてもらったよ。とりあえず今日は遅いから宿に泊まろう」
「ああ」
この町でいつも使っていた宿に案内する。
「ひぃっ! そのでかいのは何だよ!!」
あ、ロックを忘れてた。宿屋のおばちゃんが驚いて指をプルプルしながらロックを示している。
「すみません。ロックは……護衛? 友達? 知人?」
どう説明すればいいか悩む…。助けを求め、ちらりとマクレイを見たら目を逸らされた。
宿屋のおばちゃんは冷や汗をかきながら、
「どっちでもいいけど、冒険者ギルドで登録してから来ておくれ!」
「わかりましたー」
おばちゃんの言葉に素直に従いギルドに向かう。
ギルドの出入り口はロックが屈んでギリギリ入れる高さだった。三人で中へ入っていくと、ちょうどダイロンがカウンターにいてこちらに気がついたようだ。
「おう! ナオヤ! 無事に戻ってきたか! って、後ろのゴツイのは何だ!?」
「今晩は、ダイロン! なんとか無事です。後ろのはロックって言って登録に来ました」
ビックリしているダイロンに説明する。何の登録かはわからないのでごまかした。
ダイロンは俺の後ろを見てさらに何か気がついたようだが様子がおかしい。
「それに、あんたはひょっとして紅蓮の……ヒッ!! 何でもない!」
ん? マクレイの事かな? 後ろを振り向くとマクレイは天井を見ている。あからさまにごまかしてるな。まぁ、いいいか。
立ち直ったダイロンが汗を腕で拭って向き直る。
「えー、あっと! と、登録だよな。この場合は従魔でいいな。魔物だよな?」
「た、多分…」
なんて言えばいいんだ? わからなさ過ぎる。
「ヴ!」
ロックが声を上げる。「それで大丈夫」って言っているようだ。
「それじゃあ、従魔で登録しとこう。ってか、おたくは意思表示できるんだな。人の言葉もわかるのか…」
「ヴ」
微妙に会話が成立しているな。この後無事登録ができた。登録の証として首輪を付けるようだが、ロックには首がないので、手首に付けることになった。
そして、ビックボアの牙と皮を買い取ってもらい、ダイロンに剣の礼を言って宿屋に戻った。
「ふーっ疲れたー!」
ベッドに倒れ込む。今日は熟睡できそうだ。
「ナオ。ちょっといいか?」
マクレイが部屋のドアに背を預け聞いてきた。ベッドから起き上がり「どうぞ」と頷いた。
「これからどうするんだい? 何かアテでもあるんかい?」
「……どうするか? う~ん、今は何も無いなー。明日、起きたら考えるよ」
「そ、そうか…」
意外そうな顔をして鼻の頭をかいている。
「マクレイはどうするんだ? 送ってもらって助かったけど…」
「フフッ。アタシも明日考えるよ! それじゃお休み。カギは掛けときなよ」
少し口元を緩め、微笑むとマクレイは自分の部屋へと帰っていった。
「おう! お休み」
その姿を見送ってまたベッドに倒れ込んだ。ちなみにロックは宿の中に入れなかったので、裏手で待機してもらっている。
土の精霊主か……。好きにすればいいとは言ってもなー。何も思い浮かばない。
いっそマクレイに全部話すか…? 信用あるかな、俺。そう、つらつら考えていたらいつの間にか寝ていた。カギを閉め忘れて。
『…』
『……』
『………ま……に……す…』
「まただ……」
翌朝、起きた時にまた例の言葉と映像が出て、導かれている感覚が……。ああ、これは行くあてが出来たようだ。
汚れた体を拭こうと服を脱ぐと右腕に何か黒い幾何学的な模様があった。
最初は汚れかと思い濡れた布で拭いたが落ちない…。これは何だろうかなと考えてると、頭に〈それは私との契約の印…〉とソイルの声がした。なるほど、ソイルはその気になれば自由に会話できるの?〈はい…〉。なるほど、困った事があったら頼むよ。〈フフ…お任せください〉
それから身支度を済ませ部屋を出る。宿の入り口付近にマクレイとロックがすでにいたので近づいて声をかける。
「おはよう! 朝食ついでに話があるけどいいかな?」
「おはよう。ああ、いいよ。そこでいいかな?」
そう言って近場の食堂へ向かった。と言っても、この町には食堂は一軒しかないのだが。
ロックはまたも入れないので食堂の入り口で待機中だ。
朝も遅い時間だったので他に客は少なく空いていたが念の為、奥のテーブルで食事をすることにした。




