108 スノージャイアント
説明を終え調査は明日の朝から出発となり、宿泊する家へ案内され荷物を置きくつろいだ。ロックは玄関横で待機している。
居間に集まり、お茶を飲みながらフィアの姿が変わった経緯やタツミ達についてお互いに報告しあった。
クルールは暖かい部屋で元気になったのかフラフラ飛んで周りを観察していた。
「そうなのか…。ナオヤの話しは面白いな! 俺達もあちこち行くけど、全然、“転移者”には会わないよ」
「いや、何故か偶然が多くて。俺も不思議だよ」
タツミが楽しそうに感想を漏らし俺も続ける。
ニコニコしているユキエがお茶を両手で持ちながら、
「でも、いいですね。皆さん幸せそう。私もいつか、ね?」
ちらりとタツミを見ている。慌てたタツミは何も無い部屋の隅を見て誤魔化している…。頑張れタツミ!
ユキエは久しぶりに知っている同性が多いので話しが弾んでいる。俺とタツミは席を立ち、離れた場所で二人で話した。
「ああ、そう言えば相談があるんじゃないのか?」
雪景色の外を見ながらタツミが聞いてきた。そうだった! 忘れてた。
「ごめん、何人かに相談してみたんだ。そしたら同じ答えだったから、たぶんタツミも同じだと思う」
タツミは苦笑いして口を開いた。
「ま、想像できるよ。あの二人の事だろ? 俺なんか羨ましいよ、美人に囲まれてさ」
「それ! 二人だと大変なんだぞ! 俺には無理だよ!」
握り拳を作って力説するがタツミは涼しい顔で笑っている。
「ハハハ。ま、はたから見ると上手くやってるように見えるから、いいんじゃないか?」
「はぁ。もう俺が問題あるような気がしてきた……」
「気の持ちようだな、ナオヤ。頑張れよ」
タツミが俺の肩を叩いた。とほほ、やっぱり同じだった。
それから雑談で盛り上がった後、ベッドに行くとクルールも来たので一緒に眠った。
翌朝、準備をして出発する。途中まではナーロイが案内してくれるようだ。
白い吐く息を出しながら薄く積もる雪を踏みしめて、雪帽子の木々の間を抜けて行く。
寒い…。もう帰りたくなってきた。ちらりとマクレイを見ると睨まれた。バレてる…。
奥へ進んだところでナーロイが足を止める。
「俺はここまでだ! 後はよろしくな!」
ニカッと笑い、手を振りながら来た道を戻って行った…。何か寂しいものがあるな。
「じゃ、行きますか!」
ナーロイの背中を見送ってから皆に声をかけ、さらに奥深くへ森の中へ入って行く。
「確かに動物がいないねぇ…」
横にいるマクレイが呟く。タツミ達も警戒しているが何も無いようだ。
白く色のない森の中で鳥の鳴き声が遠くに聞こる。他に生き物がいないような場所で吐く息だけがモクモクと存在感を主張していた。
雪だとソイルの感知が難しい。モルティットを見ると俺に気がついて微笑んできた。
しばらく進むと、ニクスが警告をしてきた。
「警告があった! 巨大な生物が来るみたいだ!」
声を上げるとそれぞれが警戒を強め始めた。と、微かな振動が伝わる。
ドシ ドシ ドシ
やがて規則的な音が聞こえ振動も大きくなる。これは足音だな。だとすると、デカそうだ。
最初に発見したのはマクレイだった。
「来たよ! ナオ!」
すると、離れた先にある雪を被った木々の間から、白い毛むくじゃらの巨人が出てきた。デカイ! あれだ、イエティがいたらこんな感じ?
「あれはスノージャイアントでスね。本の絵にそっくりデす」
フィアが解説してくれた。あー、なるほど。
「どうする? 俺達で殺ってもいいけど?」
タツミが言ってきた。スノージャイアントはまだこちらには気がついてないようだ。
「少し様子を見ないか? 一匹とは思えないし、あいつが犯人かわからないし」
俺の提案にタツミは驚いたようだ。
「へぇー。いつもこんな感じなのか?」
「たいがいは、ね。ナオって慎重なのかお人好しなのか時々わからなくなるよ」
モルティットが微笑んで答えた。この微妙な評価、俺は悲しい。タツミは静かに笑って、俺の肩を叩いて言ってきた。
「ハハッ。こりゃいい! だから“契約者”なんだな。なんとなくわかったよ」
全然わからん。周りの温かい目が痛い。なぜだ?
とりあえず全員で木の影に隠れてしばらく様子を見る事にした。
スノージャイアントは辺りを伺い獲物を探しているようだ。とりあえず、ムーシカとカエルムにお願いして俺達の音と気配を消してもらった。
しばらく見ていると狼らしき遠吠えが聞こえた。
すると、奥の方から狼の群れがこちらの方へ向かってくるのが見えた。その後ろにはスノージャイアントが二匹で追い立てているようだ。ああ、これは決定的だ。決めた!
手前のスノージャイアントに向かって飛び出した。
「あ、ナオ!」
マクレイが声を上げて追ってくる。
「ニクス! トニトルス!」
手前と奥にいるスノージャイアント三匹に次々に氷の刃が突き刺さり、電撃が襲う。一瞬で相手が黒ずみになったのを確認して、狼の群れに向かって行った。狼達は立ち止まり突然の事にビックリしているようだ。ニクス、トニトルス、ありがとう。
「こんにちは!」
群れのボスらしき大きい狼に向かって声をかけてみる。
少しビクッとして、俺を見てきた。めちゃ警戒している。なんか魔獣ウードロを思い出した。元気かな?
「何もしないから! 大丈夫?」
そう言うとボス狼が俺の前まで警戒しながら来た。鋭い目をしている、きっと男前だな。
そして、俺に頭を下げ、群れに戻って遠くへ行ってしまった…。交流は難しいって、頭を叩かれた。
「痛て!」
「ナオ~! 何してんだい!」
振り向くと怒りんぼのマクレイがいた。後ろを見ると皆、唖然としている。あれ?
「い、いや、狼がピンチだったから、つい…」
「なら、一言いいなよ! 心配なんだよ!」
「ごめん」
すると手を握ってきた。握り返すと微笑んでる。と、モルティットが抱きついてきた。
「ホント、お人好し!」
「あーもう! 何してんだい!」
すかさずマクレイが引きはがしてきた。二人が目で威嚇し合っている。
唖然としていたタツミとユキエが復活したようだ。タツミが声をかけてきた。
「待て、待て! いつもこんな感じなのか?」
「そういう訳ではないけど、たまたま?」
愛想笑いで答えると、呆れていた。
「でも凄いねー。あんな一瞬で終わらせるなんて」
ユキエがフォローしてくれた。ああ、なんて良い人だ。
「さ、他にイないか探しまスよ」
何でも無いようにフィアが奥に向かって指をさす。確かにそうだね。フィアは慣れすぎてる気がしてきた。
「今度はちゃんと言いなよ?」
「…はい」
マクレイに睨まれて釘を刺された。とほほ。
それから雪の積もる森の中を探索する。ネクロマンサーのタツミがスケルトンを召還し、探索の範囲を広げるようだ。
無言の骸骨が雪の森をあちこちに散らばっていく様を見ていると不思議な感じだ。何かの映画みたい。
「とりあえず休もう。その内、スケルトン達が何か見つけるだろ」
タツミがそう言って休めそうなポイントを探す。少し歩いた所に丁度良い場所を発見したので、そこで休憩することにした。
「しかし、ナオヤ達と合流してから緊迫感がないな」
「そう? 俺はいつも感じてるよ」
タツミが感想を漏らすが、そんな事はないと思う。今だって視線を感じて、ちらりとモルティットを見ると微笑んできた。
「アハハ、そうね。私は楽しいよ。いいお姉さんと妹ができたみたいで」
ユキエが嬉しそうに語った。マクレイたちも嬉しそうだ。それを見ていたタツミも笑って続けた。
「これが終わったらどうする? ナオヤ達が良ければ、しばらく同行してもいいか?」
「ああ、構わないよ。むしろ歓迎するよ! 俺達は北の島へ向かっている所なんだ」
そう言うと、タツミは関心したような顔つきになり、
「へぇ~、知らないな。と言っても、この世界は広いからな」
「ハハ。俺も全然知らないし。全ては精霊主の導きだよね」
軽く笑って答えると、タツミの顔つきが真剣になった。
「どうやらお喋りはここまでだな。スノージャイアントを発見した。まだ五、六匹いるようだ」
そう言って立ち上がった。俺達もついで立ち上がり、タツミ先導の元、残りの敵へ向かって移動する。
誰も通った跡もない雪道を進み、ちょうど森を抜けた先にスノージャイアント達を発見した。
木の陰でスケルトンが監視しているようだ。頭だけこちらに回しタツミを確認していた。
「さて、どうする?」
タツミが聞いてきた。マクレイを見ると首を横に振っている。心配性だなぁ。
「さっき怒られたから俺はサポートに回るよ。精霊の力で近づけるから、マクレイとロックにユキエで接近戦を。モルティットとフィアは遠距離から援護で、タツミは遊撃でいいかな?」
「ハハハ。なるほど、無茶苦茶なだけじゃないな。さすがリーダー! それで行こう!」
タツミが嬉しそうに俺の肩を叩いて移動し始めた。残りの皆を見渡し合図をする。
「じゃ、始めよう! よろしくね!」
すると皆が準備を始め、マクレイを先頭にユキエとロックが続いてスノージャイアントへ向かって走り出した。
俺やモルティト、フィアは森を抜け見渡しの良い場所へ移動する。
「精霊主のみんな、お願い!」
すると、先行しているマクレイ達の姿が消える。側面に移動して、巨大な鎌を持つ幽霊みたいな従者を召喚したタツミの姿も消えた。
「それで、どうなるのかな?」
モルティットが引っついてくる。
「え? さっき言った通りだよ。マクレイ達が攻撃したら援護するよ」
「ふふっ。じゃあ、私の出番は無いね。今なら邪魔者はいないし」
答えると、嬉しそうに抱きついてきた。もう! 今じゃないでしょ!
「モルティット! もう少し時と場所を選んでくれよ!」
「なんで? あんなのに過剰戦力だよ。マクレイディア一人でも大丈夫!」
笑顔で否定される。と、
「ヴゥワアアアアアアアア!!」
魔物の叫び声が響いた。どうやら戦闘が始まったらしい。
スノージャイアントの方を見るとすでに二匹が横たわっており、マクレイが一匹を切り倒すところだった。
ユキエとロックは協力して一匹を挟んで倒そうとしており、タツミは離れている一匹に巨大な鎌を持つ従者に命令している。
すると金属音がして一匹の胸に大きな穴が空き、そのまま倒れた。
横をみるとフィアが上手くやったようだ。俺の視線に気がついたフィアはニコッと笑顔で応えた。
「ほらね!」
その様子を見て得意げなモルティットが素敵な笑顔で言ってきた。そんな顔されると揺らぐからやめて欲しい。
「ま、そうだね……。じゃ、皆の所に行こうか? フィア、行こう!」
がんばってモルティットを引き離して、フィアの手を取りマクレイ達の所へ足を進める。
「もう! ちょっと!」
膨れたモルティットが反対の手を握ってきた。…しょうがないなぁ。




