103 氷の精霊主
山を登るにつれ、雪が地面を覆ってきた。足元から寒い。ハタと気がついてフィアに尋ねる。
「フィアって寒さは大丈夫なの?」
「ハイ。マイナス百度ぐらいなら動けマす」
何でもない風に答えた。マイナス百って、その冷たさは普通、死んでるから!
やがて景色は白一色になり、踏み出す足も雪に沈んできた。ああ、もうダメ…。寒い!
「カエルム…」
と、周りの気温が上がって過ごしやすくなってきた。ありがとう! カエルム!
「ホントに根性が無いねぇ」
マクレイが呆れて言ってきた。すみません、暑すぎるのと寒すぎるのはダメなんです。って当たり前か…。
モルティットは苦笑いしていて、フィアは何事もない風だ。ロックは穴の開いた目で先へ行けと促している。
山の中腹辺りに来た頃、突然モルティットが警告し叫んだ!
「みんな! 伏せて!」
ビックリして伏せると、
シャッ──
鋭い何かが身の上を通り過ぎ雪をえぐっていた。
「な、なんだ!?」
「奇襲だよ! 早く立ちな!」
マクレイが剣を抜き、俺の腕に手をかけ立ち上がらせる。モルティットが魔法を行使し氷の壁を立て、敵からの攻撃に備えている。
「どこからきた?」
「わからない!」
モルティットがそう答え俺の元まで移動してきた。マクレイは剣に炎をまとわせ周りを警戒している。
最初の襲撃から今は沈黙している。こちらの様子を伺っているのだろうか?
「狙撃ではありませンね。敵は近くにいマす」
魔導銃を持ち上げ、フィアが教えてくれた。ロックも辺りを警戒しているのか頭を左右に振っている。
しばらくの沈黙の後、思い切って声を上げた。
「誰だが知らないけど、これ以上、攻撃してきたら容赦しないぞ!」
静けさが辺りを覆う。動く気配はなさそうだ。どうする? マクレイ達を見ると頷いてる。よし!
「イグニス!」
俺達の周りに炎の壁ができ、辺りの雪を溶かしていく。いままでの寒さが嘘のように今度は熱気で暑くなってきた。
「出てこないと山を丸ごと黒焦げにするぞ!」
そう叫ぶと、俺達の上方の雪に覆われた場所から人影が現れ声を上げた。女性の声のようだ。
「わかった! もう何もしない! あなた様は“契約者”様ですか?」
「ああ、そう呼ばれている!」
返事をすると上から降りてきた。炎を解除して様子を伺う。イグニスありがとう。
青いローブを着た人物が目の前までやってきた。フードを外すと肩までかかった茶色の髪を持つ整った顔立ちの若い女性の人族だった。
「先ほどは失礼しました。私は氷の精霊使いトリエステ、氷の精霊主を守っております」
「俺はナオヤ、そして仲間達だ。何故、攻撃してきたんだ?」
「その件は謝罪いたします、“契約者”様。詳しくは落ち着いた場所で話しましょう。こちらへ」
そう言ってトリエステが案内し始めた。
仲間は警戒を解き見つめ合った。信用してもいいのだろうか? マクレイを見ると両肩を上げた。
ま、行ってから考えるか…。トリエステの後を俺達は追った。
しばらく歩くと雪に隠れるような位置にある洞窟が見えてきた。
「あそこは私が仮の住まいとしている所です。中でお話しします」
そう言うと中へ案内した。洞窟の内部は暖かく、生活感が見て取れた。広い空間に来るとトリエステの勧めで、焚き火を囲んで座り仲間の紹介をした。それからトリエステが話し始める。
「私はこの山にいる精霊主様を守護するため、ここに住んでおります。あなた方が来る数日前に“契約者”と思われる人族が通りがかり、強引に話しをしてきたので拒否をすると突然襲われました。攻撃を受けた私は倒れ、目が覚めた時にはその者がおりませんでした。そして傷ついた体を癒やすためにこの洞窟に戻り療養していました…」
「話しの途中でゴメン。怪我は大丈夫なの?」
少し心配で聞いてしまった。隣のマクレイに腕をつねられた。なぜ?
「はい、強烈な雷を浴びて背中に傷を負いましたが大丈夫です。話しを続けますと、その後、あなた達が見えたのであの者の仲間かと思い攻撃してしましました…」
「なるほど、気にしないで。誰も傷ついてないから。モルティット、悪いけど傷を診てもらえないかな?」
「もう! ずるい! 断れないじゃない! 後で診るよ!」
モルティットが嬉しそうに返事した。言っている内容と顔が違うぞ。トリエステが申し訳なさそうに頭を下げた。
「私のような者にありがとうございます。貴方様が正式な“契約者”様で本当に良かった…」
「いや、そんな良い人じゃないから!」
慌てて否定するとトリエステは笑い始めた。
「フフフ。面白い人ですね。八〇年近くここにいますが、こんなに良くしてくれるのはあなた方が初めてです」
楽しそうに言葉を続けたが、なんだと? 八〇?
「あ、あの失礼ですけどトリエステさんは人族ですよね? 若く見えますけど…」
ビックリして聞くと、トリエステは不思議な顔をして聞いてきた。
「“契約者”様はご存知ないのですか? 精霊と契約すると寿命が延びることを」
「いや、全然! 初めて聞いた!」
驚いた! マクレイとモルティットを見ると首を横に振っている。知らなかったのか……。
微笑んだトリエステは話しを続けた。
「そうですか。…精霊がその人に宿ると精霊の力が生命力を活性化させるのです。ただし、大きな精霊の力を使えば当然のごとく寿命は短くなりますが、それでも人の倍は生きられるでしょう」
マジか…。俺には今、精霊主がどれくらいいたんだっけ? 考えたが余りに突飛すぎるので頭がついていかない。
今まで会った事のある精霊使いってエルフだけだから、わからなかったのかな?
助けを求めて隣のマクレイを見ると、なぜか涙を流している。は?
「ま、マクレイ…。なんで、泣いてるの?」
自分でも気がつかなかったようで、マクレイは涙を拭ってビックリしている。モルティットが嬉しそうに言ってきた。
「誰かさんは嬉しいんだよね? だから涙が出たんでしょ?」
それを聞いてマクレイはモルティットを睨んでいる。なぜ喋らないのか?
その後、モルティットがトリエステの怪我の具合を見る間、洞窟の外で待っていた。
「マクレイ、大丈夫?」
先ほどから言葉を発しないマクレイに聞いたみた。
すると抱きしめてきた。嬉しいけどわけがわからん。
「どうしたの?」
「ナオ…」
そう言うとギュッとしてきた。なんだかよくわからないが背中をポンポンする。
「何か心配事でもあるの?」
「違うんだよ、その逆さ。心配事が無くなった……」
耳元で囁いてきた。泣くほど嬉しい事ってなんだろうか?
「良かったね」
「ああ、ホントさ」
そう言ってまた泣き始めた。なんてかわいらしい…。ギュッとするとフィアも寄って来た。マクレイの背中に手を置いている。
「あー! ちょっと! ひどくない!?」
モルティットがやってきてマクレイを引きはがす。
「モルティット! 何してんだよ!」
声を上げるとモルティットが睨んできた。
「ホント、ナオって時々、鈍いよね!」
「え? なんで?」
全然わからん。引きはがされたマクレイはなぜか顔が真っ赤になっている……。
モルティットの抗議を聞きながら洞窟の中へ戻った。
「ああ、“契約者”様。この程はありがとうございます!」
嬉しそうなトリエステが出迎えてくれた。どうやら背中の傷は癒えたようだ。
「いえ、モルティットのお陰なんで…」
「フフ。これから精霊主様の所へご案内します」
「あ、お願いします」
そんなわけでトリエステに山頂に近い岩場まで案内してもらった。
そこは何かが争った様な跡があり、黒焦げの岩や鋭利な刃物で切り裂かれたような岩がゴロゴロしていた。やたらめったら破壊した感じがする。
「無理に開けようとしたみたいだな…」
「なるほどねぇ。これはちょっとしたもんだ」
この場の感想を言うとマクレイが続けた。どうやら、トリエステを襲った奴は無理に精霊主と会おうとしたようだ。
ロックがそんな俺達を他所に大きな岩まで歩いて近づくと岩から人型が出てきた。そして人型の肩に触れると砂のように崩れていった。
すると洞窟の入り口が開いてきた。
ロックを先頭に洞窟を進むといつもの様に丸い部屋に丸い台座がある。皆を見ると俺に注目している…。
台座に上がると光の輝きが輪になり部屋を満たした。すると輝きが強くなり部屋を白に染めてやがて消えると神話から出てきたような美しい女性が宙に浮いていた。
『よくぞまいられました。私が氷の精霊を束ねる精霊主』
「ナオヤです。お願いします!」
『フフッ。それでは、こちらこそお願いしますね?』
催促してきた。もう、名前ってお約束事なのかな?
「“ニクス”はどうですか?」
『ありがとう! では契約を…』
そう言って差し出した手に触れると俺の中に入ってきた。
〈皆さんよろしくお願いします〉〈お久しぶり!〉〈よろしくね〉〈……〉〈…〉ああ、もうあれだ、わけわからん。
台を降りると、トリエステが跪いていた。
「ああ、“契約者”様、ありがとうございます。私はこの日を待ち望んでおりました!」
「立ってください。そんな大した人間じゃないんで…」
そう言うとニヤけたマクレイに小突かれた。周りの仲間も嬉しそうだ。
それから洞窟を出て山を下りはじめる。




