30 追跡
あの後、モルティットは動けないのでロックが抱えて移動することになった。
俺の顔の腫れもずいぶん引いてきた。マクレイが原因でマクレイが治す……。うーん、哲学的だ。
フィアも周囲を警戒しつつ、ロニーの案内で再びゲルンの村へ向かった。
村に着くとロニーが村長宅へ報告へ行った。その間、マクレイの服と鎧を洗い、モルティットの回復に努めた。
しばらくすると村長がロニーと若い女性を連れ立ってやってきた。なんか嫌な気がする。
「これは皆さま! この程はありがとうございました。こんなにも早いとは! ロニーの話しを聞かなければ疑っていたところでした」
「いえ、こちらには強力な魔法使いと優れた剣士がいますから…」
後ろを振り向く。モルティットは座るまで回復していてマクレイとフィアはその側にいる。皆、俺に気づくとサムズアップしてきた。なんだこれ?
「こちらは少ないですがお礼です」
村長から硬貨の入った袋を受け取った。ズッシリしている。いいのかな? そして村長が女性を前に立たせたて、おずおずと口を開いた。
「それと…これは孫娘のカレンです。できれば、大森林のエルフ様のところへ連れて行ってもらえないだろうか?」
「あー。それぐらいだったら構いませんが…」
村長は嬉しそうにしているが、カレンと呼ばれた娘は複雑な表情を見せた。ロニーの話しにあった娘だなと観察する。確かに人目を引く美人さんだ。と、目が合ったがなんとなく威嚇されている感じがした。
「それはよかった! ぜひお願いいたします。ほら、カレンもお礼を」
「…ありがとうございます…」
しぶしぶお礼を言われた。まあ、サリーとかを相手にするよりは楽そうだね。
とりあえず領主様の件もあるので、モルティットの回復を待って村を早く出る事になった。カレンの紹介はその間に済ませた。
「ごめん、皆。足を引っ張ったね。もう大丈夫!」
モルティットは回復したようで、ちゃんと自立している。だがまだ疲労は残っていそうだ。
「アタシこそ悪かったよ。無理させたね」
マクレイもすまなそうに謝る。
「俺もだゴメンね」
「ワタシもしっかりしてレば」
「ヴ」
何故かみんなが反省。カレンがちょっと呆れている。荷物はリュック一つのようだ。一応、確認しておく。
「カレンさんは準備はどうですか?」
「特に荷物もありませんので大丈夫です。あと、普通に接してください」
「んー。わかった。それじゃ、皆! 行くか!」
それから村長とロニーに別れを告げ村から出発して先を進む。
また人数が増えたが、なんか女性ばっかりな気がする。カレンはマクレイとフィアと共に話しながら歩いている。モルティットは心配なのでロックが抱えている。
草原に出るとマクレイの案内で大森林に向かって歩いている。マクレイに何が起きたかわからないが案内役をかって出て先導している。俺は皆の後をプラプラ歩いていた。
「あら? 寂しいのかな? ナオ?」
モルティットが話しかけてきた。
「いや、まだそんなに歩いてないから!」
「そう? 私は寂しいから話そ?」
なんだ? マクレイといいモルティットといい、なんかゴブリン退治後から変だぞ。
「話すって、何もないよ?」
「あら? ホント? 色々あるでしょ? 私がナオを好きになったとか?」
「え? えぇー!! 何で? いきなり!」
「ふふっ! ホント面白い!」
「あ? 嘘だ! からかわれた!?」
モルティットが口に手を当てて笑っている。やられた。
前を歩いてたマクレイが振り返って睨んできた。怖いけど意味がわからない。
と、ソイルから警告が頭に響いた。
「マクレイ! 何かが向かって来てる!」
マクレイに向かって叫ぶ。気がついたようで立ち止まった。追って合流する。すると遠くから規則的な音が聞こえてきた。
「ナオ。あれは昨日の文官だねぇ。多分、帰らずに待ってたんだよ」
マクレイが音のする方を見ながら話す。
「私、怖い…」
カレンが怯え、マクレイの袖をつかむ。そっと手をとりカレンを後ろに隠す美人さん。行動は男前だ。
「見えてきた! 早いな! さすが馬だ!」
感想を漏らすとマクレイが指示してきた。
「カレンはロックの側にいて」
「あ、はい」
カレンがロックの方に移動する。こうして見るとロックがモテモテ。つぶらな瞳で美女を抱え、横にはまた美人…。アホな事考えてたらロックに睨まれた気がした。
「ナオ! ボーっとしてない! もう近いよ」
「あ、ごめん」
マクレイに注意される。
警戒して待っていると騎馬が近くまでやってきた。やはり、あの文官達のようだ。
近づいた文官はこちらを見渡し言葉をかけた。
「ほお…魔導人形目当てで来てみれば、例の女も一緒とは好都合だ」
なぜ上から目線かわからないが、ずいぶん余裕そうだ。
「何か用かい?」
マクレイが相変わらずのケンカ腰で聞く。文官はニヤリと笑って、
「なに、大人しくその女と魔導人形を渡せば用はなくなる。揉め事はお互いよくないだろう。こちらは数は少ないが、かなりの手練れを連れているし、領主様と事を構えたくないだろう“大森林”のエルフよ」
「知ってるなら、マズいんじゃないのかい? エルフとやりあうのは?」
「ハッハ! 誰もいなければ問題にはならんよ!」
文官は高圧的な対応をしている。どうすればいいんだ? ふとフィアを見る。彼女は俺を見て頷いている。ホントにいいの? フィア……。
「わかった…。他の者には手を出さないでくれ」
「ナオ?」
マクレイを手で制す。フィアが自ら前へ進み出た。カレンは絶望的な表情をこちらに向けて続いた。ゴメン。
「ほぉー。良くわかっているな小僧。どうやらお前がリーダーだな。ま、今回の事は不問にしてやる。よし! 回収したら帰るぞ!」
文官の後ろに控えていた部下がフィアとカレンを馬上に持ち上げ、連れ去っていく……。
「どういう事だい? ナオ。わざとだね?」
「ああ。さっ! 追いかけよう!」
マクレイが聞いてきた。信頼感が上がった気がする。ありがとう美人さん。
「ふふっ。ホント面白い。きっと私のせいね。大人しくしたのは」
「違うから!」
ロックに抱えられているモルティットが続けた。
考えが上手くいけばいいけど早く追いかけないと! 俺達は走り出した。
騎馬を追いかけ一日、姿は見えないがソイルの地面レーダーで相手を捉えている。距離で言うと五、六キロぐらい向こうが先行していた。馬だから当たり前か。
今はマクレイの背中にいる。前にケガした時以来だ。赤茶色の髪と耳を見ると思い出す。
体力が無い俺は一日の後半でへばって彼女の世話になっている。おっと、向こうが止まったようだ。今日はもう移動しないな。マクレイにそっと囁く。
「騎馬が止まった。こちらも休もう」
「ホントかい? 流石にくたびれてきたよ」
そう言ってマクレイは止まって、俺を降ろす。
「ゴメン。足手まといで」
「気にしてないよ。ナオが体力無いの知ってるからね!」
そう言って腰を下ろした。優しさに泣きそう……。
「あら? 休憩なのね。じゃ、私が見張ってるね。二人は休んで」
モルティットはロックから降りてこちらに来る。
「悪い少し休ませて」
そう言って寝転がる。マクレイもぐったり横になったようだ。それからしばらくして出発した。
次の日の夜中に文官達が戻った町らしき都市にたどり着いた。かなり疲労はあるが、少し休みこれからの計画を練る。
町から少し離れた全体が見渡せる丘の地面に手をつき、ソイルによる振動センサーで感知する。
……いた。フィアの独特な振動が伝わる。その近くを歩いているのはカレンかな?
場所は…この町一番の大きな屋敷の地下みたいだ。起き上がって見てみる。壁で囲まれた町の中にさらに壁で囲まれている大きな屋敷があった。ここだな。振り返って仲間を見る。
「モルティットはここで何かあったら援護して、ロックはモルティットを守ってくれ。マクレイは俺と救出をお願い」
「わかったよ」
「あら? そうなの?」
「ヴ」
モルティットとロックを置いてマクレイと共に町の外壁へ近づく。少しふらついたがマクレイが支えてくれた。
目的地に着き、地面に手を当て確認してからマクレイを見ると赤紫色の目が俺を見つめる。
「マクレイ。いつも心配してもらって悪いけど、これからは俺も前に出るから」
「ああ、そうだと思った。“契約者”は自由だからね」
微笑んで言われた。信頼されている目をされると恥ずかしくなってきて、思わず逸らしてしまった。
それじゃ、始めますか!




