21 ノドリの村
馬車道を歩いてしばらく、村の外郭が見えてきた。
村と言っても立派な門に石壁が連なり、ちょっとした大きな町ぐらいの規模はありそうだ。女の子達は自分の町が近づくにつれソワソワしだす。
門番はいるが、入村のチェックはしていないようで主に外敵、この場合は魔物などを村に入れない為の見張りのようなものみたいだ。さすがに、ロックとフィアを見て目を丸くしていた。
まずは門から近くに住むトリディを家へ送ることになった。
大通りに並ぶ商店にある道具屋が実家だそうだ。トリディを先頭にゾロゾロ皆でついて行く。
「母さん! 父さん! ただいまー! 心配かけてゴメンね!」
トリディが店のドアを勢い良く開けて入っていく。もちろん俺達も入店だ。あ、もちろんロックは入り口待機だ。
「!! トリディ! 心配したよ! どこに行ってたんだ! それに、サリーにエミリもいるのかい!」
母と娘が抱擁している。お母さんは涙を流して喜んでいる。俺も泣きそう…良かったね。
店はわりかし広めで日用品が整然と並んでいて清潔な感じだ。おっ、あれは魔導人形じゃないか? 動いていないがフィア以外で初めて見た。と、奥から父親らしき人が出てきた。
「トリディ! おおお! 探したんだぞ!」
今度は父親も含めて抱擁中だ。トリディは自分達が失踪した件について親に語っていった。そう言えば俺も知らないな。
なんでも、トリディ、サリー、エミリはよく遊ぶ友達で、村から少し離れた草原で薬草などを摘んでいた時、上空からワイバーンが襲ってきて三人とも連れ去られたそうだ。その後、翼竜の村へ連れて行かれ、俺達が来るまで地下牢に閉じ込められていたそうだ。そんな事を知らなかった親は、謎の失踪でサリーとエミリの親と一緒にあちこち探したみたいだが成果が上がらず。ちょうど最近、諦めかけていたとの事で本当に良かった。
「この度は本当にありがとうございました」
三人に深々と頭を下げられた。
「いやいや、そんな頭をさげないでください。娘さんを助けたのは偶然なんです」
「ナオ。ホント意地っ張りだね、アンタは」
マクレイに小突かれた。ニヤニヤしないでください。その後、親から何かあれば手伝うし、入り用なものがあれば安く提供してくれる旨の話をされた。とりあえず、後でまた寄ると伝えて他の二人を送りに出た。
次にエミリの家が近いとのことで送っていく。
エミリの家の前にはたくさんの皮が積まれていて、ちょうどその皮を男の子が抱えて家の中に入るところだった。
「お兄ちゃん!」
声を上げエミリが駆けていく。気づいた兄が叫ぶ。
「オヤジ! エミリが戻ったよ!」
それからエミリ家一同揃って外に出てくると喜びを分かち合った。エミリはこの革職人の家の娘で、兄と弟がおり、恰幅のいい父親とこれまた恰幅の良い母親に抱きついて泣いていた。
ここでは俺が彼女達の失踪の理由と助けた経緯を話し、厚くお礼を言われ離れていった。
最後にサリーの家だが、何故か言いたがらない。
「どうしたんだサリー。家に帰りたいだろ?」
聞くと睨まれた。えー、なんで? するとマクレイが、
「ちょっと向こうでアタシと話そうか? ね?」
サリーを連れて少し離れた所で話している。なんなの?
「ナオヤさンも、鈍いでスね」
フィアがこちらを見つめる。
「え? なにが? 全然わからん。フィアはわかるの?」
「もウ! そういうのは本人同士の話しなんデす」
「マクレイと俺?」
「違いマす!」
憤慨しだしたフィア。あ、わかった! いつの間に?
「えー! まさか!? えー?」
そこまで言われたらわかるわ! でも、どうして? 全然わからん。
「フィア、どうしたらいい? マクレイ以外なんて考えた事なかったし」
「ナオヤさンもたいがいでスね」
なんかフィアに怒られる。
しばらくしてマクレイとサリーが戻ってきた。顔が真っ赤だぞサリー。今ここでつっこむと全員に怒られる気がする…。
「……こっち」
何か納得したサリーが案内しだす。
しばらく歩いていくと大きな屋敷が見えた。ずいぶんとお金持ちっぽい雰囲気だ。ひょっとしてここですか?
大きい鉄の門に備え付けてある呼び鈴をサリーが慣れた手つきで鳴らす。すると奥の屋敷から人影が何人も出てきた。
「お嬢様~! ご無事でしたか!」
五〇代近くのおじさんが叫んできた。その後ろには家族と思われる人たちが向かってきた。全員使用人かと思って焦ったけど、気のせいで良かった。
門が開き、サリーと両親が抱きあう。その後ろにはさっき叫んだおじさんとスラリとした女性が涙を流して喜んでいた。そのまま帰ろうとしたが、恩人に何もせずに帰すのはとんでもないとのことで、屋敷に招かれた。
広い居間に通され、フカフカのソファーに座る。こんなに良い椅子に座ったのは人生初かも。マクレイもフィアも居心地が悪そうだ。皆、庶民だね。安心した。
「皆さまこの度はありがとうございました。私はサリーの父、ブレンと言います。こちらは家内のアンジェ、娘のディナ。急な事で、ささやかな物しかお出しできずに申訳ありません」
「いえいえ、こちらこそご丁寧にありがとうございます。俺はナオヤ、こちらはマクレイ、彼女はフィア、です」
居間のテーブルの上には高級そうなお茶とお菓子が並べられている。
お互い挨拶をし、再び席についた。母親と父親の横にいるサリーはずっと俯いている。その隣のお姉さんのディナはニコニコしている。こちらは慣れない場所で緊張しきりだ。と、ブレンがフィアを見て話し始めた。
「あの、失礼ですがフィアさんは魔導人形でいらしゃる?」
「はイ。そうデす」
「おお、素晴らしい! このような自立型のタイプは初めて見ました。帝都の新型でしょうか?」
「えっト…」
「たぶんそうでしょう。彼女の父親が亡くなり、引き取りましたので」
一応、フォロー。ま、姿見れば人間じゃないからなぁ。この家でも動いている魔導人形をちらりと見かけたのでフィアが他と違うと認識できた。
「そうでしたか、それは失礼しました。私も商売柄、魔導人形を数体所持しておりますが、フィアさんのような個体は初めて見ましたもので。このように自由に動かれるとは素晴らしいですね。できれば製作者を知りたかったですよ」
「そうですか、残念です。俺も知りませんので」
その後、ブレンさんが交易商として財を成した事やこの村についての話を聞き、こちらもサリー達をここまで送った旅の話を聞かせた。村と言っても規模的には普通の町より大きいらしい。ここの領主様が申請を先延ばしにしているらしいが、色々あるんだそうだ。確かに最初に拠点にしていたアルルの町はここより遙かに小さかった。
しばらく雑談した後、ギルドに寄るため席を立った。屋敷の全員で門まで送ってもらい目的地へ向かう。
「フィアは大丈夫?」
先ほどの会話でちょっと心配だ。この村に来て、他の魔導人形を何体も見たら、さすがに違いがわかる。
「心配ありがとうございマす。確かにワタシは特別なのかも知れまセん。お父様のいナい今、確認はできませンが」
「ま、細かい事はいいんじゃない? アタシはフィアが元気ならそれでいいよ」
マクレイらしい言葉で励ます。俺も同感。
教えてもらったギルドの方へ歩いていると後ろから声がかかった。
「ナオー!」
あれ? この声ってサリー? 振り返ると本人が駆け寄ってきた。
「どうしたんだ? 親とケンカでもしたか?」
「してないよ! そうじゃなくて、ナオはしばらくここにいるんだよね?」
なにそれ? まだ何も決めてないよ。と、マクレイを見ると恐ろしい顔で頷いている…。
「そ、そうみたいだね。ハハハ……」
「なら良かった! 今日はありがと! また明日ね!」
メチャ笑顔で言われ、そのまま手を振りながら走って帰って行った…。え? 明日、会うの?
「な、なあ、マクレイ…」
「その話は後で! さっさとギルドに行くよ!」
と、ズンズン進んでいく。えぇー、なんかモヤモヤするなー。
そして、村とは思えない立派なギルドの建物に入っていく。
ここは城塞都市ほどではないがいくつか受付があり、それなりに活気があるようだ。マクレイが換金しに受付へ行き、俺達は後ろで並んで待機だ。
しばらくして、マクレイがこちらを見て手招きしてくるので何事かと近寄った。
「皆、断れない仕事が入ったんだけど、一緒にどう?」
「全然大丈夫だけど、マクレイは平気なの?」
「ワタシも大丈夫でスよ」
「ヴ」
問いかけにそれぞれ返事をする。安心したのかマクレイは微笑む。
「ありがとう。アタシも大丈夫だから受けたんだ。ま、急ぐ旅でもないし」
「まあ、そうだけどね」
なんでも、マクレイは上級冒険者としてこの村付近に出現した魔物を討伐するチームに参加の要望があったそうだ。
魔物はどこからか移動してきて巣を作り始めたそうで、被害が出ないように早めに潰す事が決定された。俺達は明日、先行してるグループに合流して行動を決行する予定だ。
今日はもう夕方なので宿屋に行き併設の食堂で夕食をとり就寝した。ちなみに今回は部屋が二つになった。残念だ…。一人の部屋は広いと感じるなぁ。ロックはいつものごとく馬小屋の番をしている。
一人部屋で佇んでいたらマクレイがノックして入ってきた。
「ナオ。ちょっといいか?」
「ああ、どうぞ。立ってるのもなんだし、ベッドに腰かけたら?」
さりげなく隣に導く。が、けっこう離れた位置に座った。寂しいなぁ…。
「それで、どうしたの?」
何故かマクレイはうつむいてモジモジしている。
「え、ええと、ひ、昼の事で……サリーの事だよ」
「ああ! 何でサリーにしばらくいるって言ったの?」
「ゴメンよ、勝手に決めて。そうじゃなきゃ、あの子は帰りそうもなかったからねぇ」
「フィアに聞いたけど…俺が好きって事?」
驚いたマクレイが顔を上げる。
「おや。気が付いてたかい!? けっこう鈍いと思ったんだけどね。って、ナオじゃなくてフィアか」
「別に俺はサリーは好きだけど、そういうのじゃないからなぁー」
「そうなのかい? まだちっこいけど、すぐに美人になるよ、あの子は」
ニャニヤしてマクレイが言ってきた。すっかり他人事ですね。少しショックだ…。
真面目な顔で赤紫色の目を見つめると少し戸惑いを感じる。
「マクレイはどうなの?」
「あ、アタシ? か、関係ないじゃないか」
マクレイはオドオドして顔を背ける。耳がピクピクしているぞ。
「……知ってるくせに」
「し、知らないね。とにかく伝えたから! 後はなんとかしな! もしサリーが仲間になっても、アタシは何も言わないよ。それじゃ、もう寝るよ!」
早口でまくし立てて出て行ってしまった。まだ俺はマクレイに何も言ってないのに……。
しばらく一人ベッドでゴロゴロしてたらいつの間にか寝てた。




