2 出会い
慎重に森の中を移動する。
一日で着くとか言ってたけど、このペースだと無理な気がしてきた。おっかなびっくり、抜き足、差し足で進むのはダメだ。もう少し普通に行こう。
歩いてどのくらいたっただろうか、腹が減ってきた。
今はちょうど森の中程だろうか。さっぱりわからないが目指す目的地に近づいている感覚がある。
しかし、荷物が重い……特に水。三日分と余裕をみて用意しようとしたが、思った以上にかさばって重量があるので予定の半分にして後は現地で調達するつもりだ。どうなるかわからないが……。
他はランタンやら毛布、食料と思いつく必要な物が入っている。一応、ダイロンにもアドバイスしてもらったので大丈夫だろう。
ちょうど人が隠れるくらいの太い木を発見した。木の周りには草が生い茂っているので、そこで休憩すれば他所から見つかりにくいように思える。どっちにしろ空腹なのでここで休憩しよう。
硬い干し肉をかじって水筒で喉を潤す。ふー、一息ついた。まだまだ先は長いなぁ。
昼食を満喫したところで、どこからか音が聞こえる……なんだ? 不思議に思い草の影からそっと顔を出して辺りを見渡す。
なんか荒い息をしているような声が聞こえる…と、背後の奥の方から徐々にフギョー、フギョーと息をしつつ巨大な猪が見えてきた。
でかい…三~四メートルはあるんじゃないか? こんなんにどつかれたら確実に死ぬな…。
そっと頭をひっこめ、木の幹に背中をあずける。と、前方には例の巨大なウサギが数匹いるのを発見した。
前門の虎、後門のなんとかってやつだな。どっちにしろ今出たらアウトだ。運のいいことに、巨大ウサギはこちらには気づいていないよう。
かなり危険な気がするが、ちょっと思いついたので実行してみる。
木の幹を背に草葉の陰から小石を拾って巨大ウサギに投てきし、すぐさま隠れて様子を伺う。
小石が当たった巨大ウサギは一瞬ビックっとし、ベヒューとか叫んでこちらに向かってきた。
つられて他の巨大ウサギも集まって来ている。見つかりませんようにと念じながら隠れていると、ちょうど俺が隠れている木の横から巨大猪がヌッと顔を出したと思ったら、猛烈な勢いで巨大ウサギの群れに突っ込んでいく!
茂みから突然、巨大猪が出現したことで巨大ウサギ達はパニックになってるようだ。こちらに向かってきた巨大ウサギが反転して逃げようとしたところを重厚感たっぷりに駆けてくる巨大猪に跳ね飛ばされた!
数回バウンドして巨大ウサギが地面に投げ出されると、すかさず巨大猪が無防備な腹に喰らいついた!
ベヒューと叫びながら巨大ウサギが手足をばたつかせて空しい抵抗をしている。これは勝負あったな。しかもグロイ…。
この騒ぎを利用して、そっと現場から逃げるように森の奥へと急いだ。
息も苦しくなるほど足早に進んで、ここまで来れば安全だろうと後ろを振り返る……いた! 口元を血だらけにして、激しく周囲の匂いを嗅ぎつつ移動してくる巨大猪の影が見えた。怖えぇ。マジやばい!
というか、向こうの移動速度が速い! このままだとすぐに追いつかれる! なんでピンポイントに俺を狙ってるの?
いろいろと思うところもあるが、今を生き延びなければ……餞別に貰ったボロ剣を鞘から抜き身を守れる場所を探す。
ここはやはり木を使おう。手頃な岩場か足を乗せる何かが近くにある太い木は……って、探している内に半端ない威圧感を背後に感じる。恐る恐る振り向くと巨大猪が近くに佇みこちらを凝視している……。
これはヤバい! 慌ててダッシュ!
走りながら探す。しかし剣を持って走るのは難しいし、荷物を背負ってるから余計に自分が遅く感じる。
ドドッ、ドドドッ、ドドドッ。
背後からの重い足音がだんだん近づいてくる!
「うわあああああああああああぁぁぁ!」
恐怖から絶叫して走っていると、丁度いい所を発見した。なんとかたどり着かないと!
背後の強烈なプレッシャーを感じながら全速力で倒れた木の幹を足場にして上空へジャンプ!
何とか片手で巨木の枝にぶら下がり足を上げる。と、大きな振動が伝わり巨木が音を立てながら倒れ始めた。あわてて枝から手を放すと硬い芝の上に落ちたみたいで、いい感じで馬乗りになった。よく見ると巨大猪の上だった。
チャンス! 剣を両手で持ち巨大猪の背中に全力で突き刺す!
「うおおおおおりゃぁーー!」
フギョー!!
下から叫ぶ声がする。しかし、皮が硬く浅く刺さったままだ。急に巨大猪が暴れはじめる!
バ…バランスが! 慌てて剣にありったけの力を込め奥に差し込み続けた。それに応えるように激しく暴れてきた!
何とか剣の柄にしがみついていると、ポキン! 剣が折れ、そのまま投げ飛ばされて地面に叩きつけられる。
背負っている荷物がクッションになり、なんとか無事だが、あわてて起き上がると折れた剣が背中に刺さったたままの巨大猪が突っ込んで来た!
「うわぁ!」
全力で横っ飛びして避ける!
が、飛んだ先にはかなり深い窪みがあり、ゴロゴロと結構な高さを転がり落ちた!
痛てぇ。ふと影が俺を覆うのを感じ上を見ると、巨大猪が足を滑らせ落ちてくるところだった。
両手両足をついて慌ててその場を離れると巨大猪が背中から地面に激突し、直ぐに起き上がろうと足をバタバタしてもがいていたが、小さなうめき声を漏らした後、ピクリとも動かなくなった。
暫くその場で観察していたがどうやら死んだようだ。折れた剣がうまい具合に致命傷になったみたい。
安心したらどっと汗が吹き出てくる。叫んでいたせいで喉もカラカラだ。水を飲んで落ち着こう。しかも全身打ち身のようで痛い。震えて硬く握りしめていた折れた剣の柄を捨てる。ありがとダイロン! 剣に救われた!
震える手で水筒を取り出し一気にあおると体中に水が染み渡り、落ち着きを取り戻すことができた。
とりあえず、この場は離れた方がいいな。血の匂いで他の危険生物が来るかもしれない。よろよろと立ち上がり、痛い体に鞭を打って歩き始める。
直感にしたがって進んでいくと森のひらけたところに出たようだ。しばらく歩くと夢に出ていた見覚えのある巨石が姿を現した。目的地は間近だと感覚が教えてくれる。
体はなんとか持ち直し、少しは良くなったようだ。一応、気休めだが採取した薬草を少しは持ってきていたので食べて回復に努めた。ちなみに薬草は凄くマズイ…。
さらに近づき観察する。巨大な岩がいくつも折り重なっていて、とても不思議な光景だ。神秘的な雰囲気がある。
全体の大きさにビビリながら足を進めると巨岩の横に人影が見えてきた。
呼ばれている感覚が強くなり、ここが目的地だと知らされる。
あの人が呼んだ本人かな? 近づいて声をかけてみる。
「こんにちはー!」
向こうも気が付いたらしく、岩陰から出てきた。背は俺よりも高そうで一八〇センチ以上はありそう。黒を基調とした服の上に軽鎧を着ている為、肌の露出は少ない恰好だがスタイルの良さが見てとれる。髪は束ねているのでどの長さかはわからないが、肩よりも長いかも? そして、小麦色の肌に美しく整った顔…の女性。……しばし見惚れていると、
「あんた誰? 何でこんな所に?」
あからさまに怪しい顔つきをして低い声で聞いてきた。うわぁ、睨まれてる。
「あ、ゴメン! 俺は田崎直也、ナオヤって言ってくれ。あと、この場所には説明が難しいんだけど呼ばれてやって来た」
素直に答える俺。正直すぎて逆に怪しくなってないか? しかし、向こうの女性の態度は幾分柔らかくなったようだ。
「……アタシはマクレイディア。それで呼ばれたってどういう事なのナオ?」
腕を組み値踏みするような視線をくれる。マクレイディアかぁ、カッコいい名前だなぁ。って俺、“ナオヤ”って言ったよね? 何故“ナオ”?
「いや…“ナオヤ”! だから。マクレイディアが俺を呼んだんじゃないのか?」
「はぁ!? アタシがあんたを? 今初めて会ったのに? それとマクレイでいいよ。マクでもいいし」
呆れた感じでマクレイディアが言ってくる。
「マジか……一体どういう事だ?」
「……まあ、何があるんだか知らないけど、そんなボロボロの恰好でよくたどりつけたね」
上から下まで眺めて言った後、マクレイは座り込んだ。確かに巨大猪との闘いで服もところどころ破けて、あちこち血がにじんでいたことに気がついた。あからさまに怪しい姿だ。
「ちょっと猪と戯れてたんで…」
強がって言ってみる。
「あ、そう。ところで何か食べるものを持ってない?」
軽くスルーされ、おねだりされた。なんだこれ。
しかたない、マクレイは今回の事とは関係ないのか。とりあえず美人さんはほっといてこの巨石を調べるか……。
「ねぇ? ちょっと! 聞いてるの!?」
なんか言ってるようだが無視して巨石を観察する。いろんな岩が折り重なっているが、全体的に亀の甲羅のような型だな。ちょっとした丘というべきか…。今いる場所から周り込み反対側の直観が示す岩に近づいて触れてみる。特に何も起こらずペタペタと手を当てながら調べていると…うん? 何か振動が…。目の前の岩がカタカタと揺れ始めた。
「おわっ!」
ビックリして尻もちをついた。痛ぇのとカッコワリイ。
「何!? どうしたの?」
向こうからマクレイの声がする。しかし今はそれどころではない。
岩の揺れが大きくなってくる。石の砕ける音やこすり合わさるような音が目の前の岩から響き、持ち上がった!
ゴッ!
腕らしきものが突然出てきて地面に手をつき、体らしき岩を地面から引き抜いていき両足も露わになり直立する。
あわわわ……何? こいつが俺を呼んだの? それとも守護神的なもの?
混乱する頭を他所に、ズン、ズンと重い足取りで近づいて来た。俺は尻もちをついた態勢から微動だにせず、あっけにとられて見ているだけだった。
人型の岩は頭が小さく平たい石で、目の代わりかわからないが丸い窪みが二つあり、長くて太い腕が膝ぐらまである。体は大きな岩石らしく腰から下は小さい岩石で構成されている。ずんぐりむっくりなゴリラのような体型だ。背の高さは二メートルは越えていそうだ。でかい!
俺の目の前に来ると、ごつい手を差し伸べてきた。え? 何? 起こしてくれるってこと?
と、向こうから声が聞こえた。
「ナオ! 急に静かになったけど、どうなったの?」
またマクレイ…。ちょっと今、それどころじゃないんです。
「うっせー! ちょっと待って!」
人型の岩から目を離さず応える。
遠くから「チッ!」とか聞こえるんですけど。