終わりの始まり
同窓会から数年後。
オレは地元の飲み屋で、夕メシがてらちょっと飲んでいた。
ここは割と評判の店で、こんな時間だとタクシーの運ちゃんとかで賑わう。
最初はガラガラだった店も、徐々に混んできていた。
オレは滅多に飲み歩かないし、不特定多数の誰かと飲むっていうこともないんだが、ひとりで4人掛けのテーブルを使っていたんで、カウンターに移動した。
隣には、既にいい感じになっている見知らぬおっさんが居たが、テーブル占拠の罪悪感よりはなんぼかマシだ。
なんというか、こういう人って、元々なのか酒のせいなのか、どうにも気安いよな。
おっさんも例に洩れず、オレに気安く話しかけてきた。
まあ、飲み屋での酔っ払いがする話なんで他愛なく、どうでもいいことばかりだ。
出身はどうだの、仕事はこうだの、そんな感じ。
そんな話を取り留めもなくしていれば、いつかは共通点にぶつかるだろう?
だからそれは偶然でも運命でもなんでもない。
オレとおっさんの共通点は、出身の小学校だった。
でもまあ、明らかに歳が離れてたんで、同じ学校といえど共有できる情報は少なかった。
確か、オレの世代よりちょっと前に新校舎に建て替えたっていってたから、なおさらだったろう。
どちらかというと、おっさんの旧情報を、オレの新しい(といっても十数年前だが)情報に更新するという、なんとも生産性のない、つまらないやり取りだった。
当然先生なんかも全然違う。
当時の教師が校長先生になっていた……なんて偶然も特になく、お互い投げっぱなしの会話が続いていた。
まあ、このまま話題の自然消滅~解散の流れになるだろう。
それでいい。オレもそろそろ帰ろうと思ってたところだ。
しかし、おっさんの何気ない一言で、意図せずオレは自らの帰宅チャンスを逃してしまった。
おっさんが、風布の遠足を話題にしたからだ。
おっさんの時代も、やはり遠足は風布だった。
駅集合、駅解散。東上線から乗り換えて秩父線で波久礼駅。そこから徒歩でみかん山へ。
同じだ。何十年の時代を経ても、オレ等の学校の、そこだけは不変だった。
だから、オレは興味本位で聞いてしまったんだ。
遠足恒例の話題……『ハグレの家』を。
だが、おっさんは『ハグレの家』を知らなかった。
そういった恒例の噂も聞いたことがないそうだ。
その代わり、否、それに余りある情報をおっさんは提供してくれた。
「あの辺は殺しがあったからなぁ……」
「え?」
「殺しだよ。殺人。確かあの辺りだよ、一家皆殺しの殺人事件があったのは」
「え、なんですかソレ?もうちょっと詳しく教えてもらえませんか?」
「お、随分食いついてきたね~
まあ、俺もそんなに詳しいって訳じゃねぇんだけどさ、
当時は結構話題になったもんだよ」
「知らなかったですよ、聞いたことないですよ。そんな話」
「ま、そりゃそうだろう。
内容がアレだかんな。子供に聞かせる話じゃねぇや。
結構エグい殺され方したらしいし……」
おっさんによると、
当時、あの辺りは湿地を埋め立てて、新興住宅として開発されていたらしい。
その一棟で、ある夜、殺人事件が起きた。
そして、そこに越してきたばかりの一家が皆殺しにされたんだそうだ。
現場は凄惨だった。
一面血の海で、壁だけじゃなく、天井にも血が飛び散っていた。
犯人は精神病を患っていたらしい。
一家を惨殺したのち、自らも命を絶った。
こんな田舎だ。
ネガティブな噂ほど早い。瞬く間に拡がり、宅地開発どころではなくなった。
現場である事故物件は勿論、近所にも住もうって人は現れず、住宅地開発は中止になった。
「でよ、家を壊すのにも金がかかるってんで、そのまま放置よ。
しばらくして、何にも知らねぇ奴に売っちまおうって話も出たらしいんだが、
悪戯とか嫌がらせが続いてな。
業者もお手上げってんで、ダメだったんだよ。
何でダメだったんだっけかな~」
「……ガラス。窓ガラスが割られた……とか?」
「お、そう、そうだ。
何度ガラス入れても割られちまうってんで、業者がサジ投げたんだよ。
お前ぇ、よく知ってたな!」
「いえ、なんとなく……」
「そいで、元々が湿地だったってのもあって、葦みてな背の高ぇのがビッシリ生えちまってな。
いや、何度か壊そうとしたのか。でも、機械の故障だなんだでダメだったみてぇだな。
まあ、その葦みてえのがすごくてよ、
宅地開発で家建てるってくれぇだから、
本当は土ぃ入替えたり、基礎しっかりやったりするはずなんだがよ、
どうにもそんなんで、家が見えなっちまってなぁ。
どうなったんだろうな、あの家……」
「家は、たぶんあります。……まだ、たぶん」
「そうけ。
まあ、曰くつきだかんな。早ぇとこ、町でも何でもが、ぼっこしてくんねぇとだいな」
「そうですね……」
もう酔いはすっかり醒めていた。
食欲はとうになくなり、新たに何か口にする気もなくなった。
『ハグレの家』の始まり。
恐ろしい過去。
意図せず入ってしまった領域。
オレは、その領域に更に踏み込んでいく。
まるで、突き動かされるように、魅入られるように、取り憑かれるように……