32 大森林
それから数日、大森林の中を進む。
時々魔物が出たが、マクレイとロックが撃退するので今のところ被害は無い。
水浴びは女性陣全員でフィアの監視の元に行われた。たまにフィアの目が光る時があるので怖い…。
カレンは一応、普通に接してくれている。あの時も偶然の事故とのことで許してくれた。
しばらく進むと石碑が立っている場所に出た。何かの印だろうか?
「ここからは慎重にね。エルフの里のテリトリーに入るよ」
マクレイが石碑に手を置き、エルフ語? か何かを呟く。すると石碑が少し光った気がした。
「よし! じゃ、行くよ!」
美人さんを追って俺達も後をついて行く。心なしか今までの森の雰囲気とは変わったようだ。神聖な感じがする。
日の光が薄い中、時間の感覚が狂ってきそうだ。
どのくらい歩いたかわからないが疲労がピークになってきた。手をつないでいるフィアは相変わらずのペースで歩いている。
「フィア。今、どのくらいかわかる?」
「丁度、お昼を過ぎたところデす」
顔を向けて答えた。そうか。そう言えば、さっきお昼を食べたっけ。
「調子が悪そうでスね? 大丈夫でスか?」
「ああ、ありがとう。なんか時間の感覚がおかしいんだ」
「その感覚はわかりセん。すみまセん。お役に立てズに…」
少し顔を傾け、申し訳けなさそうに言う。う~ん、癒される。謎だ。
「そんな事は無いよ! フィアがいるだけでいいからさ!」
「フフ。ありがとうございマす」
そんなこんなで進んで行き、野営することになった。
「ふぃ~、今日も疲れたー」
速攻、寝転んだ。あー、芝生が気持ちいい。と、影が俺を覆った。
「ナオ! 寝るのは早いよ! 準備しな!」
うちの鬼軍曹が指示を出してきた。いそいそと起き上がり夕暮れの中、野営の準備を手伝った。
ふと視線を感じ、暗がりの森を見る。? 地面には誰もいないが…。マクレイとモルティットがこちらに来た。
「ナオも気がついたかい? 何か来ているね。同族かも」
マクレイが森の影を見ながら囁く。モルティットは頷き補助器を取り出し詠唱を始めた。
後ろを見るとロックがフィアとカレンの側へ行き守っている。
すると、影からスッと人影が離れこちらに来た。明かりに照らされた姿は背の高い豪華な服を着た美男子だった。
「これは、これは! 何かと思えばマクレイディアとモルティット。何故すぐに連絡をしない?」
「ジャワルド…。あんたがここまで来るなんて珍しいねぇ」
マクレイが警戒しながら返答する。モルティットはまだ補助器を上げたままだ。
周囲に人がいるとソイルが警告してきた。いつの間に…。エルフ族って凄いね。と、ジャワルドが続けた。
「しばらく見ないうちにずいぶんと嫌われたようだな。警戒を解け! 周りは包囲している!」
すると辺りから複数のエルフ達が出てきた。皆、美形だ…。くっ、羨ましすぎる!
ジャワルドが近づいてきてコチラを観察している。特にフィアをしげしげ見ている。珍しいのかな?
「しかし、なんとも奇妙な取り合わせだな。どういうつもりか知らないが、取り敢えずついてこい!」
一方的に告げ踵を返した。それを見て俺はアタフタと荷物をまとめだす。周りの仲間も気がついて皆で片づけだした。
ジャワルドは肩越しに振り返り、片眉をあげ立ち止まった。
「……」
何か言いたそうだが、我慢してる感じだ。横目でそれを見ながら片付ける。
途中、マクレイと目が合った。ニッとして作業を続けている。別に嫌がらせじゃないからね? わかってる?
片付け終わったところで、ジャワルドの後についていく。夜が明ける頃に開けた場所に出た。そこにはすでに何人かのエルフが待っているようだ。
ジャワルドは待機していたエルフ達の所へ行くと、その中から一人の身なりの良い服を着た美形だが少し中年にさしかかったエルフの男性が出てきた。俺達の前で止まる。マクレイを見ているようだ。
俺の隣にいたマクレイが息を飲んでいる。ひとしきり観察していたエルフの男が口を開く、
「私はエルフの里の長、マクフェムディク。我が娘マクレイディアよ。なぜ“楔”が切れたのだ?」
え? マジですか? なんてこったい、挨拶に行く手間が省けた!
「父上…それ」
「お義父さん! 初めまして、田崎直也と申します! ぜひ娘さんとけ、ごふっ!」
マクレイを遮って、お義父さんに挨拶をし始めたが美人さんに両手で口を塞がれ、メチャ恐ろしい顔を近づけ小声で囁いた。
「ナオ! それ以上言ったらブチ殺すよ!」
あっけにとられているマクフェムディクにマクレイは向き直る。ちらりと後ろを見ると口に手を当てて肩を震わせているモルティットに固まっているフィア、口を開けてびっくりしているカレンと不動のロックがいた。タイミング間違えた?
「ち、父上、それには訳があります!」
畏まったマクレイが跪き語ろうとしたところで、
「フン! 言い訳なら聞かぬ。そこの人族と何かあったのか? だが己の役割を放棄するとは何事だ?」
「それは違います! 父上! や、役割は果たせませんでしたが…」
唇をかみしめマクレイは言いよどむ。その時、モルティットが前に出た。
「私からもお話しがあります。長よ」
「モルティットか。娘の生死を確認するはずがこの様とは! 里一番の使い手が聞いてあきれるぞ!」
何故か憤慨している。もう、事情がさっぱりわからん。誰か教えて!
相手の怒りにも動じず、モルティットはからかうような口調で言葉を放った。
「それは、この人族が“契約者”だからです!」
「な、なんだと!」
突然、周りが騒然となった。あちこちで話し声が聞こえる。時に指をさされた。さらにモルティットは続ける。
「この者はすでに三柱の精霊主様との契約を完了しております! それでもこの者を殺めますか?」
「そんな話しは聞いた事が無い! もっとましな嘘をつくべきだな!」
俺を指さしマクフェムディクは声を荒げる。モルティットは俺を見て、
「ナオ。上着を脱いで」
そう言ってきた。
「いや、恥ずかしいでしょ?」
「ホントにもう! いいから脱いで!」
おずおず答えたら、モルティットに無理やり上着を脱がされる。と、また周りが騒然とした。
「どうですか! これを見て同じことが言えますか? それにこの者からは魔力を感じないでしょ?」
今、俺の両腕と片方の肩には精霊主との契約の際にできた模様がある。それを見たマクフェムディクは驚愕している。
モルティットはさらに追い打ちをかけた。
「この“大森林”には導きによって来ました。この地にいる精霊主様との契約のためです!」
「な、なんだと! ここに精霊主様がいるのか!」
目を見開きマクフェムディクがさらに驚いている。さっきから驚きっぱなしだな。顎が外れるんじゃないか?
マクレイは立ち上がって俺に囁く。
「ゴメンよナオ。後で詳しく話すよ」
マクフェムディクは無言で後ろにいるエルフ達の元に戻り、ヒソヒソと話し始めた。
長とエルフ達は集まって協議しているようだ。やがでジャワルドがこちらへ来て、
「“契約者”その同行者として、しばしの滞在を許可しよう。マクレイディアとモルティットの処遇は協議してからだ」
そう言うと向きを変え戻ろうとする。と、慌てたカレンがジャワルドに駆け寄った。
「ま、まってください。私はゲルンの村の者です! これを!」
懐から手紙らしき物を差し出すとジャワルドは無言で受け取り、そのまま立ち去る。入れ替わりに案内役の者が来てエルフの里に案内された。
さすがに徹夜なので眠い。隠された道を進み続け、やがて自然と一体化した建物群が見えてきた。これがエルフの里だろうか。
その中にある建物の一つに案内され、中で休むように指示された。
「俺はもうダメ! 眠いっ!」
建物の一室に複数あったベッドの一つに倒れこんだ。皆それぞれ空いたベッドに腰を下ろす。
「フフ。そうだね。とりあえずは休もうかね」
マクレイも隣のベッドに横になり俺を見つめる。
今日はやけにドキドキするな。お義父さんに会ったからだろうか? 果たして挨拶に行ける時間はあるのだろうか? その辺りで記憶が途切れた。




