29 ゲルンの村
おっさんが近づいて来る。すごい形相だ!
モルティットが魔法を行使したようで氷の刃が下からゴブリン達を次々と串刺しにしている。おっさんは荒く息をあえぎながらこちらに倒れこむようにしてゴールしたようだ。って、ここがゴール?
「はあ、はあ、はあ。た、助かった~」
「大丈夫かい?」
マクレイが声をかける。顔を上げたおっさんは美人二人を見てびっくりしている。
「あ、あんた達は大森林のエルフ様か?」
「まあ、そうかもね」
「こんな所で会えるなんて、なんて幸運なんだ。ぜひ、村を助けてください!」
マクレイが俺を見る。え? 俺なの?
「何かあったの?」
しょうがないので声をかける。おっさんは怪訝な顔で聞いてきた。
「あんたは? エルフ様のお付きの人か?」
「そんな感じだ。って痛て!」
マクレイに小突かれた。全てのゴブリンを退治したモルティットもこちらに来る。
それを見ながらおっさんが話しを続ける。
「まあ、いいか。村が今、大変なんだ。ぜひ力を貸してほしい!」
「いきなり見ず知らずの人に頼むなんて危なくない?」
「大森林のエルフ様なら大丈夫だ。俺らが昔、助けてもらった事がある」
昔って、あんまり知らないんじゃないの?
おっさんはロミーと名乗って村の説明をした。この村の近くを流れる川が最近、干上がって農作物や生活に支障が出ているらしい。そこで領主様へ陳情に行ったが、まともに取り合ってもらえず背中を丸めて帰ってきたそうだ。そこで村の有志が原因の川を調べに行くと川上の途中で領主の兵隊が駐屯していて、それ以上は進めなかったそうだ。
うーん。これじゃ助けるも何もないし。
「そこまでするってのは、なにか原因があるんじゃないのかい?」
マクレイがもっともな質問をした。
「そ、それが…。村長の娘を領主様が見初めたらしくて、さんざん要求してたようで…。ずっと断ってたら今の惨状に…」
ロミーはなんともバツの悪そうな感じで話した。ますます助けるもないもんだ。
「うーん。これはどうしょうもないなぁー」
素直な感想を漏らす。これは何やっても揉める案件だ。
村人に加勢して領主を何とかしてもいいが、その後を考えると果てしない戦いが待ってる気がするし、娘をやればとか言った日には村人に恨まれそうだ。
悩んでいるとロミーが提案してくる。
「な、なら、せめて近くにあるゴブリンの集落を潰してくれないか? 最近、川が干上がったと同時に何故か集落が出来て困ってるんだ。さっきも襲われて逃げてたんだ…」
マクレイとモルティットが俺を見る。え? 俺が決めるの?
「えーと、じゃあ、ゴブリン退治をがんばります」
「え!? 本当か? ありがたい!」
ロミーは少しホッとしたようだ。マクレイが確認してきた。
「ナオ。いいのかい?」
「これぐらいなら、ね」
「それじゃ、ナオは手を出さないで」
「え? 意味わからん」
横からモルティットが出てきて、
「誰かさんは心配なんだよね?」
ウインクしてマクレイを見た。マクレイは面食らっている。
「フン! 勝手にしな!」
マクレイがズンズン行ってしまった。場所知らないよね? モルティットはニヤニヤしてるし。フィアはオロオロしてる。
その後、一旦村に案内するとの事でロミーについて行った。
村は半日移動した所にあった。日も傾き真っ赤な夕焼けが村に黒い影を落としている。
「こちらです。ここが俺たちの村、ゲルンです」
ロミーが指さす。思ったよりも小さい村のようで、十数軒の家が並ぶだけの素朴な感じだ。村の中央にある広場らしき場所に行くと馬に乗った身分の高そうな男が何人かいて、丁度交渉中のようだった。
俺達が近づくと気がついたらしく、双方ともこちらを注目している。ロミーが走って村長らしき人のところへ行き事情を説明しているようだ。馬が一頭こちらにやってきた。
「旅人のようだがこの村になんのようだ?」
上品な服を着たキザったらしい男が聞いてきた。
「なんでもいいだろ? 何か困るのかい?」
マクレイが挑発してる。なんかヤバ目な雰囲気だ。騎乗の男はこちらを一通り眺め。
「大森林のエルフか…。それと珍しい形の魔導人形だな。フン! まあ、いいだろう。この村を早々に立ち去るがいい。次は無いと思え!」
そう言って踵をかえして仲間の所へ行き、二、三話して村を去っていく。
騎馬の後ろ姿が小さくなるのを確認してロミーと村長らしきお爺さんがこちらへ来た。
「エルフ様、旅人の方、先ほどは失礼いたしました。ワシはこの村の村長のジェルマと申します。ここではなんですからワシの家にどうぞ」
連れられて村長宅へ行き居間に落ち着く。それぞれ自己紹介をしてお婆さんからお茶をいただき、ロミーがジェルマに事情を話す。一通り聞き終わった村長が口を開いた。
「話しは今、聞きました。ゴブリン退治は大変ありがたい。近頃、村人に犠牲も出てしまったんで、領主様にまた陳情に行こうとしたところ、先ほどみられた文官様が来られて再三の要求を受けたところでした。あなた方が来てくれたので今日のところは有耶無耶になり助かりましたが…」
「えーと、申し訳ありませんが、あまり立ち入ると自分達もちょっと。だけど、ゴブリンに関しては任せてください」
頭を下げて言った。村長は手を振って否定し、
「そんな事はありません。関係の無いあなた方にゴブリンを退治してもうらだけで十分、助かります。それにエルフ様が来られるだけでも喜ばしい…」
エルフってそんなに偉いのか? マクレイを見てるとそんな感じはしないけどなぁ。と、マクレイと目が合った。ちょっと睨まれた。
一泊して次の日の朝、ゴブリン退治に出発した。案内はロミーが買って出てくれた。
村から出て一時ほど草が覆い茂った所を通った先に目的の集落があった。意外と近くにありビックリしたが、ロミーはそうでもないようだ。
「さて、ナオはどうするかな?」
ゴブリンの集落が見渡せる茂みの中でモルティットが聞いてきた。うーん、と言われてもなぁ。考えていたらマクレイが口を出してきた。
「ナオは見てな。モルティットが集落の周りを固めてアタシが打って出るよ。ロックとフィアは補助して。それでいいだろ?」
え? もう決めたの? モルティットが確認してくる。
「あら? それでいいかな? “英雄”さん?」
「その呼び名はやめて! 皆が良ければ反対しないけど、いいの? 俺は何もしなくて?」
マクレイを見る。目が真剣だ。これは何言っても無理だな、きっと。
「はぁ。わかたよ。ロミーさんと一緒に見てるよ」
「良かった。そうしてくれると嬉しいね」
美人さんが微笑んだ。モルティットはニヤニヤしてる。なんか恥ずかし。
それから準備をしてマクレイとロックは集落に近づくため移動していった。
モルティットは広域魔法のため見晴らしの良いこの場所でいいみたいだ。狙撃にも適しているのでフィアもいる。…これを見越して提案したのかマクレイ? なんかズルいぞ。
やがてモルティットの準備ができたようだ。上から見ているとマクレイとロックの行動もよくわかる。マクレイがこちらから見て正面で、ロックが奥にある集落の背後に向かうようだ。それぞれが移動も終わったころ、マクレイが振り向いてこちらを見た。いよいよ始まる。
モルティットが魔法を発動させ、集落の周囲に氷の壁が突如出現させた。決して小さな集落ではないが取り囲むように壁がそそり立っている。魔法についてはよくわからないが、きっとモルティットは上位の魔法使いだと感じた。
家の外にいたゴブリンは突然の事に混乱しているようだ。そこにマクレイが突撃し、次々と屠っていく。集落の奥にはロックがいて、こちらも近寄るゴブリンを次々に殴り倒している。相手に切り込みながらマクレイは魔法を発動させ、集落の家に火を点けている。確かに一人でもできるかもしれないが、心配だ。
額に汗をにじませながらモルティットがこちらを見る。
「ナオの前じゃ猫を被ってるけど、これが本当のマクレイディアなの。どう?」
「どう? って、心配だよ」
「はぁ~。なんなの? もう少しビックリするかと思った」
少しガッカリしているモルティットに
「そんなに短い付き合いじゃないからね」
と、苦笑いで返事をしておく。
時折、金属音が聞こえるのはフィアが狙い打ちしているためだ。大きいサイズのゴブリンを次々と狙撃していく。なんか恐ろしいほど狙いが正確だね。さらに装填も素早い。
「こ、これは凄い! あなた方にお頼みして良かった…」
口を開け見ていたロニーが感想を漏らす。まあ、逆の立場だったらそうかも。
集落は焼けた家からもゴブリンが出てきてマクレイに集中しだす。ロックも相手を倒しながらマクレイに近づいているようだ。しだいにモルティットの顔が険しくなってきた。
「そろそろ限界かも。もう少しで決着がつけばいいけど……」
「大丈夫か!? フィア。ちょっとモルティットを!」
慌ててモルティットの隣に行くとフィアも駆けつけてくる。モルティットが限界らしく、片膝をついた。
「ゴメン。魔法が切れた……」
「ありがとう、休んで。ソイル!」
フィアと二人でモルティットを介抱し、精霊主を使役する。今まであった氷壁の代わりに高い岩壁を出現させる。
モルティットは疲れ切っていて自力で立てなかったので、俺の上着の上に寝かせた。フィアに看病してもらって下の集落の状況を確認する。
「ナオーーー!!」
あ、マクレイが叫んでる。これは完全に怒ってますね。後で怖い。
集落は完全に焼け落ち、残存のゴブリンをマクレイとロックが処理をしている。大丈夫かな? 二人が見えない所にいるゴブリンを地中に埋めていった。
しばらくして沈黙が集落を覆う。マクレイとロック以外、立っているものはいないようだ。ソイルに壁を解除してもらった。
無事討伐を終え、殺気と共にマクレイがロックを伴って戻ってきた。怖えぇ。どうしよう? どうしようもない。
ズンズン俺の前に来たマクレイは返り血を浴びた格好で俺を睨んでいる。掛ける言葉が無い……。
「アタシは怒ってんだよ、ナオ。わかってる?」
「ゴメン」
って、高速ビンタで吹っ飛んだ! 地面に落ちる! 痛いってもんじゃねー。顔がなくなったかと思った。
「マ、まってくだサい! ナオヤさンは悪くないんデす!」
フィアが間に立ち弁護してくれている。あぁ、良い子だなぁ。モルティットも半身を起こし、
「マクレイディア! 私が原因なの! 途中で魔力切れになって、ナオが補助してくれたの!」
二人の言葉に戸惑っているようだ。
「え? でも……」
「ナオはあんたとの約束を守って心配でも見守ってたの! 少しはわかってやって! 頑固者!」
「……」
モルティットは言い切って、また横になった。フィアはオロオロしてる。
なんか顔半分が熱くなってきた。皮が厚くなったみたいだ。今、横たわっている場所からマクレイの様子がわからないが立ちつくしているようだ。
足音が近づいてくる…。ふと体が浮く。と、マクレイに立ち上がらせてもらっていた。
マクレイは恥ずかしそうにしていて伏し目がちに聞いてくる。
「……痛かったかい?」
「はひゅへほひゅもひゅひゃ」
なんだこれ? 口が上手く開かないし言葉にならない! なんかジンジンしてきた。
「プ。ごめんよ、早合点して。何でこういう時はいつもみたいに言い訳しないんだい?」
「ひゃっふへ」
「ああ、もう。何言ってるかわからないよ。治すから目をつぶってな!」
「はひぃ」
目をつぶる必要があるのかわからないが言う通りにする。なんか熱い所に手が添えられている気がする。顔の感覚がオカシイからよくわからん。でも、なんだか暖かなものが流れてきている。これが魔法なのか?
「ほら! 目を開けなよ。しばらく腫れてるけど、大丈夫だよ。ナオ」
「はひはひょう」
「フフッ。ホント緊張感が無くなるね!」
笑いながらマクレイは離れた。はー、死ぬかと思った。
周りを見るとモルティットは目を丸くしてるし、フィアはまだオロオロ中、ロックは佇んでいた。何が起きたんだ。
「あのー。終わったんなら、そろそろ帰りませんか?」
すっかり忘れてたロニーがおずおずと出てきて、一言述べた。




