15 渓谷
「うむ、これは渓谷と言うより、もっと深いな! ワハハ! 楽しみだ!」
渓谷の崖の上から一望したボランが感想を述べた。今は渓谷の端にいる。
ここから奥へと導きが指し示す道を探し移動する予定だ。
辺りを見渡したマクレイが質問してきた。
「どうやって行くんだい? こんなに高低差があるんじゃ、探すのが難しくないかい?」
「ああ、たぶんね。でもソイルがいれば安心だから大丈夫じゃない」
「また何かするつもりだね。ほんとナオの考えてる事は謎だよ」
マクレイは呆れた表情で答える。その後ろでボランがフィアと谷を越えるための準備をしていた。
「ヴ!」
ロックが下に降りる道を見つけたようだ。案内してもらい皆で渓谷を下り谷底を歩く。
「ところで、ボランは俺たちと一緒でいいの?」
「おおう! 全然っ大丈夫だ! お宝が眠る“風の神殿”はきっとお前達に関係あるからな!」
やたら笑顔のボランが確信ありげにしている。呆れたマクレイが口を挟む。
「はぁ~、根拠も無くよく言えるねぇ。関心するよ」
「まあな! 探検者は直感がたよりだ。その直感が言っている! このまま付いて行け! とな!」
思わずツッコミを入れる。
「ホントは寂しいだけなんじゃ……」
「ムググ! そ、そんな事はないぞ!」
ああ、一人は寂しいもんな。わかるわー。ホント仲間がいて良かった。
そうこうしてる間に魔物にも出会わず、導きのある巨石にたどりついた。先を歩いていたマクレイが振り向き聞いてくる。
「ここかい? ナオ?」
「ああ、たぶん」
そこにボランが出てきた。
「ほぉー、ここにお宝が眠っているのかぁー! 楽しみだな!!」
「おっさんは勘違いしてるけど、ここには何もないよ?」
「なにぃ~! ここじゃないとしたら一体何処に?」
一人悶絶してるボランをほっておいてロックが岩に触れると、人型の岩が石を砕きながら出てきた。
そして、ロックがもう一体の肩に触れると砂のように崩れる。すると洞窟の入り口が開く。
この光景を見たボランがびっくりして聞いてきた。
「なんだこれは!? お前達は平気なのか?」
「ああ、前回も同じだったから」
フィアも初めて見たはずだが全く動じてない。が、よく見たらマクレイの手をギュッと握っている。
新しくできた洞窟にロックを先頭にして入る。この洞窟も最奥は円形状の部屋の真ん中に台座があった。
台座の前に進み出て振り返り皆を見る。初めてのボランとフィアは緊張しているようだ。マクレイは腕を組み、片方の眉を上げて“何?”的な仕草だ。ロックは何時も通り……。
台座に上がり真ん中に立つと、光の輪が出現し強烈な輝きを発する……と、神話に出てくるような美しい女性が現れた。
『お待ちしておりました“契約者”よ。すでに二柱とも契約しているとは驚きました。私はこの世界の風の精霊を束ねる精霊主。さあ、私も契約を…』
恐る恐る手を上げる。
「あのー、質問よろしいでしょうか?」
『なんでしょう“契約者”よ』
「精霊主とは複数の契約はできないものなんですか?」
『いいえ、そのような事はありません。“契約者”自身の力量により複数の精霊主とは契約できます。現にあなたは私を入れれば三柱を宿すことになります』
「それって、限度があるって事ですか?」
『“契約者”により力量の差があります。あなたは十分にありますから大丈夫ですよ。それでは契約を』
「ありがとう。それじゃあ、よろしく」
と手を出したが、風の精霊が近寄ってこない…ナゼ? ムスッとして聞いてくる。
『一つ忘れていますよ。私の名前はどうなっているのですか?』
「え!? また? えーと、えーと、“ベントゥス”ではどう?」
『……不思議な響きですね。気に入りました。さあ! 契約を』
そう言って、俺の手に触れると中に入ってきた。〈ソイル、アクア、久しぶりね!〉〈フフフ…お待ちしていました〉〈久しぶりね。ベントゥス!〉〈名前で呼ばれることって、とても素敵ね〉
もう頭の中は学校みたいになってきた…。こんな感じでも全然混乱しないから不思議だ。
台座から降り皆の元へ行く。
「ナオヤ! お前は凄いな! 精霊主なんて初めて見たぞ! これでも十分お宝だが、もうちょっと実入りがあるといいな!」
興奮したボランがまくし立てる。元気なおっさんだ。
するとマクレイが寄ってきて両手で俺の顔を挟んで上から覗き込む。
「ナオ! 大丈夫? 精霊主様と二度以上契約したなんて聞いたことが無いよ。体は異常ないかい?」
心配させてるみたいだ。体は全然平気なんだが…。この状態はちょっと何? しょうがないので目を閉じて唇を突き出してみた。
「な…なにしてんだ!」
そのままブン投げられた。結構痛い……。するとボランが愉快そうに、
「ワハハ! 面白い! 新手の愛情表現かな? やるならもっとムードがある所でやるんだな! ワハハ!」
「ち、違うよ! 何言ってんだい! ナ…こいつとは何もないよ! ボランもそれ以上言うとタダじゃおかないよ!!」
マクレイが鬼の形相でボランを睨むとボランが肩をすくめて、
「おー怖えー。嬢ちゃんもやるねえ!」
「マクレイさん…。その辺デ…」
疲れたようにフィアが止めていた。
そのまま今日は洞窟を出たあたりで野営する事になった。
準備も終え、日も沈み夕食をとった後にボランが話を持ち掛けてきた。
「なあ、お前たちはこの場所で用事が済んだみたいだし、少し先まで付き合わないか?」
「ああ、例の“風の神殿”ってやつか?」
「アタシは興味ないね!」
マクレイはご立腹中ですね。ボランが話しているのになんで俺を睨むの? だが、今、俺達には金が無い。ボランが続ける。
「これは確実な情報だが、ここから少し先に神殿の入り口があるらしいんだ。どうだ?」
「俺は一緒に行っていいと思ってる。マクレイとフィアはどうかな?」
二人を見て聞いてみるとフィアが手を挙げて答える。
「ワタシはナオヤさんと一緒にいきマす」
「……これじゃあ、行くしかないみたいだね…」
フィアの返答とは対照的にマクレイがため息つきつつ返事をする。しょうがないのでフォローした。
「マクレイ…この間の準備で資金がほとんどないだろ? だから頼むよ」
「金が少ないのは知ってるさ。アタシはあんたがし…って、何でもないよ! わかった! 行くよ!」
ふてくされてマクレイは横を向く。
「ありがとう! マクレイ!」
「……礼を言われる筋合いは無いね!」
マクレイはなぜか耳がピクピクしてる。なんか今日はしおらしい。見張っていたロックはこちらを見ている。
「それじゃ! 話はまとまったかな? 明日は楽しみだな! ナオヤ!」
機嫌がいいボランは当然だという感じで、自分用の小さなボロテントに入っていく。
それから少し話した後、マクレイは早々に横になり、俺はフィアに文字の授業を受けてから就寝した。
翌日、日の出前から移動し、ボランの案内でそれらしい遺跡群がある場所に辿り着いた。
すでに太陽が真上から傾いて影が伸び始めている。
周りを見渡してみると、崩れかけた柱や陥没した道など、かなりの年月が経ち放置されているのを物語っていた。それでも神殿らしきものは見つからず、手分けして探す事になった。
しばらく探索して集まりマクレイが聞いてくる。
「ホントにあるのかねぇ? どう? ナオは見つかった?」
「いや、全然。誰かが先に見つけたとか? フィアは?」
「ワタシも特にありませんでシた」
「ヴ!」
ロックが崖に向かって指し示す。
見上げると、影に隠れるように崖のちょうど中腹にギリシャの神殿のような太い柱が二本見え、柱と柱の間に彫刻の装飾された扉があった。
「おおう! やるな~ロックくん! たぶんあれだ! さ! 皆行こう!」
ロックの背中をバンバン叩いてボランが扉の方へ駆けていく。そのまま登る気か? あのおっさんは。とりあえず後からついていった。
そして、崖の下でたたずむおっさん……。
見りゃーわかるだろと思うが、グッと我慢だ。マクレイは吹き出してる。フィアは首をかしげ、ロックはおっさんの肩に手を置いた。
「ぐぬぬ…。あと少しなのに手が届かないとは…」
ガックリうな垂れているボランを皆で囲む。まあ、行ってみますか!
「ソイル!」
皆がいる範囲の地面が静かに上に移動しはじめる。そして、装飾のある扉の前で止まった。
「こ…これは! 凄いな精霊は! ナオヤ感謝する!」
ボランが礼を述べ扉に向かった。俺達もついていく。
大きな扉は装飾のされた綺麗な白の大理石のようなものでできていて、どことなく神秘的だ。ボランが扉に仕掛けがないか調べ、何もないと分かるとロックが先頭に立ち重そうな石の扉を開く。
中は明かりもなく暗くて先が見えないが、石でできた通路が奥まで続いているようだ。
フィアが持っている魔石を利用したランタンに明かりをつけ内部に進入した。
「ふむ…。これはまだ誰も入ったことがなさそうだな」
ボランが通路を調べなら一人ごちた。
俺の横にいるマクレイは剣の帯に片手を置きいつでも対応できるようにしている。フィアはマクレイの後ろに、その後ろにロックが明かりを持って歩いている。
しばらく進むと通路が左右に分かれていた。ここは言い出しっぺに聞くのが一番だろう。
「ボラン。どちらに進む?」
「む!? むむ? 俺の直感じゃ右かな?」
なぜ疑問形。直感じゃなかったのか。とりあえずボランの言う通りに皆で右側に行くことにした。
少し進むと左に曲がり、その先には石の扉が見えそこで通路は終わっていた。ボランが扉に近づき調べる。
この扉は安全なようで少し開けて中を覗き、すぐ閉めると真剣な表情で振り向く。
「うむ。暗くて全然わからなかった!」
ズコー、俺は滑った。人生初滑りだ。まさかこんなおっさんにやられるとは…。
「……」
マクレイが何か言いたそうな顔で俺を見ている。やめてくれ! ワザとじゃないんだ。フィアもそんな目で見ないでくれ!
そして、明かりを手に再びボランは扉の隙間からそっと覗く。
「……」
扉から顔を離しこちらを見たボランは、
「なかなか広い部屋のようだ。この明かりでは近くしか見えなかったが特に何も無いようだ。開けるぞ」
そう言うと重そうに扉を開けて中に入っていった。俺達も後に続いて行く。




