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1 旅立ち

 

「こ……腰がいてぇ~」

 草刈りを止め、急に体を伸ばそうとしたら腰にきたみたいだ。ぎこちなく前屈みで立ち上がる。

 木立(こだち)がまばらに生えている森の浅い場所で朝から薬草を探し、しゃがみ続けて刈っていたがもう限界。

 背負い袋には薬草がめいっぱい入っている。とりあえずこの量なら旅の資金が貯まる予定だ。


 今、立っているこの森の浅い部分は比較的危険な生物がいないので、多少は安全とギルドで説明を受けていた。

 とは言え、一メートル近くあるウサギ的な生物を何匹か遠くに見た時もあったけど……。もちろん隠れてやりすごした。

 武器は唯一持っている鎌だけなんで、立ち向かう勇気は、ない。めちゃ怖いわ。

 ふと、空を見上げると日が傾いてきている。よし、今日は切り上げて町に帰ろう。


 森を急いで抜け、馬車道に出て道なりに進む。比較的人の往来する道は危険度が下がっているようで安心できる。

 野生動物も人の通る道では退治されやすいので避けているのかもしれない。

 天気もいいし、気楽だな。腰は痛いけど。

 しかし、どうしてこうなった……。

 この世界に来たのは一ヶ月ほど前──


──バイトに行く途中がいつのまに知らない場所へ。気がつくと何も無い草原に立っていた。

 つい今、曲がり角を通った所だったのに、いきなり風景が変わっている…。

 めちゃくちゃ焦った。これ以上ないってくらい焦って草原の中にビルの影を探すが何も無い──

 スマホを確認するが電波は無し。当然、SNSも送受信できず。

 あれこれ操作している内に非情の電池切れ──

 だらりと腕をたらし呆然(ぼうぜん)と爽やかな風が草の匂いを運ぶ中、(たたず)んでいるだけだった。


 ただ、しばらくして落ち着いてからが大変で、状況を確認してから感を頼りに当てずっぽうに歩き、なんとか今の町へたどり着いたはいいが金がない。

 不思議と言葉は通じたのでなんとか道行く人に聞きつつ雑貨屋へたどりつき、店員と交渉して着ている服を買い取ってもらえた。

 意外に服が高値で売れたようなので良かった。なんでもこの辺りにはない布地らしい。

 店員のほくほく顔を見たらもっと高い品だったかも。まあいいか、この世界での価値もわからないし。

 ついで貨幣の基本と、大まかな世間の様子を教えてもらう。ものすごく怪しまれたがなんとか誤魔化す。

 それから売れたついでに新しく買った安い現地の服に着替え、再び道行く人に働き口を聞くとギルドを紹介される。

 よそ者にもイヤな顔や態度が無かったのは助かった…きっといい人だ……。

──早速ギルドで登録して、雑務の依頼をこなしつつ今に至る感じだ。

 川が見えた辺りで小さな町の外形が見えてきた。一ヶ月もいると愛着が出てきたのか安堵する。

 先を急ごう。



「おう! 今日は早えな」

 ギルド受付カウンターのおっさん、ダイロンがお出迎え。四〇歳は過ぎていそうな髭の生えた(いか)つい風貌で、いかにも冒険者だ! 的な人だ。日頃はこの人にお世話になっている。意外と面倒見がいい方かな。

 というか、ギルド内ではこの人以外見たこと無い。ひょっとして一人だけ? そう思いつつ答える。

「はは、もう夕方だよ。それより買い取りをよろしく!」

「今日も薬草か」

 ダイロンは俺が背負い袋から取り出した薬草を手にとって確認している。

「ふむ…結構な量だな、ちょっとまってろ」

 そう言うとカウンターの奥へ引っ込んでいくとガサゴソ奥から音がする。

 しばらくして、いろいろ抱えて戻ってきた。


「待たせたな、これが料金だ」

 小さな麻袋を渡され、中を確認すると確かにコインが入っている。

「あと、おまえが探してた場所がわかったぞ。ちょっと、そこを空けてくれ」

 ダイロンの言葉に小袋をしまってカウンターの上を空けると、革でできた巻物的なものを広げた。

 そこには記号やら線などが描いてあるこの周辺の地図のようだ。めちゃくちゃ手描きで古風な印象だ。

「ここが今、俺たちがいるアルルの町だ」

 ダイロンが地図のやや端の一点を指さす。そこには円で囲まれた家らしき絵が描いてある。

 ああ、ここだったのね。しかもアルルの町って、この町の名前を初めて知ったよ。

 町のマークは覚えたぞ。文字も書いてあるが読めない……いつか覚えないとダメだな。

「それで、おまえが言っていた巨石のある場所がここだ」

 アルルの町から森の絵の中を指で移動しながら進んで、何も書かれていないひらけた所で止まった。

 ……何もないっすね。


「え!? ここ?」

 驚き顔を上げて見ると真面目な顔でダイロンは(うなず)いた。

「そうだ。確かこの辺に大きな岩が折り重なった所があったって、言ってたぞ」

「ホントに?」

「ああ、行商に行ってたやつが通りがかったみたいだ。なんでも、その場所は魔物が近づいてこないとか言ってたな」

「行かないと分からないか……そこまではどのくらいかかりそう?」


 ダイロンは腕を組み、片手を顎に当て思案げな様子で答える。

「そうだな、たぶん一日あれば着くと思うぞ。それに行商のルートから外れるから少し危険かもな」

 マジで? こんな歯の欠けた鎌で戦えるのかしら……ムリだ。

 悲壮な顔でダイロンのおっさんを見ていたら、

「なあに心配するな。その巨石まで逃げりゃ安全だろ?」

 とか慰めにもならない事を言ってるし。


「……わかった、ありがとう。これで目星がついたよ。ところで、この地図って売ってるの?」

「アホか! 売ってる訳ないだろ! これはギルド所有の地図だ。この辺りでここまで詳細な地図はないぞ」

 (あき)れたダイロンが腰に手を当て言ってきた。

 こんなスカスカな地図で詳細なんだ…と言うか周りには何も無いのかな? それじゃあ、

「わかるとこだけメモっていい?」

「ああ、今見て写す分ならかまわないぞ」

「ありがと! じゃあ、少しこのままで」

 とりあえず、持っていた薄い板に鎌でガリガリ削って簡易地図にした。あれだな、知らない人が見たら妙な彫り込みのある板にしか見えないな。


「よしっ! 一応完成!」

「案外器用なんだな。鎌だけで」

 ダイロンのおっさん楽しそうだな。見せ物になるかな? 

 と、真剣なになったダイロンは顔を近づけ(ささや)いた。

「それと、その地図はあまり人には見せるなよ。国によっちゃあ捕まることもあるからな」

「なにそれ! 地図って恐ろしい!」

「ホントは模写もまずいんだが、幸薄そうなおまえは特別だ。それにその板なら一見してもよくわからないから大丈夫だろ」

 ニカッとダイロンは親指を立てる。

「なにげに(ひど)い! 褒めて無いし!」

 散々な言われようだがとりあえず、これで目処がたったな。

 金もとりあえず貯まったし、これでなんとかなるだろ。

 それからダイロンに挨拶しギルドを出て旅に必要な物を買い込んだ後、すっかり常連となった宿屋に泊まった。


『……す』

 なんだ、

『あ……っ……』

 ああ、いつもの夢か。この世界に来てから毎晩見る夢……。

 巨石を背景にしたシルエットの女性らしき人が語りかけてくる……。

『あな……の……けい……お……す』

 かすれた小さい声なので最後まで聞こえない。なんだかもどかしい。

 せめて名前でもわかればいいのに……。


 ……ふと目を覚ます。もう朝か──

 この夢を見てからある一定方向──巨石の場所──に行きたい気持ちが強くなっている。

 あれだ、昔の映画にあった、宇宙人に特定の場所に導かれるみたいな感じだ。

 どうしても行かないといけないみたいな、軽い脅迫観念がある感じ。

 最初、この夢を見たときは疲れただけかと思ったけど、さすがに三日連続で同じものを見たときに確信した。そしてすぐにギルドのダイロンに相談しに行ったのだ。昨日までは躊躇してたけど、それも今日までだ!

 その場所を確かめに行くのだ!!

 そのために薬草採集をして資金を貯めていたのだ。一ヶ月かかるとは思わなかったけど。

 まあ、よく考えたら感覚的に場所がわかるなら、そのまま行けばいいと思うけど。そこはそれ、この世界は分からない事だらけだから慎重に準備するのが初心者の心得。

 宿で旅の支度をして朝食を取って出る。途中、ギルドのダイロンに挨拶しに行った。


「お、早いな!って、もう日は出てるけどな!」

 相変わらずカウンターからダイロンの第一声。元気なおっさんだ。

「おはようございます! これから出発するのでお礼をかねて挨拶をと」

 近づいて頭を下げる。このおっさんにはいろいろと世話になったし、これからも元気にやってほしいもんだ。

「わざわざ悪いな! 特に何もしてないけどな。ワハハ!」

 ダイロンは頭をかきながら席を離れてしまった。

 あれ? どこいくの? と思ったら戻ってきて、

「おう! これをやるぞ! 餞別(せんべつ)代わりだ!」

 と、(さや)に入った短い剣を渡された。


 受け取って鞘から剣を抜いてみると、ところどころ刃が欠けていたりしている…使えるのか? これ。

 だが、何か熱くこみあげるものが……。

「まあ、使い古しのボロ剣だけど、無いよりマシだろ? 生き残れるようガンバレよ! って何!? 泣いてるのか?」

 ダイロンが慌ててる。そりゃそうだ。俺号泣。もう涙が止まらない…。

「ひぐっ…なんか親切で……気が緩んだみたいで…ありがとう…ございます!!」

 涙を(そで)()きつつお礼を述べる。この世界に来て初めてここまで温かい対応をされて、張り詰めた気持ちが一気に崩壊、同時に涙腺も崩壊してしまった。こういうのに弱くなったみたいだ…この先大丈夫か? 俺。

「おぅ…そこまで感激されると罪悪感が出るな。まあ、無理すんなよ! 危なかったら戻ってこい! 気いつけてな!!」

 ダイロンが明るく励ましてきた。これが、また泣ける…。


「ううぅっ…!! がんばりますっ!」

 涙で視界がぼやけながらギルドを後にした。町を出るまで涙が止まらず、道行く人にドン引きされていた…。


楽しんでいただければ幸いです。

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