17 翼竜の里
険しい山道を歩く。
誰だこっちに行こうって言ったのは!……俺だった。
風の神殿から東に向かっている途中だ。山道に入り、うねうね続く道を歩いている。遠くから見た感じだと、連なる山脈の入り口のようだ。このまま徒歩で山を越えていくのは大変そう。気が滅入ってきた…。
「……マクレイ、もうダメかも」
「そればっかりだね、ナオ。もうちょっとフィアを見習いなよ」
「ワタシは人族ではありませんカら、疲れませンよ?」
「ヴ」
誰も励ましてくれない。最初の頃の優しさはどこいった…。
そうこう言いながら登って行くと、遠くに鳥の群れらしき影が見えた。問いかけるようにマクレイを見ると俺の疑問に答えてくれる。
「あれはワイバーンだよ。まだ遠いから大丈夫だよ」
「えーと、なんか竜みたいなやつだっけ?」
「ドラゴンの仲間だけど、飛ぶのが上手いんだ」
「へぇー、そうなんだ。どちらにしろ、あんまり会いたくは無いなー」
「フフ。ナオならそう言うと思った」
微笑んで言われると、からかいにくい。こういう時に美人さんはお得だね。とりあえず先を急ぐことにした。
一山越え、さらに進むと登り道が広くなってきた。と、山で見えないが向こうに煙りが立ち上っているのが確認できた。
こんな山奥に村でもあるのだろうか? だが、一休みする意味でも村に行ければ助かる。皆で相談してとりあえず行ってみて様子を見ることで一致した。ヤバい時はすぐ逃げよう。
道を進んでいくとやがて囲いが見えてきた。目的の村に着いたようだ。
囲いの前には長い槍をもった武装した男が一人いるようだ。俺達が近づくと槍を構え、
「何者だ? この村に何のようだ?」
と、叫んできた。近いから叫ばなくても聞こえるぞ。っていうか、めちゃマクレイをガン見してる。大丈夫か?
「こ、こんにちは! 俺達は旅の途中でして、たまたま近くを通りかかったからせめて一泊でもさせてもらえればと思いまして……」
構えを解いた男は値踏みするような目線を送っている。
「フム。たまたまとな? この村について知ってて言っているのか?」
「え? この村? 全然、知りませんけど」
「ほぉ。まあ、いいだろう。そこで待ってろ! 長に聞いてくる」
そう言って囲みの中へ入っていく。なんか怪しい感じがするので隣にいる美人さんに聞いてみる。
「…どう思うマクレイ? なんか嫌な予感がするんだけど」
「んー、大丈夫じゃないかい。いざとなったら暴れりゃいいし」
「……穏便にお願いします」
と、見張りの男が二人の男を伴って戻ってきた。三人の内、身なりの良さそうな男が近づき、
「私はこの村の副長をしている者だ、長に合わせる。ついてこい!」
そう言って踵を返した。残り二人の内、一人は見張りに残り、もう一人は囲いの中に入った俺達の後ろについてきている。
村の中は頑丈そうな石で作られた家が並び、少し離れた所に大きな鉄の檻がいくつも並んでいた。よく見ると檻の中にはワイバーンと思わしき魔物がいた。マクレイを軽くついて、顎で檻を指す。気づいたようで、
(ここは噂に聞く“翼竜の里”かもしれないね。人を乗せるワイバーンを調教している村だよ)
と囁いて教えてくれた。
やがて村の奥にある大きい石造りの家の前で止まった。家の前には大きく太った厳つい顔した男が腰に手を当てており、この男の周りには体格の良い男達が槍を持って立っていた。
「ようこそ、旅人よ! ワシはここの長、ジェメル・オだ。この村になんの用かな?」
俺が話しかけようとすると、案内をした男が口を開いた。
「この者達は、村で一泊を望んでおります。長よ」
すると長はみるみる赤くなり、激高して叫ぶ。
「おまえには聞いていないぞ! 下がっておれ! でしゃばるでない!!」
「し、失礼いたしました。では、これで」
副長と名乗った男は村の奥に足早に去っていってしまった。長はその背中を激しく睨んだ後、こちらに向き直り、
「一泊と言ったな? 泊める代わりに何を出す?」
「は?」
突然の要求に頭が真っ白になる。想定外すぎる!
長は俺達を見渡し、特にマクレイをジロジロと上から下まで眺める。隣にいるマクレイの眉間が深くなるのがわかった。
「まさかタダで泊まるなどと言うつもりじゃないな? どうだ、そこの背の高い女を差し出すのは?」
「んだと! ふざけんな! ここには泊まるつもりはない! 皆、帰るぞ!!」
何寝ぼけたこと言ってるんだここの長は! 久しぶりに頭にきた!
背を向けて一歩踏み出そうとすると、周りの家や建物の影から多くの村人が出てくる。マクレイが警戒し、ロックがフィアをかばう。
ニヤニヤしている長が大声で村人に指示を出す!
「は! 何もせずにこの村から出られると思うなよ! 小僧が! 女は生かしておけ! 他はどうでもいい! やれ!」
それを合図に村人が一斉に襲ってきた!
ロックが複数の槍をいなす。マクレイが対応し、けん制している。俺は逃げてる…。しかし、敵の人数が多すぎて対応が難しくなってきた。くそっ!
と、マクレイが右腹を射抜く矢を回避したときに槍を左足に受けた。ああ、そんな!
「マクレイ!! ソイル! ベントゥス!」
俺を中心に砂嵐が起こる! 近くにいる村人を吹き飛ばしマクレイの元へ駆けつける。
「マクレイ! 大丈夫か?」
「ツッ! しくじったよ。ゴメン、ナオ」
「無事ならそれでいいよ。ここを出るぞ。ロック! フィア! 逃げるぞ!」
砂嵐の範囲を広げロックを発見した。あれ? フィアは?
「ロック! フィアは?」
「ヴ!」
「な! 見失った!? フィア!」
と、砂嵐の中から複数の槍が飛び出てきた。ロックがすかさず掴み折る。この砂嵐でも来るのか! ちくしょー。
俺の肩に手をかけてマクレイが風の音に負けない声を出す。
「ダメだ。ナオ! 一旦引いて出直そう!」
「でも、フィアが!」
「大丈夫、あの子は強いよ! ロック連れて行って!」
「ヴ!」
ロックが俺を捕まえ抱える。
「あ、バカ! ロック! 降ろせ! フィアーー!!」
両脇に俺とマクレイを抱えてロックが走り出す。フィア! 必ず連れて帰るぞ! 俺達は砂嵐に紛れて逃走した。
「ここいらで大丈夫だよ。ありがとうロック」
「ヴ!」
ちょうど身を隠せそうな岩影にロックがマクレイと俺を降ろした。マクレイを手伝い楽な体勢にする。ロックは警戒しているようだ。
「マクレイ……」
傷口に手を当て詠唱しているマクレイを見る。
「自分で治せるから大丈夫だよ。そんな情けない顔するな……」
「…もともとこんな顔だよ…」
すねて言うとマクレイが吹き出す。
「プッ! ナオはやっぱり変わってるよ」
「えぇ~!?」
治療魔法の効果かマクレイは落ち着いてきたようだ。
と、かすかな振動をキャッチした。小声でロックに指示する。マクレイが不思議そうに、
「ナオ?」
「シッ!」
マクレイの口に手を当て黙らせる。やわかい唇だった…。今日は寝られないかも。と、そんな場合じゃない!
ガラガラと石が転がる音がして人影が見えた。
「客人よ! 私は危害を加えない! 信じてくれ!」
あの副長が出てきた。俺たちを見つけ近寄ろうとすると音もなくロックが背後から副長の首をつかんだ。
「ウッ! これは!?」
「一応、心配だからロックに頼んだ。何か用か?」
岩陰から出てきて対峙する。副長は慌てて、
「す、すまない。村は長が好き放題で、自制が効かないんだ。頼むこの手をどけてくれ!」
「マクレイに何かするなら黙ってないぞ!」
「アタシは自分の身ぐらい守れるよ。それよりあんたは何者なんだい?」
あれ? マクレイも出てきた。足は良くなってるようだ。
「私は翼竜の村の副長ホウェバ・オ。先ほど村で案内した者だ。繰り返すが君達に危害を加えるつもりない!」
「ロック」
ロックが捕まえた首を離した。ホウェバ・オは自由になった首をさすって、
「あ、ありがとう。信じてくれて。君達の仲間が一人捕らえれたが、たぶん大丈夫だろう。売れば高いだろうからな」
「ああ!? なんだと!」
「ナオ! 大丈夫だよ。フィアは高価だから大事にされるって事さ」
ああ、そういう事か……。素直に受け取りすぎだな、俺。
それからホウェバ・オから詳しく話を聞いた。
翼竜の村はワイバーンを飼い慣らして人が乗れるように調教するために、ワイバーンの巣が多い生息地の近くにある山に村を構えているそうだ。そこで調教されたワイバーンを国やギルドなどに卸して生計を立てていたが、ちょうど先代の長が病気で倒れ息子に代わってから翼竜の村が今までと違うものになってしまった。まず外から傭兵を雇い自身の警護とし、反抗的な村人を次々と血祭にあげていったらしい。
さらに人さらいや略奪までするにいったって、親戚の副長が中心になって反対派を結成する。同志を募り密かに増やしていたが、先日、一部のものが見破られ処刑される事態になったそうだ。しばらく静観してた矢先に俺達が来たらしい。
そして、先ほどの脱出劇の砂嵐で、複数の傭兵がケガを負ったようだ。
一通り話し終えたホウェバ・オは頭を下げ、
「こんな事に巻き込んで申し訳ないが、是非お客人らのお力をお貸し願いたい。あの強力な魔法があれば…」
「やだね! ふざけんなよ!」
「ナオ!」
副長が驚き、美人さんが非難してる。しかし、こちらも優先する事情があるんだ。
「マクレイは黙ってろ! いいか! 俺達はフィアを助けに行くんだ! その時に傭兵や長が巻き込まれても知らないね!!」
「……ナオ」
マクレイはホッとした顔をしている。副長は笑顔になり、
「おお、ありがたい! 本当にありがたい! ご協力感謝する!」
ホウェバ・オは何度も頭を下げた。そんなことされても困る。俺達はフィアを救出するだけだからな!
マクレイの足の状態はすでに良好なようだ。もちろん善は急げだ! 逃げたその足でまた村に戻ってやる!
待ってろフィア! 必ず助け出す!




