14 アドの村
あんなに勇んで先頭を行っていたボランだが、道がわからなくて戻って来た。
セルーナの案内の元、今は進んでいる。
城塞都市を背に荒野から離れ木々の生える森の入り口を通り、木漏れ日が気持ちいい獣道を歩いている。
「この辺りから魔物が出ますので、注意してください」
マクレイの背中にいるセルーナが注意を促す。体力がまだ戻らないので、安全のためだ。
フィアは魔導銃を手に、ロックは殿を勤めている。俺はマクレイの横でプラプラしている。その後ろにボランがついてきている。さっきの勢いどうした?
しばらく進むと何匹かの魔物をソイルが感知した。
「みんな! 魔物が来るぞ!」
声を出し魔物の方へ駆け出す。すると見えた。野生の犬のような魔物が四匹だ。速い!
目測よりも速いスピードで迫ってくる。よく考えたら俺、武器持って無いわ。思わず出しゃばった真似をしてしまった。と、鋭い金属音が数回、後ろから聞こえた。
こちらに向かって駆けだしていた犬の魔物の内、二匹がそのまま地面に突っ込んで倒れた。少し振り向き確認すると、ボランが魔導銃で仕留めたようだ。残りは俺が! と思ったら、ロックが前に出てきて残りを殴り倒した。
ボランは銃を上に向け得意げに笑っている。
「おう! どうだ? なかなかのもんだろ! こいつの扱いはちょっと得意でな!」
「あーありがと! だけど、もっとでかいのが来そうだ!」
奥の方から振動が伝わる。ドシドシとこちらに向かって大股で駆けている身の丈三メートルはある角の生えた鬼だった。
「ありぁー、オーガだな! でかいな!」
おっさんが感想を漏らすが、
「ナオ! あんたは下がってな! アタシがやるよ!」
マクレイがセルーナを降ろしながら叫ぶ。オーガが近くまで来た!
ウォゴー!! とか叫んでる!
「ソイル!」
と、オーガが地面に空いた穴に落ちた…。叫び声が次第に遠くなり、やがて地面の口を閉じた。
辺りは静寂が戻ったようだ。野鳥の鳴き声が遠くに聞こえる。
「………」
「………」
「あれ? 倒したよ? なぜ無言なんだ?」
マクレイはプルプルして剣を鞘に納めセルーナを再び背負う。ボランは口をあんぐり開けてる…。
フィアが近づいて言ってきた。
「あノ、アッサリしすぎデす…」
「えー、でも楽でいいんじゃない?」
「そうなんですケど…」
フィアも何て言ったらいいかわからないようだ。するとボランが復活して、
「おおい! なんだあれ! スッゲーなぁ! 坊主は魔法使いか?」
あれ? デジャヴ? するとマクレイが疲れたように
「ナオは精霊使いだよ…。もう何でも有りに思えるよ…」
「ど、どうしたマクレイ? 具合が悪いのか?」
近づき、顔色を窺う。と、俺の両肩をつかんでガクガクし始めた。前もやったよね?
「オーガを落とし穴で殺すなんて初めて見たよ! あーーもう!」
「ワハハハ! ちげえねぇ! こいつは面白れぇ! 精霊使いってヤツも初めて見たよ!」
笑いながらボランも頷いている。一通りの感想の後、先を急ぐ。
ボランは熱血だが、思ったよりも協力的で野営もスムーズに行った。オーガもあれ以来現れず、順調に移動してアドの村に着いた。
村は開けた見通しのよい平地にあり、木の柵と堀が周りを囲み、決して安全ではない印象だ。
遠くのほうに切り立った崖が連なる渓谷が見える。村の門には村人が番をしていた。
近づく俺達を見て門番の三〇代ぐらいの男は驚いていたが知り合いを発見したようだ。
「あ、あんたらは……? セルーナ?」
「エリンのおじさん!!」
セルーナが声をかけると最初警戒していたエリンと呼ばれた村人は慌ててダッシュで村に入っていく。俺らはほっとかれているな。いいのかな?
「おーーい! セルーナが戻ったぞーーー!!」
めちゃ叫んでる。ドタドタと村中の人が集まってきた。フィアが手を握ってきた。不安なのかな?
やがて村人の中から恰幅のいい四〇代ぐらいの大男が出てきた。
「俺はこのアドの村の村長、ウエッジだ。ああ…セルーナ! 心配したぞ!!」
「お父さん!」
マクレイの背にいるセルーナが嬉しそうに言う。え? お父さんなんだ?
「と、とにかく、客人よ、詳しくは俺の家で…。こちらへどうぞ!」
俺達を見渡した村長が案内する。
村人に見守れらながらゾロゾロとウエッジの家に行くとロックを玄関に待機させ、居間に案内された。奥さんからお茶を頂き、セルーナと出会いとなど顛末を語る。
「そうだったのか…人さらいか…。このような村の近くにも来ていたとは…。娘を助けてくれてありがとうございます! 俺に出来ることは力になるんで、なんでも言ってください!」
ウエッジは渋い顔で感想を述べると深々と頭を下げる。と、それまで黙っていたセルーナがウエッジの肩にしがみついて声を上げた。
「お父さん聞いて! ナオヤ様は精霊使い様なの!!」
「なんだと! 精霊使い様なんですか! ああ…今日はめでたい日だ!」
なんか親子二人で盛り上がってる…マクレイを見るとフィアとヒソヒソしてるし、ボランを見ると目をキラキラさせて俺を見ている…おっさん何だよ……。
「ところで、この村は精霊と何かあるんですか?」
盛り上がっている中、質問すると少し照れてウエッジが後ろ頭をかいて話す。
「ああ、すまなかった。昔、多くの魔物がこの村を襲った時に風の精霊様が退けてくれたって伝説があってな、それから精霊を祀っているんだ」
「風の精霊かー。今度はそれかな?」
「と言いますと他にも精霊様を使えるんですか?」
ウエッジが驚いて聞いてきた。え? なんか制約ってあんの?
ドヤ顔のマクレイが教える。
「ナオは“契約者”なんだ。今回で三カ所目だよ」
「は! “契約者”様……。そ、それでは精霊主様を宿していらっしゃる…」
目を丸くするウエッジ。おい、いきなり敬語になったぞ。そんなに凄いの精霊主って…。
「えと…。普通にしてください。俺はそんな偉いもんじゃないんで」
「いやいや。精霊主様なんて一生に一度会えるかどうかなんで、せめて持て成しをさせてください! 娘のお礼も兼ねて!」
お父さんの迫力に押され、持て成しを受けることにした。そのまま準備が終わるまでここで待機となった。
ボランが話しを聞いて目をキラキラさせてる。
「ナオヤって凄いんだな! こりゃ運が向いてきたな! お宝ガッポ! ガッポだ! ワハハ!」
「ボランのおっさん、夢見すぎ!」
マクレイが呆れたように腰に手を当てて、
「こりゃー、ナオ以上に変わってるねぇ」
「マクレイ! 俺は普通だぞ! そう…限りなく普通……」
「プッ! アハハッ! そうだよ普通だよナオは…プッ!」
吹き出したマクレイは笑いをかみ殺している。ヒドイ!
「ああ…また始まりまシた…」
フィアが頭に手を当て唸っている。
しばらく待ってるとセルーナが迎えにやって来た。
「お待たせいたしました。契約者ご一行様。こちらへどうぞ!」
「セルーナはもう大丈夫なの?」
「お陰様で村に着いたら元気になりました!」
にこやかに答えたセルーナに案内された先は村の広場に急遽作られた宴会場だった。
長いテーブルの真ん中に俺、横にマクレイとフィア、その横にボラン。後ろにロックが陣取っている。
そして村長の挨拶で宴が始まった。はっきり言って、このような扱いは初めてなのでどうしたらいいか分からない……。ちびちび酒を飲んで食事をつまむ。
周りを見てみると村人達が盛り上がっている…。これはあれかな、ダシにされた? そう思って隣のマクレイを見ると酔いつぶれていた。ホントに酒に弱ぇー。
テーブルにうつ伏せになっているマクレイの肩をゆする。
「マクレイ! 起きて! 寝るんだったら村長の家に送るよ!」
「……うっさいなー。アタシは寝てないよ!!」
ひとしきり叫んで後ろにひっくり返った。こりゃダメだ…。隣で不動のフィアに話しかける。
「フィア。悪いんだけど、ロックと一緒にマクレイを村長の家に運んでくれないか?」
「はイ。大丈夫でスよ。主賓はナオヤさんですカら。楽しんでくだサい」
そそくさとフィアはロックの元へ行き、マクレイを回収して村長の家へ向かった。ふー。一安心だ。ホントは俺が抱き着いて運びたかったが…。次回にチャレンジだ!
そうこうしている内に宴も終わりに近づいてきた。すでにフィアはマクレイを運んで戻ってきていた。ボランは村人と混じって盛り上がっている。違和感無しだ。と、酔っぱらった若い衆、何人かがこちらに向かってきた。
「おう! “契約者”様ってホントなのか~? 嘘だったらタダじゃおかねぇぞ!」
え? そこから? まあ、見た目は冴えないもんな。
「証拠を見せろ! 証拠を~~!!」
恰幅のいいアンちゃんが凄んできた。フィアはオロオロしている。
「ナオヤさん…どうしましョう?」
「フィア。大丈夫だから、任せて」
立ち上がって凄んでいるアンちゃん達に向き直る。
「証拠ってどうすりゃいいの?」
「あーん。そんなの手前で考えろよ!」
「え? いいの?」
「早くやれ!」
「……わかった。ソイル!」
ソイルを呼ぶと同時にアンちゃん達のいる地面が一気に持ち上がった。そしてグングン上へ上昇している。
「ひぃええええええええぇぇぇぇーーーー……!!」
悲鳴が遠ざかる…。そして星になった…なんちゃって。
「ああ! “契約者”様! 許してやってください! あいつらには言って聞かせますから!」
村長がすっ飛んで来た。周りを見ると他の村人も跪いている。しまった、やり過ぎた…。急に焦る。
持ち上がった地面をそっと元に戻す。上に乗っていたアンちゃん達はぐったりしていた。が、下に戻ると、
「疑ってすみませんでしたー!!」
即土下座。腰が抜けている者もいた。
そこに村長がアンちゃん達を怒鳴りつけ何処かへ連れて行く。宴はそのままお開きになり、それぞれの家に戻ことになった。
村長の家に向かう途中、そっとフィアが手を握ってきた。
「ワタシはナオヤさんを信じていますカら…」
「ありがと、フィア…」
ううっ。元気づけられてしまった。嬉しくて泣きそう…。
そして、家に戻ってきた村長に詫びられ就寝についた。
「そんな事があったんだ! ナオは怖いねぇー」
昨夜の事情を聞いたマクレイが笑顔で言ってきた。全然怖くないでしょ?
その後、村長のウエッジから昨日の詫びを再度言われ、保存の効く食料を頂き、出発することにした。
村の移動中には村人が総出で見送りされた。さすがに照れる。昨日のアンちゃん達も頭を下げていた。改心したんかな?
門にはセルーナが笑顔で見送りに来ていた。
「本当にありがとうございました、皆さま! “契約者”様もお元気で!」
「ああ、こちらこそ! じゃあな!」
みんなで手を振って別れる。目指すは風の渓谷だ。




