22 殲滅
「ナオ! 朝だよー!」
は! 目が覚めた! ってか、サリー?
「えぇ!? なんでいるんだよ!」
跳ね起きて目の前のサリーを見る。めちゃキラキラしてる目で見つめられる。やめて! 眩しい!
「へへっ。来ちゃった」
「“来ちゃった”じゃねえよ! どうしてここに来たんだ?」
「この宿、あたしの家のお店の一つなの。だから少し融通がきくんだ」
融通どころじゃないし、勝手に鍵開けてきてるし。サリーはニコニコしている。
起きてすぐにこんなことになるなんて…。もうダメ、早く終わらせよう。
「サリー、ちょっとここに来なさい」
「もういるじゃん」
「…そうだね。じゃあ、まじめな話をするよ」
サリーをベッドに座らせ、俺もちゃんと腰かけて対峙する。
期待されている目をされるが、ゴメンね。これから傷つけるかも。
「いいかサリー、俺はマクレイがめっちゃ好きなんだ。それ以外の人はそういう目で見れない…」
「え!? え?」
微動だにせず固まっている。が、事情が呑み込めたらしく、サリーの顔がみるみる赤くなって涙が溢れてきた。
「ゴメン、サリー。気持は嬉しいけど、無理だ」
「な、ナオは何言ってるの! べ、別に好きとかじゃないからー! うぅぅ!」
とか言って号泣しだした。…どうすればいいの? 二人きりだし。と、サリーが抱きついてきた。もう、しょうがないなぁ。
朝からの修羅場。そして、これから魔物退治って何なの? 今日は?
しばらくして落ち着いてきたようで体を離した。
「別にナオの事、好きじゃないもん……」
「わかったから涙拭けよ。ほら、これ」
毛布を渡す。サリーは受け取ってグシグシ涙を拭いている。そこに足音が近づいてきて、
「ナオ! あいかわらず遅いね! そろそろ出かける……ぞ?」
と、マクレイが勢いよくドアを開けて入ってくるとこちらを見て固まった。あれだ、さらに修羅場。
「あんた、サリーに何かしたのかい?」
笑顔が一転、鬼の形相。すげー威圧でこちらに来た。怖えぇ! すげー怖えぇ!
「い、いや、マクレイ! 俺は何もしてない! ホントだ!」
「ああ? じゃあなんでサリーが目を真っ赤にして泣いてんだよ!!」
胸倉を掴まれて天井まで持ち上げられた。あ、ああ、これは本気で怒ってる。もうダメかも。
すると、サリーがマクレイの腰に抱きつき、
「違うの! ナオは悪くないよ! ナオはあたしじゃなくてマクレイが好きなんだって! だからやめて!」
いやー!! この状態でさらりと言わないで! これだから子供は怖い! その言葉にマクレイが固まった。
「あたしまだ自分から言ってなくて、それで、先に言われて、気づかれてて、それで、それで」
「わかったよサリー。離れてくれないとナオを降ろせないよ」
「あっ! ごめんなさい」
パッとサリーが離れた。俺はもう呼吸が辛い…。もう少ししたら天国が見えるかも。
と、マクレイが静かに俺を降ろして言った。
「ナオ。もうちょっとあるんじゃないかい?」
「ゴメン。そうかもしれないけど、早めがいいと思って」
「フン! ま、らしいけどね」
そう言うとマクレイは屈んでサリーに向き合う。
「……アタシはコイツがまだ好きってわけじゃないし、想う分には本人の勝手だ。振り向いてほしかったら、とびきりのイイ女になって見返してみなよ、サリー」
サリーの両肩に手を置き、目を見て語る。美人さんは男前ですね。その言葉にサリーはみるみる笑顔になり、
「うん! あたし頑張る! 今日は外に出るんでしょ。夕方戻る頃にまた会おうね! じゃあね! ナオ!」
ニコニコ手を振って部屋を出て行った…。いや、これじゃ何も変わってないじゃん? 二人残された部屋でマクレイを見る。
「……それでいいのか? マクレイ?」
「ああ、かまわないさ。それに覚悟したらいいよ、アタシが惚れたら大変だよ?」
もうすでに大変なんですけど。これ以上、何があるっていうの?
それから支度をして宿を出た。外ではフィアとロックが待っていたが、フィアはどうも事情を知っているらしく、アタフタしていた。聞いてたのかしら? めちゃ恥ずかしい……。
マクレイが先導して魔物を監視してるグループがいる場所まで移動した。
今日もこの村に泊まるので荷物は宿屋に預けてある。朝の騒ぎでグッタリ中の俺はトボトボと後を歩いていた。隣にフィアが並んできた。
「朝は大変でしタね。でもマクレイさンをわかってくだサい」
「ああ、ホント大変だった。今日はもう寝たい…」
泣き言をいうと、フィアが手を握ってくる。
「フフ。みんなナオヤさんが好きなんでスよ」
「ありがたいけど、なかなか大変だよ…」
「そこ! 話してないで行くよ!」
マクレイが声をあげる。耳がピクピクしてるぞ。
そんな事をしていると、前方に人影が見えた。あれが先行していたグループだろう。向こうも気がついたようで、代表と思われる三〇代ぐらいの恰幅のいい男が出てきた。
「おう! あんた達か、助っ人ってのは? 待ってたぜ!」
「そうだよ。もう魔物の居場所はわかったのかい?」
と、相手が返事をするマクレイをまじまじと観察して目を見開いている。
「お前、まさか、ぐ、“紅蓮の刃”?」
手をプルプルしてマクレイを指していた。薄々気がついてたけどマクレイって有名だよね。
「プッ!」
「それ以上言ったらブチのめす!」
めちゃ怖い顔で睨まれた。ちょっと吹き出しただけなのに……。
男は俺達のやりとりを見て少し引いている。
「そ、そうか。あんたが来てくれたんじゃ怖いものなしだな! 後ろの奴らは仲間か? 一匹狼って聞いてたけど違うんだな」
「まあね。最近の話だよ」
視線を俺達に移した男は値踏みするような目線を送る。
「ま、ゴーレムと魔導人形にさえない坊主か…。ずいぶんな趣味だな」
「そう言っているのも今のうちだよ。あんたらなんかより遥かに強いよ」
えぇ!? なんで喧嘩腰なんだこの人達。もうチャチャっとやって帰ろう!
「へ~、そうか? じゃ、お手並み拝見とするか! こっちだ。やつらがいるのは」
そう言って男に案内されたのは、ちょっとした森の中だった。
「あいつらは鼻がいいんで風下から行かないとマズいからな、そろそろだ。声を立てるなよ」
そこには四~五人の武装した人間が草陰を利用して隠れていた。近づき状況を確認する。
茂みの先にはちょっとした開けた空間があり、そこに藁で作られた簡単な縦穴式住居のような家が複数並んでいて、その間を犬型人間が歩いていた。
「あれはコボルトだよ。素早いから気をつけな」
マクレイが横で囁いて教えてくれる。
「よし、いいか? 奴らは先ほど狩りから帰って来たところだ。この場所から離れたやつはいない。俺たちは左右に分かれて襲うから、お前達はここから襲撃してくれ」
代表が囁いて指示を出す。それって俺ら囮だよね。と、言いたいところだが、円滑な人間関係のため沈黙で応えた。
「それじゃ、お前達が飛び出して相手を引き付けたら、俺達が周りを抑えるからよろしくな。移動するぞ」
言うのが早いか素早く先行グループが動き始めた。
「やれやれ、美味しいところをかっさらうつもりだねぇ」
呆れたマクレイがため息をついている。
「マクレイ大丈夫? 結構な数がいるよ?」
「まあ、なんとかなるんじゃないの?」
なんて楽観視。ホント大丈夫? もうビビってるんだけど、俺。フィアの方に向き目を見つめる。
「フィア。危ないときは逃げるんだぞ?」
「ありがとうございマす。ですがそんな事はしまセん」
まったく動じず、魔導銃を取り出しながらフィアは答えた。
「えぇ? 頼むよ、ホント!」
「どちらにしテも、ナオヤさンがいないと生きてはいけませんカら」
「そんな…。他にも方法はあるだろ? 一緒に見つけようよ?」
フィアを見つめる。ガラスか宝石の目に俺が映っている。こういう時、表情が読めないのはつらい……。
「ほら、その話は宿に帰ってからにしなよ。ホント、ナオといると緊張感がないね」
剣を抜きつつマクレイが囁く。そして、
「あいつらも位置についたろうから、行くよ!」
おもむろに草陰から出て魔物達に向かっていく。俺も後を追い指示を出す。
「ロックはみんなを守ってくれ! フィアはロックと一緒に。武器が強力だから大物狙いで、弾切れには気を付けて!」
「ヴ!」
「はイ!」
コボルトも気がついたようで、遠吠えを発しながら何匹も向かってきた。家からもゾロゾロと出てくる。ちょっと多くね? 魔物は群れとなり、一群になって襲って来た! 速い!
最初の一群とマクレイが衝突した。素早い動きで相手の突撃や攻撃を避け、見えない剣裁きで次々とコボルトを屠っていく。
「ナオ! あんまり精霊主様を出さないで!」
マクレイが攻撃を繰り返しつつ叫ぶ。何故?
「ええー! それじゃ、俺、役にたたないじゃん?」
叫び返す。と、
「ロックの側に行きな!」
返事が返ってきた。なんなんだ?
とりあえずロックとフィアの元に走る。ロックはマクレイの討ち漏らしを殴り倒しているようだ。たどり着きマクレイを見るとほぼ倒したようだ。圧倒的な強さだな。
すると大柄のコボルトが六匹出てきて、マクレイに肉薄してきた。と、金属音がして二匹まとめて吹っ飛ばされる。横を見るとフィアが魔導銃で狙い撃ちしたようだ。残り四匹をマクレイが相手にしようとしたとき、コボルトの側面からロックが一匹を倒し、再び魔導銃が一匹を粉砕した。マクレイが一匹の脇を抜けると同時に切りつけたようで胴体が二つになり、もう一匹を袈裟斬りして倒した。いつの間に移動していたんだロック……。
一息つき、マクレイが状況を確認している所に左右から合計一〇人ほどの冒険者のグループが出てきた。
今頃なんて遅いんじゃないか? と、思う間にまるでマクレイを狙っているかのように抜き身の剣を手に持ち駆け出している。
「あんたら誰を狙ってんだい?」
マクレイが叫ぶ。しかし、相手は無言で近づいて来ている。
俺はマクレイの方へ走り出した。このままじゃ危ない!




